第3章 入れ替わり

              第3章 入れ替わり


 下水道の中はとてもひんやりとしていおり、ランプがあっても少し先は真っ闇であった。ロメルスがしばらく歩いているとチューとネズミの声が聞こえてきた。ロメルスはビクッと体を震わせると、壁に手をおき、「大丈夫、大丈夫」と呟きながら再び歩き出した。

 その後も、ロメルスは何度かネズミの声に驚かされながらも上に穴が開いているところまでたどり着いた。ロメルスはほっとした顔になると近くにあった鉄梯子を登った。梯子の先は雑草や低木がたくさん生えておりどこかの庭の様だった。ロメルスがボーッとしていると後ろから声がかけられた。

「ロメルス様初めまして、私、レムルス様の執事をしておりますヨハンと申します」

 ビクッとロメルスが後ろを振り向くとそこには白のネクタイに燕尾服を着た初老の男性が立っていた。ヨハンは近くにあったマンホールの蓋を戻しながら言った。

「とりあえずここから離れましょう。見回りの衛兵が来てしまいます」

 そしてヨハンがロメルスからランプを受け取り、歩いていくと後ろからロメルスがジト目でヨハンに言った。

「俺、今日驚かされてばっかなんですけど」

 ヨハンは、ほほほと笑いながら歩き始めた。ロメルスはまだ不満の表情を浮かべていたが、ヨハンの後ろを付いて行った。しばらく歩いているとヨハンは裏口の様なところで止まった。するとヨハンが人差し指を口に当てて言った。

「ここからはできるだけ音を立てずに、ぴったり私の後ろについてきください」

 ロメルスは息を殺しながらヨハンの後にぴったりとくっついた。

 ヨハンがドアを開けると中は小さな倉庫の様な小さな部屋であった。人の気配はなく、そのまま2人は部屋から出て近くの階段をロメルスを先頭に上がろうとしたら、後ろからゆったりとした声が聞こえた。

「ヨハン、レムルスはまだ部屋に籠っているの?」

 階段の下に立っていたのはこの国の王妃、アイリス妃であった。ヨハンはゆっくりとアイリス妃の方を向きながら言った。

「……はい、部屋から出てこられません」

 とっさにヨハンの後ろに隠れたロメルスは、ちょうどアイリス妃からは見えなかった。

「そうなの、でもあの人もひどいわよね。あの子だって遊び盛りなんだから、1度くらい外に出してあげればいいのに」

 そう言うと、アイリス妃は少しヨハンの方を見つめていた。しかしすぐその場を離れていった。

 ヨハンは少し安堵の顔を浮かべると、「さっ、行きましょう」と言って、急いでロメルスをレムルスの部屋に届けた。そして、2人だけになるとヨハンはロメルスに言った。

「では、ロメルス様。今からレムルス様の仕草の勉強をいたしましょう」

 するとロメルスは驚きの表情を浮かべて言った。

「今からですか!! そんなー、俺今日はもうくたくただから休みたいんですけど」

 しかし、ヨハンは厳しい顔つきでロメルスに言った。

「何を仰っているんですか、直していただきたいところは何箇所もございます。例えばご自分のこと俺ではなく“私”と仰ってください。他にも敬語が全く成っておられません!また、……」

 そして、ヨハンによるロメルスの指導は1晩中続いた。

 翌朝、ロメルスはグッタリとベッドに倒れ込みながら言った。

「レムルスは毎日こんなことをしながら生きてんのか、すげーな」

 するとロメルスに比べて全く顔に疲れなどないヨハンが言った。

「まさか!これの数倍は行われていますよ」

 それを聞いたロメルスはゲーッと顔を歪めると、ヨハンに言った。

「あの1つ聞きた……お聞きしたいのですが、なぜレムルスにここまで協力してあげるんですか? 誕生日なのに父親のせいで外に出られなくなったのは少し同情するんす……するのですが」

 時々、元の言葉が混じりながらも、昨日と比べ敬語が上達したロメルスを見ながらヨハンは、ふふと笑うと答えた。

「確かにいきなり王宮に来たかと思うと1晩中言葉使いだの、敬語だの、と言われたロメルス様がご立腹になられるのもよくわかります。しかしレムルス様はロメルス様が昨晩行われていたことを4歳の頃から行われているんです。そんなに驚かれることはありません。王族の子供は小さい頃から英才教育を受けるのが当たり前なのです。ただ、トラン王。つまり今の王は他の王よりもかなり厳しくレムルス様のことを躾けられました。そのせいで小さな頃から同年代の子供とはほとんど遊べず、次第にトラン王の言うことを聞くだけの人形の様になられてしまったのです。なので、レムルス様が赤ん坊の頃から知っている私にとって、今回の様なトラン王への反抗を不躾ながらも少し嬉しく思っているんです」

 ロメルスはヨハンを見ながら聞いていた。するとヨハンは少し恥ずかしそうに言った。

「すみません、歳をとると余計なことを話しすぎてしまいますな」

 ヨハンが言い終わると同時にメイドの1人が朝食が始まることを告げにきた。ロメルスはヨハンの教えの通りに普段よりも優しめの声で「わかりました」と告げると部屋を出て行った。

 ロメルスは呼びにきたメイドに連れられながら、食堂についた。メイドがドアを開けるとロメルスの目の前には大きな部屋が広がり、天井には光のイロを使った豪華なシャンデリアがぶら下がっていた。そして部屋の真ん中に10人以上座れる大きな机があった。そしてロメルスの正面にいる形でトラン王とアイリス妃が両隣で座っていた。

 まずロメルスはお辞儀をしながら言った。

「父上、昨日は大変、お見苦しい所をお見せし申し訳ありませんでした。今後一切外に行きたいなどと申しあげません。どうかお許しください」

 トラン王はしばらく黙っていると、

「……反省しているならもうよい、早く席につきなさい」

 そう言って、ロメルスを促した。そして、朝食が始まろうとした時いきなり食堂のドアが開き、少し慌てた様にヨハンが入ってきた。するとトラン王に近づき耳に何かをささやいた。するとトラン王は驚きの表情を浮かべながら、言った。

「何!? あの方がなぜこんな場所に!?」

 するとアイリス妃がトラン王に聞いた。

「こんな朝早くから誰が来られたのですか?」

 しかし、トラン王はアイリス妃の質問を無視してメイドに1番上等な服を持って来させる様に言った。そして、アイリス妃にも上等な服を着るように言い、トラン王は客間の方に向かっていった。

 そして食堂にはロメルスとヨハンしか居なくなった。他のメイド達もトラン王にそれぞれ指示をされ皆食堂から出て行った。ロメルスは何が起こったかわからないといった顔でボッーっとしていた。しかし近くに居たヨハンに声をかけた。

「ヨハンさん、いったい何が起きたんですか?」

 ヨハンは、にっこり笑いながら言った。

「ロメルス様。言葉遣いがある程度できても食事のマナーというのは一朝一夕でできるものではありません。なので朝食などできない様に私の知り合いに頼んでトラン王のお相手をしていただいたのです」

 そして、少し顔が青ざめたロメルスにヨハンは笑顔のままで言った。

「今後は同じ手が使えないでしょう。しかし、今は誰もいないですし、早速テーブルマナーを実践といきましょう」

 するとロメルスは何も言わずにコクリとうなずいた。

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