第2話
あれからもう半年以上が経った。
今日は高校3年生の始業式だ。今年のクラスはなかなか良かった。仲のいい男子が集まっていたし、何よりも恋春と同じクラスになることができた。
恋春は俺の彼女だ。本名は永原恋春。茶髪ショートカットがよく似合うソフトボール部のキャプテンだ。去年のクリスマスに告白されてからずっと付き合っている。
今日は2時間で学校が終了し、その上2人とも部活が休みの日なので、放課後は一緒に昼食を食べに行く約束をしているのだ。
俺は全く面白くない校長の話を聞きながらひとつ大欠伸をした。
始業式が終わって教室へ戻る。2時間目はHRだ。自分の席で談笑していると、しばらく経って担任の村口が入ってきた。俺はそれを見とめつつも、まだ隣の男子と喋っていた。
村口は教卓の前に立ち、クラス全員に向かって何かを話し始めた。その時もまだ俺は小声で喋り続けていた。
村口が最前列のとある女子を指名し、その子が前に進み出た。彼女の姿を見た瞬間、やっと喋るのを止めた。
「東京から来ました。蓬莱未玖です」
いや「止めた」というより、「止まった」という方が妥当な表現だったと思う。
東京から来たという転校生、蓬莱未玖。彼女は、喋るのも忘れて見惚れてしまうほど美しかったのだ。
肩下くらいまでの綺麗な黒髪、真っ白な肌。長い睫毛に縁取られたパッチリと大きな目は、吸い込まれそうな程深い色をしている。
「ヤバッ、めちゃくちゃ可愛くない?」
「人形みたい…」
クラスのあちこちからコソコソとそんな声が聞こえる。
蓬莱未玖はそんな反応は慣れっこだと言うように顔色ひとつ変えず、その後教師に促されてもとの席へと戻った。
終礼が終わると、彼女はクラスメイトと馴れ合おうともせず、逃げるように教室から出て行った。
それを見た数人の女子たちから落胆の声が上がる。その中には恋春もいた。
「仲良くなりたかったのに…」
そうボヤきつつ俺の元へと来る彼女。
「明日会えるやん。それよりも早く帰ろうぜ」
今の俺にとっては愛想の無い美人転校生より、目の前の彼女との放課後デートの方が重要だった。
恋春は目を細め、含み笑いをして俺の袖口を引いた。
「風磨、どこ行く?」
「最近できた駅前のレストラン行きたいなぁ。美味しいって評判やし」
「いいよ〜!」
そんな会話をしながら連れ立って歩き、レストランへと向かった。
道中、食事の合間も、恋春はずっとニコニコしながら俺に話しかけてきた。久々に会えたことが嬉しいのだろう。俺も同じ思いだった。
だが彼女がスパゲティを食べている際、俺はどうしても気になることがあって、
「恋春、これ」
と、ナフキンを手渡した。
「口周りめっちゃ汚れてるで。拭いとき」
「あ……ごめん…」
恋春は少し目を伏せて、恥ずかしそうにそれを受け取った。
レストランを出た後は近くのショッピングモールを見て回り、恋春の妹への誕生日プレゼントを買った。その後ゲームセンターで少し遊んでからカラオケへ行き、5時間程2人で歌い続けた。
そして午後6時頃、他県住みの恋春を駅まで送り、改札で別れる。
恋春は何度も名残惜しそうに俺の方を振り返り、手を振ってくれた。いやはや、可愛い彼女である。
恋春の姿が完全に見えなくなってから、踵を返し駅の出口へと向かうと、人だかりが出来ているのが見えた。それに何やら聴き慣れない陽気な音楽も聞こえてくる。俺はその集団へと足を向けた。
人だかりの中心には簡易なステージがあり、その上を見た俺は思わず声を上げた。
カラフルな龍や鳳凰の刺繍が施された真っ赤なマントを身に纏い、真珠が装飾された大きな帽子を被っている1人の人間が、音楽に合わせて踊っていたのだ。
顔には青くて奇妙なデザインの仮面を付けていた。あれは猿を模したものだろうか。
素顔は見えなかったが、体格からおそらく女性だろうと推測できた。
彼女はしばらく音楽に合わせて回ったり、観客を煽ったりしていたが、突然マントで顔を隠したと思うと、次の瞬間には青い面が別の白い面へと変わっていた。
おお〜っという歓声が上がり拍手が起こる。俺はスマホを取り出して撮影をすることにした。恋春に送ってやろう。
女性はその後も音楽に合わせて踊り続け、仮面もくるくると変わっていった。
そして曲も終盤に差し掛かり観客の盛り上がりも最高潮に達した時、くるりと一回転した彼女の素顔が遂に露わになった。
一際大きな歓声が上がり、拍手喝采が湧き起こる。しかしその中で俺はただ1人、驚愕に口を開け馬鹿みたいな顔で突っ立っていた。
「……転校生…やん……」
その呟きが聞こえたのか、仮面の女性、蓬莱未玖は俺の方を見るとニッコリと笑みを浮かべた。
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