文月
真夏に差し掛かってきた。だんだんとセミの声も聞こえ始め、高く昇った太陽は僕らの肌を焦がす。僕はどうにも日焼けできない体質で太陽にめっぽう弱く、長時間外に出ていた日には入浴時に皮が剥がれるくらい肌が弱い。だから、この季節は苦手だ。汗をかくのも、外に出るのも、日に当たるのも、暑いのも何もかも嫌だ。
今日は、学校全体の清掃活動がある日だ。
それぞれ三学年の姉妹学級三クラスで同じ場所を清掃する。
僕ら四組の担当は中庭。清掃とは銘打たれているが、その実やることは庭の手入れだ。
僕は帽子を被り、軍手を身につけてから靴箱の外へ出る。
暑い日差しがやたらと僕を照らす。暑い、溶けてしまいそうなほどに。
なんで学校はこんな暑い季節に外での活動を設定しているんだろうか、悪意しか感じられない。もしかしてこの学校の有権者はサディストなのか?
「せーんぱい」
「わあ、学校の有権者さん」
後ろから僕に声を掛けてきたのは、天本だった。彼女は一年四組、僕は二年四組であるため清掃区域は同じなのだ。
「何わけの分からないことを言ってるんですか?暑さで脳みそ沸いちゃいました?」
「ごめんね、こっちの話」
彼女は帽子をかぶって、軍手をしている。草をむしるために屈んでいた僕は、立ち上がっている彼女の方を見つめる。太陽が眩しすぎて、直視はできなかった。
すると、彼女の方に二人の女の子が寄って来た。
「あれ、栞ちゃん知り合い?」
「もしかして彼氏さんとか!?」
恐らく彼女の友達だろう。
「そんな、来栖先輩に失礼だよー。先輩にはいつも図書委員でお世話になってるの」
天本は友人の質問ににこやかに答える。
彼女の様子は僕が知ってるものとかけ離れている、猫被ってるなこの子。
まあ流石に「コイツ私のペットなの、駄犬だけどかわいがってね」とか言われたらそれはそれで困るけど。
「えー、そんなこと言ってその先輩に会いに図書館いってるんじゃないの?」
「仕事だよ仕事、あんまり来栖先輩を困らせないで」
「あはは!すみませーん!」
暑い、太陽が眩しいだけで辛いのに明るく天真爛漫な女の子のキラキラした雰囲気に当てられてのぼせてしまいそうだ。
そのまま天本は友達と一緒に別の場所に行ってしまった。
しかし、天本が他の人間と話しているのは初めて見た。ツンケンした王女様みたいな振る舞いなのかと思ってたけど、そんなことはなく、むしろ真逆で明朗快活な女の子といった印象だ。
帽子と体操服に身を包んで白い肌を存分に光らせるその姿は、輝いていると認めざるを得ない。
何となく眺めていると、天本の周りには同級生の男子も数人集まっていた。
とても楽しそうに談笑している。
僕は人の美醜には疎くてイマイチ判断しかねるけど、きっと彼女は一般的に見ても可愛らしい容姿なんだろう。
もしかしたら僕の知らないだけで、彼氏の一人や二人いるのかもしれない。
別にそんなことに興味はないし、あってもそれを天本に尋ねることはないだろう。
でも、天本に恋人がいるかもしれないと考えると、何だか胸を締め付けられるような妙な苦しさを感じる。
僕はそれを紛らわせようと懸命に草をむしった。むしる、むしる、根ごと引き抜く。
残念だったな雑草たち、僕たち人間に「雑草」とカテゴライズされてしまった時点で君の敗北は八割方決まってたんだよ。大人しく僕の手によって…
「痛い痛い痛い痛い!!」
髪の毛を思い切り引っ張られて悲鳴を上げる。痛い、痛すぎる。
「あれ?雑草かと思ったら先輩じゃないですか」
泣きそうな僕を見て天本が白々しく言い放つ。
「天本……草をむしってた軍手で僕の髪を引っ張らないでよ」
「あ、大丈夫ですよ。私まだ草一本もむしってないので」
「それはそれで問題なんじゃないかな」
まああれだけ大勢でお喋りしてたら草むしりどころじゃないんだろうな。
「僕にいじわるしてるところ、見られても良いの?」
「良くないですけど、まあ見られてないですしいいでしょ」
そこら辺は徹底してないんだな。
何で天本は僕にだけ、唯我独尊な態度なんだろうか。気になるのは気になるが、尋ねるほどのことではないだろう。でも、さっきまで一緒にいた同級生の男子たちとは楽しくお喋りして、僕に対しては嫌がらせだけってのは少し、何というか、良い気分はしない。
僕は黙って立ち上がり、別の場所の清掃に行く。この辺りの目立つ雑草はむしり終わったし、良いだろう。
黙って歩いていくと、天本の友人に声を掛けられた。
「あの、栞の先輩さん」
「はい?」
ニュアンスは伝わるけど、「栞の先輩さん」って何だよ。別に僕は君らの先輩でもあるんだよ。
「すみません、この集めた草どこに持ってけば良いですかね?」
見ると、籠いっぱいに雑草が入っていた。
「ああ、これね。北校舎近くで美化委員が集めてる、僕が持ってくよ」
「じゃあ、すみません、お願いします」
僕は籠を受け取った。場所を説明するよりも僕が持っていった方が早く済む。飢えた人には釣り方を教えるよりも魚を与えた方が楽なんだ。
ずっしりと重い籠を抱えて、北校舎に向かう。道中に天本とすれ違う。
「先輩……私の友達が迷惑かけてすみません、代わりに私が運びますよ」
籠を持とうと天本は両手を差し出してくる。
「いや良いよ、僕のお節介だし」
「それじゃ私の気がすみません。先輩にはいつもお世話になってますし」
もしかして今、猫被りモードだったりするのかな。まあいいや、楽できるに越したことはない。
「そう、じゃあお言葉に甘えて」
「任せてください」
天本は籠を両腕で籠を受け取って、
そのまま籠を真っ逆さまにひっくり返した。
「おい!何してるの!?」
「先輩のせいなんですから、自分で拾ってくださいね」
辺りにはさっきまで秩序を持って集められていた雑草が混沌を象徴するかの如く散らばっている。
「どう考えても天本のせいでしょ」
「いいえ、ぜんぶ来栖先輩のせいです。地球温暖化が進むのも、犯罪がなくならないのも、若者の投票率が低いのも、夏暑いのも……まだ言いますか?」
「いや、もうお腹いっぱいです」
天本に渡した僕の責任だったな。僕はひざまづいて雑草を拾い集める。
「先輩は野良犬じゃなくて飼い犬なんです。そこのところ、しっかり理解してくださいね」
そう言って、天本は自分のクラスの方へと戻って行った。
何であんなに不機嫌なんだ?いや、いつものことか。
雑草を拾い集めて籠に入れた後、僕がつまづいて転んだせいで籠をひっくり返してもう一度雑草を拾い集めることになったのは誰も知らなくていい話。
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