3 温泉でまったり癒やされたい
ドラゴン事件から数日後。
すっかりドラゴンスレイヤー呼ばわりされていた俺は、一人港町ハーゲイを離れ、船で南の火山島を目指していた。
リサさんも優しいので、本当はもう少しこの町に留まっていたかったのだが、ついに見知らぬ旅人にまで「よう、ドラゴンスレイヤー。狩りに行こうぜ!」と言われ、これはいかんと旅立ちを決意したのである。
何せ、エルマはこういういかにもな肩書きに弱いからな。
話を聞けば、自分の利益のために十中八九噂のドラゴンスレイヤーをパーティーに加えようとしてくることだろう。
幼馴染の俺が言うのだ。
間違いない。
というわけで、リサさんと離れるのは非常に残念だが、俺は涙を呑むことにしたのである。
その際、どこかゆっくり出来る場所はないかと尋ねたところ、火山島の温泉地を紹介されたので、じゃあ行ってみようかなということになったわけだ。
「しかし海ってこんなにも綺麗だったんだなぁ」
青い海原を眺めつつ、そう独りごちる。
前にエルマと船に乗った時は、退屈だとごねる彼女の面倒を見るので精一杯だったからな。
静かだというだけで癒やされる思いだ。
「あ、お母さん見てください。あそこに一角獣の群れがいますっ」
「あら、本当。よかったわね」
「はいっ」
親子の団らんも実に微笑ましい限りである。
というか、あの人お母さんだったのか。
てっきりお姉さんだとばかり思っていたのだが、最近のお母さんは若いなぁ……。
◇
そんなこんなで目的の火山島――マグリドに到着した俺は、温泉でまったり癒やされようとしていたのだが、
「申し訳ございません。現在、火口付近にアダマンティアが住み着いておりまして、念のため立ち入りを禁止しているんです」
「あ、そうなんですね……」
というように、まさかの封鎖中であった。
なお、アダマンティアというのは、やたらと硬い緋色の甲羅を持つ巨大亀型の魔物で、性格は温厚だが、物理攻撃がほとんど効かないというやっかいな相手である。
一説によれば、その甲羅は伝説の金属――ヒヒイロカネの原料になるとかならないとかで、確かエルマの持つ聖剣も、古の鍛冶師がヒヒイロカネを加工して作ったという話を聞いたことがあるのだが、現在ではそれを加工出来る者はいないらしい。
つまり何が言いたいかというと、〝温泉は諦めろ〟ということである。
まあ仕方あるまい。
代わりに何か美味しいものでも食べようかと考えていると、先ほど船の上で会った親子の会話が耳に飛び込んできた。
「ごめんなさい……。せっかくお母さんに温泉を楽しんでもらいたかったのに……」
「ふふ、いいのよ。その気持ちだけで十分嬉しいから」
なでなでと10代半ばくらいの娘さんがお母さんに慰められている。
きっと今まで一生懸命お金を貯めて、今回の旅行をプレゼントしてあげたのだろう。
それが台無しになってしまったのだ。
拭っても拭っても溢れ出てくる涙で、娘さんは顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「……」
そういえば、俺――〝
なら、たかが亀一匹くらいで怯んでる場合じゃないか。
「――大丈夫だよ」
「えっ……?」
娘さんを安心させるように、俺はにっと笑顔を浮かべて言った。
「そのでっかい亀は、お兄ちゃんがなんとかしてくるからさ」
◇
とは言ったものの、
「いや、亀でかすぎだろ……」
俺は件のアダマンティアを前に呆然と佇んでいた。
あきらかに先日俺を食った飛竜よりもでかいのだが、一体これをどうしろと言うのか。
しかしこいつをなんとかしないとあの子がとても悲しむ。
なのでなんとかしたいわけだが……。
「おりゃあ!」
――ばきんっ!
「短剣ーっ!?」
おニューの短剣が早々に折れてしまった。
さすがは伝説の金属の材料と言われている甲羅だ。
無駄に硬いな。
「仕方ない。ならやっぱり食われるしかないか」
よし、と覚悟を決め、俺はアダマンティアの前方へと回る。
そして甲羅の中に身を潜めていたやつの顔に、折れた短剣の柄でごんごんとちょっかいを出してやった。
すると。
「――キギャアアアアアアアアアアアアッ!」
「うおっ!?」
――どがんっ!
怒ったアダマンティアが首を伸ばして頭突きをしてきたではないか。
間一髪のところで躱したのはいいものの、頭突きの威力は凄まじく、そこら辺にあった大岩が粉々に砕け散っていった。
まともに食らっていたら俺もばらばらになっていたことだろう。
まあ即座に元に戻るんだけど。
ともあれ、その時だ。
――ぶしゃああああああああああああああああああああっ!
突如割れた大岩の隙間から水……いや、お湯が噴き出してきたではないか。
源泉だ。
「あちちちちーっ!?」
俺が降り注ぐ熱湯に一人身悶えしていると、それをまともに浴びていたアダマンティアもまた、嫌がるように身を捩り始める。
やつ自身は熱耐性があるのだが、絶えず顔にかかるお湯があまり好きじゃなかったらしい。
なんとか逃れようと重い身体で方向転換しようとするアダマンティアだったが、激しく動くその重量を足元の地表が支えきれなかったようで、ずずんっと岩肌が崩れていく。
「キギャアアアアアアアアアアアアッ!?」
「おっとっと!?」
そうして落石のように岩肌を滑っていったアダマンティアは、そのまま崖から海へと転落してしまったのだった。
「めちゃくちゃぎりぎりだったけど、意外となんとかなるもんだな……」
海に沈んでいくアダマンティアの様子に、俺はほっと胸を撫で下ろす。
当初の予定とは大分異なるが、とりあえず結果オーライである。
これで温泉の封鎖も解けることだろう。
ちゃんと約束を守れてよかった。
「あの子、喜んでくれたらいいな」
そう顔を綻ばせつつ、俺は間欠泉の作る虹の中、麓の町に向けて歩みを進めていったのだった。
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