第6話 王女誘拐①

 とある樹海の中、豪華な馬車が数騎の馬と共に駆けていた。


 「急げっ!!早くっ!!」

 「騎士長!!もうすぐ国境を抜けます!!」

 「わかっている!!合流地点に増援の連絡はついているのか?」

 「はい!!手配済みです!!」

 「よし!!急ぐぞ!!」


 騎士たちの会話を馬車で静かに手を祈るように両手を合わせて話を聞いていた。


 …国境を超えれば無事に帰れる…お願い…


 すると、馬車の向かいの席に座るメイドが安心させるように声を掛ける。


 「リリーナ様。ご安心ください!!何があってもあなたは王国に連れて帰りますので…」

 「いえ!!全員が無事に王国に戻りましょう!!」


 今、馬車に乗っているのはフィオーレ王国第一王女リリーナ・フォン・フィオーレである。彼女はガレックス帝国の皇帝就任記念式に招待されその帰路の最中であった。


 「止まれ!!」


 唐突に騎士長が行軍を止める。すると、馬車の中のメイドが窓を開けて訪ねてくる。


 「どうしたのですが!?」

 「魔獣に囲まれました!!総員、馬車を囲むように円陣を組め!!」

 「一匹たりとも馬車に近づけるなよ!!」

 「「了解!!」」


 馬車は虎のような三つ目の魔獣に囲まれ、緊迫の状況に陥っていた……


 その頃、王都のハンター支部の支部長室ではクロードとロウサ支部長がちょうどいい案件について話していた。


 「それでロウサ支部長。金になる案件とはどんな依頼だ?」

 「そう焦るな。まずは茶でも飲め。」

 「あーじゃ頂こう。」


 アレンは差し出された茶を飲みながら本題に入っていった。


 「実はなクロード。王宮から内密に依頼が来ていてな。本当はこの支部トップのギルスに任せようと思っていたがお前がちょうど現れた。」

 「ほう。それでその依頼を俺にやれと?」

 「そうだ!」

 「……依頼内容を教えてくれ?」

 「今、帝国で行われている皇帝就任記念式に王女殿下が出席しているのは知っているか?」

 「ああ。知っている。」

 「その王女殿下の帰還の際に無事に王都まで連れ帰る。それが今回の王宮から依頼だ。」

 「それにしても…なぜ王宮からの依頼なんだ?普通は騎士とかお偉いさんでやるんじゃないのか?」

 「王宮内部も一枚岩ではないということだ……」

 「はぁー。政に巻き込まれるのはごめん被るのだが……」


 アレンはお偉いさんの事情に巻き込まれることに呆れていた。


 「そう言うな。この依頼を完遂すれば報酬はたんまり貰えるはずだ。なんせ王宮からの依頼だからな!!」

 「確かに報酬の面から見れば悪くはないなー。……わかった。受けよう!!」

 「助かる。無事成功すれば王宮側に貸が作れる。ふふっ。」

 「ロウサ殿!!顔が怖いぞ。それで、その王女殿下は今どこにいる?」

 「済まない。帰路のルートは知らせて貰ったが現在どこを移動中なのかはわからない…今、分かっているのはこの付近の国境近くで王宮が密かに手配した近衛騎士と合流することはわかっている……」

 「なんか……ずさんな依頼だな。まぁいい!!それじゃすぐに向かう。」

 「ああ。よろしく頼む。」


 アレンはロウサ支部長と話しを終え、支部から出て行った。


 ……面倒な依頼を受けてしまったなー…とりあえず急ぐか!!



 雲ひとつない夜空に満月が浮かび、月明かりが樹海に差し込んでいる。その樹海の中で二人の女性が複数の魔獣と人間から逃げるように樹海を走っていた。

王女殿下であるリリーナ姫はメイドに手を引かれながら走っていた。


 「姫様、こちらに……お急ぎください!!」

 「はぁはぁ…ナタリーもういいわ!!あなただけでも逃げて!!」

 「何をおっしゃいますか!!あきらめてはダメです!!」

 「あの者たちの狙いは私です。あなたを巻き込めないわ!!」

 

 走りながらリリーナ姫はメイドであるナタリーに自分を置いて逃げるように促すがメイドは聞かずに手を放そうとはしなかった。すると、後方から二人を追っている者の声が聞こえた。


 「おいっ!!こっちに血の跡があるぞ!!」

 「獲物はこの先だ!!」


 二人を追いかけている追ってはじりじりとリリーナ姫とナタリーに近づいている。二人は必死に逃れようと走っていたが目の前の岸壁に立ち止まる。


 「行き止まり……」


 「残念だったな~!!鬼ごっこはもう終わりか~?」

 「へっへっへ!!もう諦めろ!お前らはもう終わりだ!」

 「お頭!!こいつらは活かしとくですかぇ?」

 「ああ!!王女は生け捕りで帝国に連れて帰る!!それ以外はどうでもいいぞ!!」

 「それじゃ生きていれば何しようと問題ねぇってことっすよね~?」

 「ああ!!そういう事だ!!」

 「へへっ!!メイドの方は楽しんだ後、高く売れそうだなー」


 追っての者は全員が不敵な笑みで二人に視線を向けている。その視線を遮るようにナタリーがリリーナ姫の前に2本の短刀を逆手に持ちながら待ち構える。


 「姫様に近づくな!!」

 「最後の抵抗か?面白い俺が相手になってやる!!」


 メイドの相手をしようと名乗りでた鎧を纏った者は樹海を駆けていた際に指揮を執っていた騎士長であった。


 「なぜ……あなたがこのようなことを……」

 「ふっふっ!!はっはっは!!最後だからな!教えてやるよ。なーに簡単なことよ!!俺は王国の人間ではなく帝国の人間だったってことさー。俺は帝国の間者で王国に侵入していたんだよ!!」

 「なっ!?近衛騎士に帝国の間者がいるなんて……」

 「まぁーなんだ。王国も一枚岩ではないってことだ!!」

 「許さない!!姫様を騙し陥れようとするなど!!覚悟なさい!!」


 ナタリーは短刀で元近衛騎士長に向かっていた。リリーナ姫は先ほどの元騎士長の話を聞き落ち込んでいた。

 ……私は…嵌められたの?…助は……来ない……


 刃物がぶつかり合う金属音、魔法が発動する音と周囲の下品な笑い声が響きあう中、リリーナ姫はこれからの自分がどうなるかを考えると青ざめて顔で震えながら絶望していた。すると、「グサッ」っと刃物が刺さる鈍い音が聞こえた為、リリーナ姫はゆっくりと顔を上げた。するとこちらを見ながら倒れていくナタリーが視界にとまった。


 「ナタリーっ!!!!!」

 「姫様……早く……お逃げ…くだ…下さい…」


 リリーナ姫はナタリーの名前を叫びながら彼女を抱き上げ、涙を流しながら叫んだ。


 「ナタリーナタリー!!しっかりして!!私を一人にしないで!!」

 「私に…構わ…ず…にげ……くだ…さい」


 元近衛騎士長は縄を持ちながら二人に近づきナタリーを引き離し、リリーナ姫に縄を使い拘束した。


 「王女殿下。いや!!もう王女ではないか!!さぁ帝国に行こうか!!」

 「頭~!!メイドを殺すなんてもったいねぇーでぇさー」

 「仕方ないだろーこっちで楽しめばいいさー」

 「いいんですかい?」

 「ああ!!順番は守れよ!!」

 「了解しやした~」


 下品な会話をしている間、リリーナ姫は横たわっているナタリーを見ながら涙を流していたが、拘束している縄を引っ張られた。


  …ナタリー……ごめんなさい…私のせいで…どうか許して……


 「さぁ行くぞ!!これで帝国での地位は安泰だな!!」

 「頭!!やりやしたね!!」

 「お前たちもご苦労だった!!褒美は期待していろよ!!」

 「「やったぜー」」

 

 王女をとらえ集団はその場を去ろうと踵を返した時、魔獣の耳がピクリと動き、その方角に振り向いた。すると魔獣を使役している魔術師もそれに気づいた。


 「「ガルゥゥウ!!」」

 「どうした?」

 

 魔獣と魔術師のやり取りに反応した全員も同じ方向を見つめていた。


 「追ってですかね?」

 「いや!!ありえんだろう!?」

 「合流予定だった近衛騎士も始末した。それ以上の騎士は配備されていないはずだ!!」

 「ともかく早く退くぞ!!」


 リリーナ姫は拘束されたまま元騎士長に引っ張られながら連れていかれるのであった。表情は目に光が消え涙は枯れはて絶望を感じさせるものであった。そして、目隠しをされ最後の景色を脳裏に焼き付けた。


 ……もう……終り……これから…私は…


 今後のことを考えると余計に表情が暗くなるのであった。すると、満月に雲ひとつない無風の夜に凍えるような風が彼女の頬を掠めた。

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