いつもと違う日常


 ホテルに行くまでの間に、夜のうちに飲むお茶か何かを買うため、ホテル近くのコンビニに立ち寄った。

 紅茶とお水、あと塩っぽいものが食べたかったので、梅ねりを手に取る。財布を取り出しながらレジに向かって歩いているとあるものが目にとまった。


「ふらっぺ……」

 なんともハイカラな響きだ、文明開化の味がするのだろうか。そういうものがあるとは聞き及んではいたが、どうにも手が出せずにいた。

 このふらっぺというのは、ヌタバのふらぺちーのと同じようなものと考えて良いのだろうか。だとすれば恐るるに足らず、私は以前、職場の後輩にヌタバの抹茶ふらぺちーのを一口分けてもらったことがあるからだ。要は飲めるくらいに溶けたかき氷だろう。私知ってますから、まだ若いですし、カタカナにおびえたりとかせんし。


 ふらっぺはどうやらいくつか種類があるようで、せっかくの旅行なんだし、日頃飲まなさそうで夏らしいラムネソーダ味のふらっぺにする事にした。冷凍ケースから取り出したふらっぺはキンキンに冷えており、ずっとつかんだままだと冷たくて、左右の手でかわりばんこに持ちながらレジまで持っていった。さてさて、ふらっぺくんとやらのお手並み拝見といこうじゃないか。






「え、待ってめっちゃ美味しい」

 あまりの美味しさに自分の中から女のオタクがこぼれ出てしまった。

 にわかに信じがたい。こんなに美味しいふらっぺを、こんなにコンビニエンスに買えてしまうのかこの時代は。人も行きつくところまで来てしまったようだな。

 そんなことを考えながら、続けてふらっぺを一口飲むと、頭に冷えた電気が走った。


「あはは、懐かしいなこれ」

 アイスクリーム頭痛、子供なら誰しも一度は体験したことがある、かき氷なんかを一気に食べると頭が痛くなるあれだ。

 この痛みは独特で、来た途端、梅干しをそのまま口に含んだ時みたいに、顔をきゅっ、とすぼめてしまう。この顔を見たり見られたりして、よく友達と笑い合ったものだ。

 思えばあの頃の友人達は、今頃どこで何をしているのだろう。同窓会がどうのってはがきも最近はとんと来なくなったし、皆何かしら大変なんだろうか。

 誰かと笑い合えないアイスクリーム頭痛って、ただの鈍痛でしかないんだ。キンキンと痛む懐かしさを吹き飛ばしたくて、残りのふらっぺを勢いよく飲み干した。


「~~~~~ッッ!」

 猛烈な痛みで頭を支配された。足をじたばたとさせないと堪らないほど痛んだ。大の大人が冷たい飲み物で悶絶してるって、なんかおかしくて笑けてきた。遠くの方で店員さんもこっちをチラチラ見て笑っている。おい、何笑ってんだみせもんじゃねぇぞ。

 恥ずかしくて堪らず、ゴミを捨てコンビニを後にした。ふらっぺで身体が冷えたとはいえ、夏の暑さはそれを優に超えてきた。早くこの暑さから逃れようとホテルへ急いだ。




「本日予約している、小清水 こしみずみおです」

 フロントで名前を告げ、促されるままに免許証を見せた。会計を済ませると、よくある茶色い四角柱のついた鍵を手渡された。

 四角柱には部屋番が書かれており、817、私の誕生日だった。ただの偶然だけど、部屋に入る前からもの凄く愛着がわいてしまった。


 エレベーターで八階まで上がる。エレベーターの中には、私が明日乗るつもりのフェリーの広告が大きく張り出してあった。明日が楽しみでついニヤニヤしてしまう。こんな気持ちいつぶりだろうか。


 部屋に入って、四角柱を入り口横の壁にさす。部屋はそれにこたえて、明かりをつけて迎えてくれた。ドアの横で靴を脱いで、手洗いうがいを済ますと、スリッパも履かずに部屋を歩き回った。お部屋探索は旅の醍醐味だ。

 せっかくの三宮なので、少しだけいいホテルにした甲斐あって、私にはもったいない素晴らしい部屋だった。なんせお風呂がユニットバスではないのだ。なんたる贅沢、金にものをいわせるとはこのことよ。ドライヤーも備え付けで借りにいかなくてもいいし、持参したがシャンプー類などのお風呂用アメニティも、安物でないしっかりとしたメーカーのもので揃えられていた。部屋も一人で泊まるには広すぎるくらいで、非の打ち所のない良い部屋だった。


 最後はやっぱりベッドだろう。これをするとしないのでは、お部屋探索の質が大幅に違う。正直まだお風呂も入ってないので、少し尻込みするものの、誰も見てないんだし関係ねぇ、と大きくジャンプしてふかふかのベッドに飛び込んだ。

 もふもふの掛け布団が私を優しく包むと、二回ほど小さく、私の身体がベッドの上で跳ねた。うんうん、これだよねこれ。やっぱホテルのベッドといったらこれだよね。


 そうしてしばらく、ベッドで休んで、ふと外を見るともう夕方だ、ご飯でも食べに行こうと身体を起こした。確か三宮には中華街があったはずだ、せっかくの旅行、行かない手はない。

 方針は決まったので、早速スマホで場所を調べる。さっき電話してからずいぶんと見ていなかったので、通知が溜まりに溜まっていた。緑のアイコンの通知は真っ先に消して、他の通知を確認し、たいしたことなかったので全部消す。やっとこさマップアプリを開いたと思ったら、画面上にまた通知が届く。


「大丈夫?」

 さっきの緑のアイコンだ。悪いメッセージでもないんだから開けば良いのに、指が震えて画面に触れない。震えながらなんとか画面に指をつけたものの、さっきと同じように横に流して消してしまった。


「大丈夫じゃ、ないよ」

 震える声でここにいない誰かに言う。そう、大丈夫じゃないから、今こんな所にいるんだ。大丈夫じゃないから、全部から逃げ出してきた。私は弱い人間だから、向こうに背を向けてここまで逃げてきたんだ。

 せっかく起き上がった身体が、急に重く感じて、またベッドに座り込んでしまう。それからしばらくそうしていて、中華街に向かったのはもう夜になってからだった。

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