5 やっぱり専用装備が欲しい


「それは恐らく〝ヒノカミさま〟でしょうな」



「ヒノカミさま?」



 小首を傾げる俺に、町長さんは顎に蓄えられていた髭を撫でながら頷いた。



「ええ。このマグリドのお山に古くからお住みになられているという火の神さまでして、雄々しき鳥の様相をしていると聞いております」



「火の神さまでヒノカミさま……」



 なんか紛らわしいな。



「はい。この世界には我ら人間にスキルをお与えになられる女神さまのほかに、五種類の元素を司る神さまがいると考えられておりまして、そのうちの一つ――〝火〟の神さまが、ここマグリドのヒノカミさまだというお話です」



「なるほど」



「それで、本当にヒノカミさまからお力を賜られたと……?」



 控えめに尋ねてくる町長さんに、俺は「あ、はい。たぶん……」と首肯し、証拠として力を見せようと思ったのだが、



「えっと、万が一このお家が燃えたりしたら怒りますよね……?」



「えっ? それはまあ……怒りますな」



「ですよね……。じゃあまあお庭の方に移動ということで……」



「ええ、分かりました」



 念のために俺たちは庭へと移動する。


 ちなみに、俺は未だに巫女さんが持ってきてくれた大きめのタオル一枚だったりするのだが、まあ変に装備を買って炭になられても困るからな。


 きちんと実験が済むまでは、こういう燃えても構わないようなやつで補っておくに限るだろう。


 ところで、例の巫女さんも普通に同席しているのだが、神殿の業務はいいのだろうか。


 まあ、いいということにしておこうと思う。



「じゃあいきますね。――おりゃあ!」



 ――ごうっ!



「「――っ!?」」



 俺が気合いを入れた瞬間、身体中を真紅の炎が包み込み、あの時同じく火の鳥形態へと変貌する。


 多少視線が高くなったような気はするが、別段身体のどこかに不自然さを感じるようなことはなかった。


 きっと無意識のうちにそういうものだと認識しているのだろう。



「まさかこんなことが……」



「はい。私も最初見た時は驚きました。この雄々しきお姿――まさに伝承にあるヒノカミさまそのものです」



「うむ……。しかもこうして……あ、触れても構いませぬか?」



「ええ、大丈夫ですよ」



「では……おお、直に触れることが出来ようとは……」



「はい、本当に驚くばかりです」



 二人揃って俺の身体に触れてくる。


 なんだか少々こそばゆい感じがするが、どうやらこの身体を覆う炎は人に危害を加えるようなものではなかったらしい。


 それが分かっただけでもよかった。



「じゃあそろそろいいですかね?」



「え、ええ、ありがとうございました」



「ありがとうございました」



 二人が頷いたのを確認した後、俺はごうっと火の鳥化を解く。


 腰のタオルも燃えていないみたいなので、たぶん装備を着ても問題はなさそうだった。



「うーむ、まさか儂が生きているうちに、伝説のヒノカミさまにお会い出来るとは思いませんでしたぞ」



「いや、まあ実際には〝御使い〟らしいですけどね」



 スキルの欄にそう書いてあったし。



「でしたらなおのこと、〝あれ〟をあなたにお渡ししなければいけないようですな」



「……〝あれ〟?」



 俺が不思議そうな顔をしていると、二人は互いに頷き、俺を屋敷内の地下へと案内していく。


 途中で難しそうなギミックを開けていたのだが、もしかして隠し通路的なやつだったのだろうか。


 そんなことを考えつつ、薄暗い階段を下っていった俺たちは、やがてほのかに輝きを放つ地底湖のような場所へと辿り着いた。



「あれをご覧ください」



「おお……」



 町長さんが指し示す先に浮かんでいたのは、地底湖の水を使って球体状の封印が施されている赤い何かだった。



「――〝フェニックスローブ〟。かつてヒノカミさまの御使いが着ていたと言われている伝説の装束です」



「フェニックスローブ……」



 何それ、めちゃくちゃカッコいいじゃないか。



「ま、まさかこれを俺に……?」



「はい。ただし、あの封印をあなたさまが解けたらのお話ですな」



「……なるほど。つまり御使いとしての資質を見せろということですね?」



「ええ、そうなります」



 頷く町長さんに背を向け、俺はとりあえず封印に近づいてみる。


 よく見ると、確かに中には赤を基調とした真新しい衣装が浮いているようだった。


 問題はどうやってこの封印を突破するかだが、突っついて破れたりしないよね?



 ――つんっ。



 ものは試しと球体を突っついてみる。


 まるでゴムのような弾力だ。



「まあそりゃダメだよね……」



 はあ……、と嘆息していた俺だったのだが、



 ――ばしゅうっ!



「「「――なっ!?」」」



 遅れて球体の水が弾け飛び、フェニックスローブが光り輝く。


 そして。



 ――ばしゅんっ!



「うおおっ!?」



 一瞬、ローブが粒子のように散り散りになったかと思うと、俺の身体にばっちりフィットしやがったではないか。


 本当にあらかじめ採寸したのではないかというくらい、ローブは俺の身体に完璧にマッチしていたのだ。



「あ、あの、封印解けましたけど……」



 わけも分からず俺が振り返ると、町長さんたちも同じ気持ちだったのだろう。



「そ、そのようですな……」



「よ、よく似合いですよ……?」



 あはは、と三人揃ってぎこちない感じになっていたのだった。


 それはそうと、俺は二人に伝えていない事実が一つある。


 この衣装、勝手に張りついてきたのはいいのだが、このスースーする感じを鑑みるに、恐らく下着がついてないんじゃないかなぁ……。


 というか、確実についてないっぽいんだよね……。

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