2 圧倒的解放感


 エルマに絶縁宣言をしてから二日。


 俺は港町ハーゲイのギルドでクエストを受注しようとしていた。


 今までは聖女特権で人々からの施しがあったが、これからは自分で全てを賄っていかなければならないのだ。


 一から物事を始めるのは大変だろうが、しかしこの圧倒的解放感の前では、何もかもが些細なことに思えてならなかった。


 飲み物を持ってくるのが遅いと怒鳴られることも、料理が不味いと皿を投げつけられることもないのだ。


 自由とはなんと素晴らしいのだろうか。


 にんまりと清々しい気持ちで俺は掲示板の前に立っていた。



「ふふ、何かいいことでもあったのですか?」



 すると、受付の側にいた女性に声をかけられる。


 笑顔の可愛らしい柔和な感じの女性だ。



「あ、いえ、なんか自然と楽しい気分になってしまいまして……」



 あはは、と照れ笑いを浮かべる俺に、女性もまた微笑んで言った。



「そうでしたか。私はリサと申します。こちらへはクエストの受注に?」



「はい。俺はイグザって言います。何かおすすめのクエストはありますか? 多少難しくてもなんとかなると思いますので」



 何せ、俺は〝不死身〟である。


 回復速度もほぼ一瞬で全再生みたいな感じなので、意外と無茶が出来るのだ。



「そうですね、でしたらこちらの《リザードの鱗》収集クエストなどはいかがでしょうか? 近くに飛竜の巣があるので多少の危険はありますが、きちんとパーティーを組んで行けば十分達成出来ると思いますので」



「分かりました。じゃあそれでお願いします」



「かしこまりました」



 にこり、と柔らかい笑みで頷いた後、リサさんがクエストの手続きをしてくれる。


 以前はエルマに急かされながら受注をしていたので、手続きの様子を気に留める余裕もなかったが、今はとても穏やかな気持ちでそれを眺めることが出来ていた。


 字が綺麗だなぁとか思っているうちに、手続きが終了する。



「ではこちらをどうぞ。達成条件は〝《リザードの鱗》を20匹分納品〟ですので」



「分かりました。じゃあちょっと行ってきますね」



「はい。お気をつけて」



 笑顔のリサさんに見送られながらギルドをあとにした俺は、そのまま一直線にリザードがよく出没するという山岳地帯へと向かう。


 リサさんにはパーティーを組んだ方がいいと言われたが、まあ俺は死なないし、一人で受ければそれだけ多くのお金がもらえるからな。


 とりあえず出来るところまでは頑張ってみようと思う。


 ところで、俺のスキルは受けた傷を瞬時に回復するものなのだが、それはスタミナにも適用されるらしく、いくら走ってもまったく疲れなかったりする。


 しかも成長は阻害されないらしいので、走れば走るほどに脚力が上がり、俺は風のような速さで山道を駆け上がっていた。



「さてと、確かここら辺にいるはずなんだけど……」



 きょろきょろと辺りを見渡し、目的のリザードを探す。


 リザードは爬虫類型の魔物で、毒を持つため食用には向かないが、強固な鱗が武具類の材料になる上、それらが割と安価で手に入るため、駆け出しの冒険者たちには重宝されているのである。


 まあ俺は駆け出しではないのだが、「なんであんたのためにわざわざ高い装備を揃えてあげなきゃいけないのよ?」というエルマの意向で、未だに年季の入ったリザード装備だったりする。



「お、いたいた」



 ともあれ、早速獲物を発見する。


 全長二メートルほどのリザードがのしのしと歩いていた。


 なので、俺はそっと背後からやつに近づいたのだが、



「――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」



「えっ?」



 ――ばくっ!



 その瞬間、さらに背後から飛んできた何かに頭からかぶりつかれてしまったのだった。



      ◇



 一瞬何が起こったのか分からなかった。


 だがこのあきらかに胃の中っぽい状況を鑑みるに、俺は食べられてしまったのだろう。


 やけに冷静なのは、あまりに状況が突拍子もなかったからに違いない。


 そういえば、近くに飛竜の巣があるとか言ってたな……。



「てか、臭っ!?」



 鼻を摘まみ、俺は悪臭に顔を顰める。


 いくら死なないとはいえ、こんなところにいつまでもいるわけにはいかない。


 というわけで、俺は脱出を試みることにした。



「この!」



 ずどっ! と短剣を胃壁に突き立て、力の限りにこれを裂く。



「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」



「うおおっ!?」



 すると、急激な浮遊感が俺を襲い、俺たちはぐるぐると回転しながら落下していった。



 ――ずずんっ!



「おぶっふ!?」



 そうして地上へと舞い戻った俺は、さらに短剣で胃壁を斬り進め、やっとの思いで脱出に成功する。



「あ~、死ぬかと思った~……って、えっ?」



 が、そこで見たのは、多種多様な武器を手に、驚いたような顔をしている冒険者たちや、恐らくは住民であろう人々の姿だった。


 どうやらどこかの町中に落下してしまったらしい。


 やべえ……、と俺が冷や汗を掻いていると、ふいに見覚えのある女性と目が合った。



「あ、あなたは……っ!?」



 そう、港町ハーゲイのギルドでクエストの受注をしてくれたお姉さんことリサさんである。


 つまりここはハーゲイということだ。


 とりあえず戻ってこられて何よりだが、問題は町の修繕費である。


 見た感じ、結構ド派手に通りを抉ってしまったようなのだが……。



「あ、あの~……」



「は、はい?」



 唖然としているリサさんに、俺は腰の低い感じで尋ねた。



「リザードのクエストなんですけど、これで納品ってことにはなりませんよね……?」



「え、えぇ……」



 当然、リサさんはなんと答えていいか分からず困惑しているようだった。


 ちなみに、翌日以降から俺は〝ドラゴンスレイヤー〟と呼ばれて恐れられるようになった。


 そして修繕費を差し引いてもあまりあるほどのお金をもらった。


 なので、装備もちょっといいものに変えた。


 リサさんもカッコいいと言ってくれて、とても嬉しかった。

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