暇の間のひま
明石海峡を渡った後、しばらく特に大きなイベントや特徴的な建造物もなく、どんどん濃くなっていく海の青にはしゃいで写真を撮ったりした後、満足して、本を開いて落ち着いた時間を過ごしていた。
そうしてしばらく、ゆったりと読書を楽しんでいると、二時間ほど経った頃だろうか、周りがやけに騒がしくなり出した。
しばらく本に集中していたが、近くにいたさっきの二人組も何やら慌ただしく動き始めたため、さすがに気になって読書をやめて、周りの様子を見た。どうやら荷物を整理しているらしい、皆いそいそと支度をしている。
おかしい、確か高松までは四時間ほどかかるはずだ。財布から小さく折りたたんで入れておいた時刻表を取り出して確認してみるが、確かに八時発十二時四十分着と書いてあった。
一体何が起こっているんだ。私が推理小説を読んでる間に、船が犯罪集団か何かに占拠でもされたのだろうか。それで乗客をどこか適当な島に置いていって、船を完全に自分たちのものにしようとでもしているんだろうか。狙いはこの立派な船か、おのれ犯罪者ども悪を振りかざして好き勝手してくれる。許せん、私たちの楽しい夏が台無しじゃないか。この船にたまたま乗り合わせた探偵よ、どうか私たちの夏を助けてくれ。
さっきまで読んでいた小説に影響されて、そんな馬鹿なことを考えていると、もう何度目かで、聞き慣れてきた船内アナウンスの女性の声が私の疑問に答えてくれた。
「まもなく小豆島に着港します。お降りのお客様はお荷物のお忘れのないよう~~」
小豆島、確かに小豆島と言った。どういうことだ、運行表を確認してみても神戸高松間と書いてある。もしかして乗る船を間違えたか、いやいや、予約確認もすませたし、お兄さんにチケットを確認してもらったはずだ。この船は間違いなく高松行きだ。
何だろう、明記されてないだけで、この船は途中小豆島にも連絡する事になっているのだろうか。状況からしてそうなんだろうが、それにしても先に知らせていて欲しかった。大人げなくめちゃくちゃ焦ってしまったじゃないか。
外を見てみると確かに、久しく見ていなかった陸地が見えた。結構大きな島のようだ、どおりで船が騒がしいわけだ、皆きっとここに観光に来たのだろう。確かに遊び甲斐のありそうな綺麗で立派な島だった。
小豆島って確かオリーブが有名なところだったか、ここに訪れるのもありだったかも知れない。今回はいけないがまたいつかきてみよう。船から見ていてもこんなにも美しいんだ、きっと降りてみたらもっと感動することだろう。
島がだんだんと近づいてくると、乗客達もいよいよかと動き出す。子供達がお父さんの手を引っ張りながら階段を降りていく。はしゃぐ子供をお母さんがたしなめるが、子供は関係なしに嬉しそうに跳んだりはねたりしている。その他のグループもぞろぞろと階段を降りていく。外を見てみると気づいたらもう港近くだった。
船が港に入るため、減速してゆっくりと動くと、また船体が小刻みに揺れだし、しばらくして完全に船が停まると揺れは止まった。どうやら島についたらしい。
島の方から青色の橋のようなものが伸びてきて、フェリーにゆっくりと近づいてくる。船と島の間に橋が架かると、乗客はのろのろと、橋を渡って小豆島に降りていった。それを待って、島から新しく乗客が乗ってくるが、数自体はそれほど多くはないようだ。
港には何やら回転する銀色の奇怪なトカゲのオブジェのようなものがあり、その周りで子供や観光客が人だかりを作っていた。
なんなんだあれ、なんか目が異様に赤くて地味に怖い。子供はよくあれにあんなにはしゃげるな、未知のものに対する恐怖心とかないのか最近の子は。私が子供の頃にあんなもの見せられたら、その途端トイレに逃げ込んで二十分は外に出ないぞ。どうにも最近の子はずいぶんと肝が据わってるようだ、少なくとも私よりは。
私は、あの赤い目から視線を逸らしたくて船内を見回す。どうやら結構な数が小豆島で降りたようで、船内には先ほどまでの騒がしさはなく、遠くから少し話し声が聞こえてくる程度だった。
さっきまでの活気のあった船も良かったが、この静かで落ち着いた船もさっきまでにはなかった魅力にあふれていた。
せっかく人も少なくなったことだし、もう席を取られる心配もないだろう、ゆっくり船でも探索してみよう。とりあえずまずは、さっきまだやっていなかった売店にでも行ってみよう。
私はソファーから立ち上がって財布や貴重品の入った鞄だけを持って、二階の売店に早足で向かった。香川でうどんを食べるつもりだから、そんなには食べられないぞ、という自分への戒めも忘れて、何を食べようかとあれやこれや想像して売店に向かう。
どうやら今年の秋はダイエットの秋になりそうだ。
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