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冒険家という存在は得てして自分の命より好奇心を優先すると思われがちだが、彼らとて命より大事なものは無いと重々理解しており、引き際というものを知っている。彼らの多くは長年の経験によって可食の動植物を判別可能で、たとえ手ぶらで荒野に放り出されたとしても生き延びられるサバイバルの天才だ。
……全員が全員そうだと断言は出来ないが。
「ミラ、次はどこに行きたい?」
六畳間の一室で寝転んだ女性が知恵の輪を弄りながら同居人の少女に問いかける。
ミラと呼ばれた少女は読んでいた雑誌から顔を上げた。金糸の如く輝くブロンドがその動作に軽く揺れる。
「ワタシはもっと広い部屋に住みたいです」
「そうじゃなくて冒険だよ、冒険。次はどんな未開の大魔境に遊びに行くかってこと」
「そんなことよりこのボロアパートから一刻も早くおさらばしたいです、花見先生」
「えぇ……どうして? 住み慣れたら別に悪くはないって私は思ってるんだけど」
「まず隙間風が入ってくる時点で全くもって良さを見出せませんし、それに加えて雨漏りもありますよね。……そして何より許せないのは、この部屋にはお風呂がないということです! ワタシは多くを求める性格ではないと自負していますが、最低限あるべきものはあってほしいのです!」
ブンブンと小さな拳を上下に振ってミラが力説する。対する女性は鼻の穴に小指を突っ込んでいた。
「でもさ、引っ越すにしたって私達は家に居ること自体が少ないじゃん。だったら広くとも家賃が高い部屋なんて割と本気で無意味だと思う。……何より風呂なら近くにスーパー銭湯があるじゃないの」
花見先生と呼ばれた女性——
その態度に当然ながらミラは腹を立てる。そんな言い訳で丸め込まれるワタシではないぞという表情をするのだが、過去五回以上この言い訳で丸め込まれているため些か頼りない。
「ですが、こんなボロボロの部屋に住むのはもう飽き飽きです。早く隙間風の冷たさと雨漏りの滴に悩まされない普通の家に住みたいです」
「別に引っ越してもいいけど、部屋を借りるお金はあるの? 私はここに住んでもいいと思ってるんだから、新しい部屋の家賃は当然ミラが自分で払うんだよね?」
「その理屈はおかしいです! ワタシはまだ14歳ですよ⁉︎ 働きたくとも働けません!」
「ほーん、でも私の助手として働いた分のお給料は確かに渡してるはずなんだけどね。しかも命懸けの仕事だからってそこらのサラリーマンよりは与えてるつもりなんだけど、そのお金はどこに行っちゃったのかな? ————あれれぇ? こーんなところに幾つものゲーム機と数え切れないほどのカセットやディスクがあるなぁ。誰のかなぁ……?」
花見桜が部屋の隅に置かれたソレらとミラへ交互に視線を送る。ミラがうぐっと呻いた。
残念ながらミラは生粋のゲーム好きだった。それもかなりヘビーな部類で、花見桜から与えられる給与を全てそういうものに注ぎ込んでしまうほどだ。
…………つまり、自業自得であると言える。
「まっ、まあ、引っ越しの話は先送りにしましょうか! それで、どこに行きたいか、でしたよね?」
ミラが手を叩いて話を変える。
「うん、いつもミラは私についてくる形だったなぁって思ったわけ。だから偶にはミラに場所を選んでもらおうかなって」
「と言っても、ワタシは行きたい場所なんてないですよ? …………あっ、でも強いて言うなら日本国内でお願いします。最近はずっと海外にいて銃が身近にあったせいか身体と心が休まった気がしなかったんですよね。だから銃で狙われる心配のない日本国内でしばらく活動しましょう」
「うーむ、確かに。じゃあ日本に焦点を絞って面白そうな場所を探してみるよ」
人はそれを盛大なフラグと言うのだが、当人達は知る由もなく……。
☆☆☆
部屋の隅に放置していた折り畳みの小机を立たせてその上にノートパソコンを置いて起動させ、花見桜が作業していた。
インターネット検索で怪しい場所を調べて現地へ赴き、その謎を解明する。最近の世の中はえらく便利になったものだとマウスを操作しながら花見桜は考える。一昔前を思い出せば、そんな怪しい場所など祟りを恐れた人々が村ぐるみ、あるいは土地ぐるみで秘匿していたのに、今では操作一つでそれが尽く露わになると考えると感慨深いと同時に残念な気もする。
「あっ、ミラさんや。ここなんてどうかね?」
「わぁ……っ! ここ良いですね!」
———————————————————————
『恐怖! 東北の山中に生きる人喰い達の村!』
東北のとある山には、昔から人を喰らう風習を持った人々が未だ住んでいるらしい。
普段、彼らは野山を駆けて鹿や猪を狩って食料としているようだ。ただし、何よりも大好物なものは外界の人間で、縄張りに侵入した人間を捕らえては綺麗に捌いて食べると言い伝えられている。
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「ちょっと怖い気もしますけど、人を食べるなんて日本限定の話ではないですし、実際に海外では今でも確かに人間を食べてる部族なんていくらでもいるんですから、そう考えると怖さは和らぎますね」
ミラが口元に手をやってくすくすと小さく笑う。
何を頭のおかしいことをとなるかもしれないが、実際、過去に数度ほど花見桜の後ろについて行って人喰い部族に追いかけられたミラの感覚は常人のそれとはズレていた。
「じゃあここに決定していい?」
「んー、でもイマイチ面白みに欠けるような……」
「でも近くに天然露天風呂があるらしいよ?」
「そこに決定ですね!」
——即決だった。
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