出港前夜
残念なことに、中華街は、決して私が期待していたようなものではなかった。
なんかもっとどこのお店に入っても陳一族の料理長のいる、天下一中華激戦区みたいな感じのイメージだったんだけど、実際は、カタコトのお姉さんに強引に店に連れ込まれ、六十五点くらいの中華料理が出てくる。そんな悲しい体験だった。というか二品くらい頼んでないもの出てきて、中国語とか話せないし、うまく説明できるか分からなくて、なくなくその分も払ったりした。
どちらかといわなくても悲しい思い出だった。もしかしたら、あの強引なキャッチを振り払って、ちゃんと探せば私の望むようなお店はあったのかも知れないが、私はそれを知ることなく中華街を後にした。
ホテルに帰ってすぐお風呂に入った。脱いだ服からは、少し潮の匂いがした。浴室に入ると、帰ってすぐ入れ始めたお湯が、着替えやお風呂用品、お風呂上がりに飲む水なんかを用意している間に、浴槽半分ほどで良い具合に溜まっていた。
汗でボロボロのメイクを丁寧に落として、軽く身体を洗ってから、湯船に浸かる。少し溜めすぎたのか、お湯があふれてしまった。ユニットバスならこんな所業は出来まい、排水溝に流れていくお湯を横目に、さらに深く身体を沈めた。
極楽だ。一人旅で誰にも気を遣わず、水道代も電気代も気にせず入るお風呂、これ以上に格別なものはない。そうやってしばらくの間、極楽を堪能した。
湯船を出ると、いつも通りの流れ作業で一日の汚れを流し、いつも通りに簡単にケアする。例え旅行といっても一日でも手を抜く訳にはいかない。楽しんでやっていた頃と違って、最近はけっこう必死でやっている。
どうも近頃、若さという盾からぎしぎしと嫌な音が聞こえるような気がしてならない。大人になるということは、ほとんど良いことではないと、毎日のように思い知らされる。暗い気持ちになりそうだったから、それ以上何も考えたくなくて、ルーティンをこなすことだけを考えることにした。
お風呂から上がって、すぐ顔を整える。もう寝るだけなので歯磨きも一緒に済ませておいた。髪を備え付けのタオルでまとめて、お風呂場を出る。先に出しておいたお水を一杯飲んで、ベッドの近くの床でストレッチをした。明日から数日、ものすごく歩くことになるので、足も念入りにマッサージを行う。お風呂場に戻って髪を乾かして、ようやく寝る準備の完了だ。
お風呂上がりで熱いので、冷房を一度下げる。部屋に冷気が行き渡るまでの間に、荷物を整理した。明日着る服はもう出してしまって、すぐ着替えられるように置いておいた。最後にモバイルバッテリーなどを充電して、ベッドにダイブした。本日二回目だが何回やっても楽しい。
ベッドに入って、スマホをいじる。明日のフェリーの時間に間に合うようアラームをセットして、船の乗り継ぎの時間や、どこをどういうふうに訪れるかを確認する。
瀬戸内の観光地は、どこを調べていても海の写真が出てきて、それを見る度どうしようもなくわくわくした。調べているうちに、だんだんスマホが重く感じたので、ベッドに置いてうつ伏せで調べる。
身体のどこにも力を入れずに横になっているのが心地よくて、海の写真を開いたまま、ベッドに沈むように、眠りに落ちていった。瞼を閉じる瞬間、視界の端に見慣れた緑のアイコンが見えた気がした。
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