6【村揚の春】

『卒業式、少し遅れて始まります。』

 渡からメールがあったのは14時45分。確かに渡は14時11分の便で上陸すると聞いていた。しかし今の渡の報告を信じてはいけない。疑ってかかる必要がある。このビジネスに情が芽生えているからだ。情をかけるとぼやけるぞ。

 渡、俺の何を見てきた。大学時代から面倒を見てきた子飼いの犬から腕を噛まれたようで気分が悪い。

「わははは!最高だね!渡ちゃん胴上げされてるじゃん!おもしろ!あああ、お腹痛い。」

「全然面白くないわ!何やってんだあいつは!」

「スーツ姿で鍬を扱っているし、大量の桜をぶっかけられるし、学校の探していた物を掘り当ててるし、渡ちゃん最高じゃん!」

「何が最高だ!?」

「いいじゃん、最近、渡ちゃん全然笑ってなかったみたいだし。」

「知らん!あいつが勝手に悩んでるだけだから、俺は知らん。」

「また、そんな冷たい言い方してよ。あーあ、村揚君が優しかったら、渡ちゃん楽に仕事できたのに。あああ、かわいそー。」

「うるさい!だまれ!」

 校長の牧田から許可を貰い、この日使用しない3階の音楽室を朝から借りていた。そこから飯島とグラウンドの出来事を双眼鏡で遠巻きに覗いていた。

 朝から現地でこそこそ情報収集するつもりでいたが、小学校のグラウンドに大人数が集まったので撤退したのだった。やがてその群れがグラウンドの穴を掘り「ノート」と言われる物を探し始めた。

 その人だかりに、まだ島にいるはずのない渡を見つけた。

「だって上司に虚偽の行動予定を報告したんだよー。これってもう上司を信頼できないって言ってるようなもんじゃん。あーあ、嫌われちゃったね。」

「邪魔するなら帰れ!何であんたも付いて来た!?」

「そりゃ島が観光で盛り上がるならメリットあるじゃんか。俺は経済観光課目線で検討したいしさ。」

「だから校舎は取り潰すって言ってるだろ?ここを潰したら緑御池市との契約条項を全て達成したことになるんだ。」

「はいはい。でもそんなことしたら渡ちゃん再生事業課を辞めちゃうじゃん。そしたら俺残念じゃん。」

「辞めねーよ!あと何だその語尾のじゃんじゃんじゃんじゃんって!話が全く入ってこんわ!」

 渡には16時の便で行くと伝えていたが、俺は大豆島に前日から乗り込んでいた。何故なら、渡の行動が怪しかったから。そしたら飯島が同じ宿の隣の部屋に宿泊しているではないか。

 しかし、この飯島って奴も良く分からない。とにかく不気味だ。宿泊部屋が隣だったのは本当に偶然だったのか?俺は最近荒すさんでいるのか、目の前で起きている事象を素直に受け止められないでいる。

「なあ、村揚君。君は卒業式も出ないつもりなのか?」

「用があるのは、卒業式後の検討会議だけだ。もともと渡には16時の便で島に行くって言ったから、その時間に合わせて渡の前に表れる。」

「…君、変なところ義理堅いんだなあ…。いいよ、先に行って様子見ておくわ。何かあったら報告するわ。渡ちゃんにも会いたいじゃん。」

「おいっ、俺が前乗りで学校に居ることを渡に絶対言うなよ!」

「へいへい。」

 

 

 日が暮れそうだ。西の水平線に沈む瀬戸内海に映える夕日が一段と紅い。検討会議が始まるのは遅くなりそうだ。一人になった音楽室は徐々に寒くなってきた。

 部屋では毎晩ロマネコンティを飲みながらクラシックを流している。しかし、俺は音楽家の顔が好きな訳でない。部屋の壁に並べられているバッハ・ベートーベン・ブラームス…十数名の威圧的な顔をしている著名な音楽家が全員俺を見ているようでゾワッとしてきた。

 しかも飯島が扉を半分しか閉めずに出て行ったから、音楽室の温度が下がったようで肌寒い。ただでさえ隙間風が吹きついているのに。

「あのじじー、扉くらい閉めて行けって!」

 木製の引き戸を閉めようとするが閉まらない。固い、異常に固い。力いっぱい引っ張るが動かない。

「どなたですか?」

「わっ!びっくりさせるな!」

 廊下の方を振り向く。声の正体は黒のサスペンダーを付けて蝶ネクタイをした上品な恰好の小学生だった。

「音楽室で何をやっているのですか!」

 引き戸を離し音楽室に戻ろうとする。

「坊主には関係ない。忙しいんだこっちは!」

 坊主が音楽室にずけずけ入ってくる。

「え?忙しい?まさか盗人ですか?物とって運ぶのに忙しいのですか?」

 変な事を言われたので、坊主の方にまた振り向く。坊主は何か探してるようだが、俺の様子も疑い深く伺っていた。

「違うぞ坊主。何でそうなる?分かった、忙しいは撤回する。坊主はここで何を探しているんだ?」

「おーい!盗人がいるぞー!」

 坊主が廊下に向かって声を叫び始めたので、慌てて坊主の口を塞ぐ。

「こら叫ぶな!頼むから変な騒ぎにしないでくれ。俺は視察しに来たの!朝顔を見に。」

「はあ?師匠の卒業生を見に来たのに何で今音楽室にいるんですか。」

「何だ師匠って?しかも何で泥棒じゃなくて盗人なんだ?さっきから呼び名がおかしいぞ。」

「ユーに言われる筋合いはない。」

「くそガキか!分かった。もう何も言わん。ただひとつ頼みがある。この戸を一緒閉めてほしい。」

 坊主が引き戸を見てにやにやしている。おちょっくているのか?

「これ以上は閉まらないですよ。」

「は?」

「半分しか閉まらないんです。建物古いから。」

「そうなのか?」

「そうです。」

 そういえば、牧田から音楽室を案内された時も開けっ放しにしてあったことを忘れていた。あれは閉まらなかったからか。

「俺は牧田校長からここを借りているんだ。」

「そうでしたか…じゃあ、あなたを見逃します。」

 校長の威厳いげんすごいな!牧田の名前を出すとこうもあっさり引き下がってくれるのか…

「ところで坊主。校舎が無くなると寂しいだろ?」

「いいえ大事なのは、『どこで学ぶかではなく、誰と何を学ぶか』ですから。」

「…急に大人っぽいことを言う。」

 坊主のドヤ顔が鼻に付く。

「師匠が僕に教えてくれました。」

「分かった。感謝する。もう行ってくれ。」

 坊主は音楽室に置いていたハーモニカを取って去っていった。

 最近の子は割り切りが早いのか…自分が通った学校がなくなるなんて、自分の歴史が消されてしまうような気にならないものなのか?

 

 

 ピアノの鍵盤の蓋の上で内勤業務に打ち込んでいた時だった。携帯が鳴り、ビクッっと反応する。表示は飯島だった。

「村揚だ。」

「おい、早く来てくれ。卒業式がさっき終わったけど、何か始まりそうだぞ。」

「何かって何だ?どういうことが始まりそうなのだ?」

「まあ、来たら分かる。体育室な。」

 ぶちっと電話が切れる。本当飯島の電話マナーが成っていないと呟いていた矢先、渡からもメールが届いた。

『卒業式終了。今から重大発表があるとのこと』

 重大発表だと??



 体育室後方の空いている扉から入った。

 パイプ椅子に座った聴講者が300人程座っていて超満員だ。明らかに朝より人が増えている。体育室の端には多くの報道関係者もカメラを構えている。

 会場の舞台中央には大きなスクリーンが設置されてあり、短パンで半そでの白シャツに蝶ネクタイをした朝顔が舞台左側に立っていた。スクリーンには『校舎の将来を考える発表会』とプロジェクターから映し出されている。

 発表会?これが重大発表なのか?

「それでは、大豆小学校の未来について緑御池市教育委員会との検討会を前に発表をさせていただきます。大豆小学校を先程無事に卒業できました朝顔です。どうぞよろしくお願いします。」

 朝顔がハンドマイク片手にゆっくりと丁寧に話を始め出した。

「先ほどは私を含めた6年生の卒業式にお立合いいただき有難うございました。晴れて私は労働の権利が復活しました!」

 会場からドッと笑いが漏れ朝顔がお礼をすると拍手が起きる。

「大豆小学校の学校行事は先程の卒業式を持ってこれで最後となりました。これで学校としての機能を失います。すなわち廃校です。そしてこれから校舎の運用方法を緑御池市の教育委員会と話し合いを行います。」

 運用方法の話合いだと?校舎を取り壊すの一択だ。

「その前に、職員や在校生そして島民の皆様の意見を参考に島のシンボルであるこの学び舎を地域資源として何か活用できないか話あった事をまとめましたので今からプレゼンさせていただきたいと思います。」

 朝顔がレーザーポインターを使って、自分でスクリーンを進めている。聴講者は興味深く聞き入っている。

 聴講者はこのプレゼンがあることをあらかじめ知っていたのか?

「まず私は『NPO法人朝顔』を立ち上げます。法人格を取得して法律行為の主体となれるよう組織を立ち上げたいと思います。そうすることによって、この土地と校舎を所有する緑御池市と所有権の譲渡について交渉ができるからです。その後の運営につきましてはこのような計画を企画しています。」

 ■宿泊施設…教室を宿泊施設に改装し、部活・サークル等の団体向けの合宿所として長期の貸し出しを行う。過去に給食を作っていた給食室を調理室として貸し出しできるよう修繕する

 ■島婚・学校婚…島という独特なロケーションを活かして島全体を結婚式会場として運営する。また、本校舎も結婚式会場として活用する

 ■野外演劇…島の星空の美しさを活かしたライトアップナイトシアターを実施。

 ■アウトドア教室…自称アウトドアの達人=朝顔によるアウトドアの遊び方を指南。また、スタディの森にあるボルタリング設備を使ったフリークライミング教室・アクティビティでの体力測定。夜は天体観測に今日の星空を生解説。

 ■島の福祉事業…大豆島だけではなく瀬戸内海を巡回した通所介護・居宅介護

 ■大豆島歴史館…石の島と呼ばれる大豆島。採掘業の栄枯盛衰えいこせいすいや現在行われている事業の紹介。また学校として100年以上の歴史を持った校舎を整備して有形文化財として登録申請する。

「廃校になると聞いてから、様々な地域の方と廃校の施設活用について情報交換を行ってきました。その中で、この校舎は島民のほとんどがOBという特殊な環境下だということ、そして島の中心部という優れた立地条件を満たしており、120年という歴史的な価値も鑑みると、とてつもなく大きな資源であることに気づかされました。」

 朝顔が情熱的且つ冷静にプレゼンをしている。発言しながら隅々まで目配りをしており、聴衆の心に響いているのが分かる。

 こいつ、意外にプレゼンスキルが高いな…厄介だ。

「大豆小学校はやむ得ない事情で廃校になりますが、校舎を活用した新たなビジネスをNPO法人で展開すればこの校舎を残す価値は十分あると思っています。」

 聴衆が固唾を飲んで朝顔の発表を見守っている。その群れの真ん中辺りに泥だらけの渡とその横に足を組んで座っている飯島を確認した。

「私だけではなくOBの皆様及び島の関係者の方々、島を巻き込んで事業を行うことによりまして、島民と島外の方々と世代を越えた交流が実現でき、島が活気付くと考えています。更には瀬戸内や中四国に留まらず国内・世界にもこの島の魅力を発信できると考えています。それなのに、みすみす島のシンボルを壊されてもいいのですか!?」

 聴衆が首を横に振る。朝顔の想いがシンクロしているのだろうか。

「私にとってはこの校舎が故郷そのものです。校舎を守りたい、最初はその気持ちだけでしたが、この校舎には島の未来を明るく導く可能性を秘めているのです!」

「よー!」「おお!」「朝顔いいぞ!」と聴衆から声が上がっている。

「すいません熱くなりました…とりあえずこのような事業計画を行っていることをまず皆さんに直接お伝えしたかったので良かったです。今日は朝から来ていただいた方やこの時間の為だけに来ていただいた方もいると聞いています。お忙しい中お集まりいただき有難うございました。それでは、これから行われる、教育委員会との検討委員会に臨んできます!」

 会場から再び拍手がまき起こった。

 なんだこの高揚した空気感は。あいつ全部意図的にやっているのか?朝顔の卒業式は瀬戸内圏で注目されていた。このタイミングで校舎の経営発表を行うことで最大限マスコミを利用できる。それを計算して、プレゼンを仕掛けていたとすれば相当な策士だ。このまま教育委員会が強引な舵取りで校舎を取り潰せば世論に突き放されてしまい、校舎を壊す計画が先伸び…いや頓挫も有り得る。この空気を変えなければ莫大なインセンティブも取り逃してしまうかもしれない。

くそっ、朝顔の奴め。やってくれる。無性に腹が立つ。怒りで全身の震えが止まらない。

 こんな茶番劇…今すぐぶち壊してやる。

 

「会場から質問あれば受け付けさせていただきたいのですが?」

 そんなこと言われずとも、俺はお前に用がある。体育室後方右端にあった質問用のスタンドマイクに既にスタンバイしていた。

「朝顔さん…好き勝手喋ってますが、さっきの発表はどういうことなんですか!?」

 会場に張り詰めた空気が広がる。

「あれ?もしかして教育委員会の方ですか?」

「そうだ。緑御池市教育委員会の村揚だ。卒業式が終わったら、検討委員会を直ちに始める話はどうなったんだ?ずいぶん待ち侘びたのだが、これは約束を反故ほごしている行為と捉えてもいいんだな?」

 対角線上に舞台左に立つ朝顔と対峙する。パイプ椅子に座っている聴衆が俺を見ながらざわついている。

「す、すいません。ルール違反のつもりはなかったのですが、せっかく島に集まってくれた方々も廃校後の将来が気になっている方も多いと思い、こういった機会を開かせていただきました。」

「機会?なるほど。そうですか。じゃあ、私も一つ提案をいいですか?」

「はっ、はい。なんでしょうか?」

「今から、ここで公開討論をしましょう!そうすれば議論が透明化され、校舎の行く末を皆さんにより理解いただけることができる。さあ、どうでしょうか、今日ここにお集まりのみなさん!」

 語尾を強め、聴衆を煽った。聴衆から拍手が沸く。

 簡単なもんだ。烏合うごうしゅうを動かすのは。その拍手、後悔させるからな。

「朝顔さん、まず1つ言いたいことがある!緑御池市はあなたが立ち上げるNPO法人にこの旧大豆小学校校舎を譲渡するつもりはさらさらない!」

「教育委員会ふざけるな!」「帰れ!」聴衆から野次が飛ぶ交う。

「村揚さん。緑御池市の方々と校舎を残すかどうか議論をするのはこれからです。今までの議論はあくまで前交渉で方向性を固めただけで結論には至っていません。」

「朝顔さん。私から言わせてもらえば、あなたは今日まで大豆小学校の一生徒であり、大豆小学校廃校議論の部外者だ!廃校の活用方法にあたって、島民代表、有識者、職員、そして我々教育委員会という必要な人材・最適なタイミングでディスカッションを重ねてきたのだ。そのプロセスをご存知ないのか?」

「しかし、そのプロセスに問題があります。教育委員会主導で校舎を取り壊す事を前提に議論を進められていたと僕は知りました。このままでは島民の想いを踏みにじるだけの結論となってしまいます。」

「ほう、失礼な事を言いますね…誤解を招く言い方は辞めてくれませんか?教育委員会の主張は『岡山県で起こった災害復興を最優先させる為に校舎を維持する予算がとれない』ただこれだけだ。だから校舎を取り壊す。あなたは人命と校舎をはかりにかけるつもりなのか?」

「緑御池市が災害で予算を回せないことは理解しています。だから自主財源を元に校舎の将来を見据えた事業計画を先程発表させていただいたのです。自主財源であれば緑御池市からの補助金を充てにせず校舎の運営を行うことが可能です!」

 一つ間を置いた。あまりにも可笑しな事を言い出したので、笑いが込みあげそうだったから。

「何が可能ですか。どこにその湧き出る財源があるというのか?」

「校舎の運営が軌道にのれば自主財源で補えますし。それまでは民間企業からの支援を依頼しています。」

「民間企業からの支援とはスポンサーから資金を募るということですか?」

「はい、その通りです。」

「今のところどれだけスポンサーは集まったのですか?」

「いえ、それは、僕にはまだ労働の権利がなかったので表立った交渉はできていません。ただ有志に交渉してもらい支援をいただける話はそこそこ集まってきています。」

「そこそこ?いくら資金を集まったのですか?」

「それは…まだ400万程です。」

「ははっ!笑わせる!圧倒的に少ないじゃないか!よくそれで自主財源の運営が可能だと言いはったな!」

 聴衆の顔色から朝顔への不安感が伝わってくる。

「今日まで学業もありましたので、卒業後は更に呼びかけていきます…」

「朝顔さんは、現在そもそもこの島に観光客が月に延べどれだけ人が来ているか把握しているのですか?」

「え?月ですか?大体200人くらいでしょうか…」

「ではその200人くらいの人が、朝顔さんの事業でどれだけ増える見込みになるのですか?」

「そうですね…十倍の2000人くらいでしょうか…」

「ふーん…随分多く見積もっているのですね。コンサルのプロから言わせてもらうとせいぜい今の計画なら良くて倍の400人位ですよ。」

「ちょっと待ってください!2000人というのは希望的観測ではなくて努力目標です。」

「根拠は?」

「い、いえっ、根拠はやってみないと分からないことも多くて…」

「朝顔さん。俺が突っ込みたいのはまさにそれ!あなたの計画は結局立ち上げてみないと分からないことだらけだ。あなたが言っていることは現実味がない夢物語なんだ!」

「…」

 矢継やつぎ早に朝顔に深堀した質問を食らわす。自信に溢れていた朝顔の顔に焦りが見えてきた。俺の攻勢に聴衆の雰囲気が変わりつつあることを感じる。手応え有りだな。

「朝顔さん知っています?全国にある廃校運営のほとんどが地方自治体からの公的資金でまかなわれているんだ。高齢化・過疎化が進むこの島の自主財源で運営を続けられるって本気で思っているのか?」

「いえ、それは、今から検討を重ねて…」

「それじゃ遅いな。もうこの件はけんみねなんだ。校舎を潰すか潰さないか。今日結論を出すプロセスを踏んできたことをあなたは聞いていないのか?あなた達の卒業式であなた達が口出す期間は終わり。それほど緑御池市の財政も切羽詰まってんだよ!復興より大事なものがあるとか考えてんのか!?」

「…」

「さっき朝顔さんは『島を巻き込んで行う事業』といいましたね?つまりはこの学校で行う事業は島と一心同体。それをあなたは聴講者の前で宣言したんだ。これだけ島民に期待をさせた事業がこければ、衰退が続いている島の経済が更に悪化してしまう。そしてあなたは最悪のリスクを想像できていない。」

「…最悪のリスクですか?」

「最悪のリスクとは大豆小学校と大豆島の共倒れだ。あなたは死にかけている島にかりそめ的な劇薬を投与して、島とともに散り果てる。島民を散々煽あおった挙句、歴史ある島を沈めてしまう。これがあなたの愚策ぐさくが引き起こすシナリオの結末だ!あなたに優しく温かく接してきた島民に恩をあだで返すことが酷い事だと想像もできないのか!?」

「ちょっと言い過ぎでしょ!」

 聞いたことがある女の声が体育室に響いた。今村だ。マイクを持っていないが、声がよく通る。前方ステージ下に仁王立ちして俺を睨み付けていた。

 俺はあの目が嫌いだ。

「言い過ぎだと?今村先生、俺は自分の学歴も管理できていない経営素人の33歳に島の命運を任せることがどれだけ危険かと、懇切こんせつ丁寧に教えてあげているんだ。」

「この構想は朝顔君だけで考えたものではない。島民と職員で考えた総意です!私達の想いが一つになれば必ず上手く事を運ぶわ!」

「経営の素人程『一枚岩』『必ず』という言葉を使いたがる。重要な事はチームワークやポシティブな気持ちではない。最重要なのは必ず勝つ為の『戦略』だ!」

 今村が手首を回しているのが見える。あれは渡のレポートによると怒りのサインらしい。もっと熱くなって、俺に対して悪態を吐けばいい。今ならメディアも利用できるからな。

「そういえば今村先生、今朝報告を受けましたが、あなた今年度をもって職員を退職されるようですね。」

 え―!?と子供の声が中心になって悲鳴に似た声があがった。この情報は今日緑御池市の教育委員会に今村本人から直接連絡があったと聞いたものだ。

「なんですか、大切な生徒には伝えてなかったのですか?いくら校舎が変わりバラバラになるといっても寂しい話ですね。」

「あなたには関係ない話でしょ!」

「何を言っているのですか?私は緑御池市の教育委員会から派遣されている人間ですよ。あなたは我々市が人事を握っているのですから、関係ない訳がないじゃないですか。しかもあなたの退職の話は3月末になっても市に報告をしていない、報告遅延行為ですよ。次の異動先も決まっていたみたいなのに、この始末どうしてくれるのですか?」

「まだ最近まで辞めると決めていませんでしたので、報告が遅くなったことは申し訳なく思っています。」

「何を口元でごにゃごにゃ言っているのですか?マイクがないので声を張ってもらわないと聞こえませんよ。それともう一ついいですか、今村先生…いや今村さん」

「…」

「あなた、最近1か月という長い期間を自主的に謹慎していましたよね?謹慎した理由は、確かあなたの後ろに立っている朝顔さんを海に巴投げしたって聞きましたが、なんで海に投げ飛ばしたのですか?」

「それは…」「それは僕がスミレ先生を怒らせてしまったからです!村揚さん今その話は校舎の協議と関係ない話でしょ!?」

 朝顔が溜まらずマイクで介入してくる。

「朝顔さん、どうしてスミレ先生はカッとなったのですかね?教育委員会の報告にも『朝顔が何らかの行為に対して今村先生が激情したから』ということしか分かっていません。」

「それはだから今関係ない話でしょ!」

「朝顔さん…あなた今村先生にセクハラしたでしょ?」

「ええええ??何を言ってるんですか!セクハラなんてするわけないでしょう!」

 俺と朝顔のやり取りに聴衆が明らかに嫌悪感を示している。

「5日前に発売された週刊誌の『週春』に詳細が掲載されていましたよ。『33歳の小学生とその担任教師の二人が神戸で元担任のお見舞いをした後、島に戻る船の管板の上でキレイな夜空を見ながら、隙を付いて今村先生のお尻を触って無理やり唇を近づけようとした』と。」

「んなことあるか!」「違います!」

 朝顔と今村が叫んで反論するも、聴衆のザワツキが止まらない。

「じゃあ、今村先生。もう一度聞きます。どうして朝顔さんを船から海に投げ落としたのですか?あなたの口から明確な回答がないのなら、優秀な教師のあなたが、善悪の分別が出来る33歳の小学生から執拗しつようなセクハラの被害にあったことが精神的なショックで教師を辞めざるえなかった…と解釈して朝顔さんを教育委員会から提訴します。さあ、はっきり答えなさい、今村先生!」

 聴衆がシーンとなる。全ての視線が今村に注がれている。

 これで詰んだ。チェックメイトだ。

 今村がセクハラを否定したら、校舎維持の旗振り役の朝顔を守ったという意味合いが強くなり、朝顔に対しての憎悪が聴衆に生まれる。朝顔が否定しても、今村が黙ったままであればセクハラがあった懐疑をこの場では完全に払拭することはできない。二人がダンマリすれば週春の掲載記事を事実として認めた事になる。

 お前らは俺の罠にかかったのだ。

 聴衆を利用できたのは、朝顔ではない。

 この俺様だ!!

「…」

「どうして黙っているのですか?お答え下さい!説明でき…」「…されたんです。」

 俺のマイク越しの声と今村のマイクなしの声が交わって聞き取れなかった。

「今村先生、何とおっしゃいました?もう一度大声で言ってください。」

「だから…プロポーズされたんです!」

 はあああああ??

 はあああああ??

 今…何て言った??

「私は朝顔さんからプロポーズされたんです!」

 うわーーーーーっと悲鳴にも似た歓声。聴衆から拍手喝采。パイプ椅子から立ち上がった人が手を上げ口を開け狂喜乱舞。腕組みして体育室の端にパイプ椅子に座っていた牧田は派手に転げ落ちていた。

 今村の発言に会場はパニックだ。混乱が俺の脳内にも起こっている。

「ええ、どうも。『瀬戸内ママカリ新聞』の記者です。では今村先生に質問なんですが、ということはプロポーズを断ったのに、執拗に迫ってくる朝顔さんをたまらず海に投げ落としたということだっだのでしょうか?」

 急に誰や!間隙を縫って記者が今村の元に駆けつけマイクを差し出している。他のメディアも一斉に今村のもとに駆け寄り囲み取材が始まった。

「え?え?どうもマイク有難うございます。それこの場で答えないといけないのですか?」

「スミレ先生答えて!」「続きを聞かせて!」「先生が見えなーい!」聴衆から異様な盛り上がりが伝わってくる。

「いえ、朝顔さんがしつこいとかそういう意味で海に投げ落としてまった訳ではなく、プロポーズを突然受けた恥ずかしさから、あまりに気が動転して投げてしまったのです。」

 マスコミと聴衆が今村に好奇の目を向けている。

「ということは、プロポーズの答えは?」

「その場では、生徒と先生の関係でしたので答えることができなかったので保留にしていました。」

「じゃあ、今日晴れて卒業された朝顔さんにはまだプロポーズをするチャンスあるということですか?」

「いやー…それは彼の誠意次第ではないでしょうか。」

「おおーー!」「朝顔ちゃん、チャンスやで!」「今や今や!」聴衆から謎の朝顔コールがはやし立てられている。牧田は腰に手を当てたまま、相変わらずすっ転がっている。

「朝顔さん、男ならここでもう一度プロポーズしてみたらどうですか!朝顔さん、ほら!」

 報道陣と観衆が朝顔に囃し立て続けている。「まじですか?本当ですか?この場でやるんですか?」と朝顔がマイクなしで呟いていた。しかし周囲の圧に背中を押され、朝顔がステージを降りてきて、スミレの前に立った。

 モーゼの十戒にある海割れのようにマスコミの集団が左右に散った。

「ごほんごほん…スミレ先生、いえ今村スミレさん。僕は大豆小学校に帰ってきて、ずっとあなたに冷たくされていましたが、それは島を想う気持ちがあなたと同じだと思っていた自分の勘違いが原因でした。僕は分かったのです。母校の教師にまでなられたスミレ先生の想いと僕の想いとでは積み重なった量に天と地の差があることを。でも、今は自信を持って言えることがあります。これから島を想う気持ちはあなたと同じであることを。僕は、この島とあなたのこれからを支えていきたい。僕も一緒にこの島を守らせてくれませんか?」

 あれだけ熱気を帯びていた体育室は、物音一つもない静寂が訪れた。俺ですらこの空気で茶々を入れるのは躊躇ためらいがある。

プロポーズから十秒くらいたっただろうか、今村が重い口を開いた。

「…いいえ、やっぱり今はごめんなさい。そもそもあんまりタイプじゃないんです。」

「うわーーー!!」「振られた!!」「タイプじゃないって!助けてあげて!」聴衆の阿鼻叫喚あびきょうかん

 このばか騒ぎ、度を越している。お前らいい加減しとけよ、俺は目の前で一体何を見せられているんだ。

「いい加減にしろや!校舎の公開協議をしよったんちゃうんかい!」

 聴衆に向けてマイクで一喝入れる。

 本題を思い出したか?騒ぎがようやく沈火しだす。

「あっ…そうでしたね。すいません。でも今プロポーズ失敗したばっかりなんで、少し待ってもらっていいっですか?深呼吸5回して3分瞑想めいそうしたら心が落ち着きますんで。」

「まだ、ふざけるのか!!」

「まあまあまあ、村揚君ちょっと私も参加させてほしいけどいいかな?」

 急にしゃがれた声がカットインしてきた。体育室中央部のスタンドマイクにしれっと飯島が立っていた。

「何だこらっ!邪魔するな!話が更にややこしくなるわ!」

「うわ、怖いねー。君、本当悪魔みたいな顔してるよ。」

「うるさい!もともとこんな顔なんじゃ!」

「皆さん、突然ごめんなさいね。私は村揚と同じ緑御池市に属する飯島といいます。ところで朝顔さん、プロポーズ残念だったねー。でも大丈夫。タイプじゃないと言われても君にはまだチャンスは巡ってくるから。」

「本当ですか??」

「ああ、こんなところで気落ちしているようじゃ、男の美学がすたれちゃうじゃん。もっと色々な経験をして、自分を磨きなさい。君はまだ若いから惚れ直させるチャンスは幾らでもあるんだから。」

「有難うございます!」

 聴衆から拍手が起こる。誰に対する?朝顔のガッツに対して?飯島の言葉に対して?

 飯島が強引に自分のペースに引き寄せているようにも思える。くそっ、人たらしが。

「朝顔さん、話を戻すんだが、校舎の存続について、経済観光課からの私の意見を聞いてもらっていいかな?」

「はい、宜しくお願いします。」

「まあ、残念だが、村揚と同じ緑御池市の人間だから言う訳ではないが、そのプラン、甘いかな。」

「甘い…ですか…」

「そう、村揚君の言う通り、戦略の議論が不十分だな。朝顔さんが立ち上げるNPO法人だけではなく大豆島も共倒れになってしまうという村揚君の指摘…あながち間違ってないかな。あなたはこの島も潰してしまいたいのか?」

「それは決して違います!僕は大豆島を活気ある島にしたいんです!僕を育ててもらった大豆島を僕達で守りたいんです!」

 今村も朝顔の横でうなずいている。

「よかろう。じゃあ、朝顔さんに2つ提案がある。」

「提案ですか?」

「ちょっと待てじじい!何であんたがこの件に首を突っ込む。本案件は教育委員会の管轄だ!」

「村揚君、気づいてなかったのか。」

「は?」

「私は先週まで緑御池市経済観光課課長だったじゃん。だけど兼任で岡山県全地域統括部長の任命も受けちゃったから本件にも関係することになったんだ。」

「何だそれ聞いてねえぞ!」

「そりゃ、君忙しそうで、市役所で話をする時間なかったから。」

「嘘付け!どうせ隠していたんだろ!」

「はっはっはっ!君鋭いじゃん。」

「図星かよ!」

「まあ、ラインから見ると僕は君の上司になったから。また後でゆっくり話そう。」

 何がゆっくり話そうだ。

 このタイミングの組織改変。怪しいだろ。教育委員会は俺達を見切ったのか?

「ああごめんなさいね、朝顔さん。身内同士のみっともない姿を見せてしまって。」

「ええ…ところで2つの提案というのは?」

「1つ目の提案は、NGO法人の自主財源だけではなく緑御池市経済観光課のバックアップも受けて公的資金を取り入れる。」

「じじい!」

 どうしてそうなる?予算の枠組みをひっくり返すのか?

「それは有難い話ですが…緑御池市からの復興費用に回す予算が最優先であって公的資金の申請は受け付けることができないという話だったので…逆に大丈夫なんですか?そんなことをして?」

「当然、校舎の運用ができていないようであれば交付金は即刻打ち切る。この校舎も取り潰す手続きに移す。そこは覚悟しておいてほしい。」

「じじい…いや飯島さん。あのね、被災地がどれだけ生活復興に向けた公的資金投入を待ちびているか分かっていることだろ?また仮住まいしている市民だって多いんだ。校舎維持のコストを復興費用に回すという話をあんたは忘れてしまったのか!?」

「村揚君。被災者からの切実な想いは十分受け止めている。これからも全力で取り組まなければならないことだ。僕が統括する立場になったのは、復興への支援をより潤滑えんかつにする為でもある。」

「じゃあ、言ってること矛盾しているじゃないか!」

「早期復興の観点は最も大事だ。だから私は統括部長就任早々に国から地方交付金を更に取り付けた。私は国家権力を持つ大臣や国会議員ともパイプが強いから、私が岡山で権力を持つことできれば、更に復興を先の段階に進めることができるだろう。」

 聴衆からまばらな拍手とどよめきが起こった。政治家の思考と行動を市民に向かって露骨ろこつに語りかけたから。飯島はただの公務員ではない。

「そして村揚君。もちろん地域活性化だって大事なことだ。どこだっていつだって経済を回さないと被災地に限らず誰も生活していけなくなる。もしかしたら岡山唯一の有人島の大豆島が岡山の光となり、被災地までも照らす可能性があるかもしれない。そしたら、校舎を何もせず潰してしまうの、もったいないじゃん。僕は朝顔さんの構想を聞いてそう思ったが君は朝顔君の構想をどう思ったと言ったかね?」

「何度も言わすな。素人の夢物語だ!」

「そうそうそうそう、まさにそう。絵に描いた餅ね。でも僕ね、その素人の朝顔さんが熱く語る夢物語にすっかり引き込まれちゃった。そういうの個人的に好きだから応援しちゃいたくなるのよ。だから明日からプロの君達が介入してアドバイスをしてやってくれ。」

「は?」

「2つ目の提案は、緑御池市が派遣するコンサルティングのプロに収支戦略を委託すること。」

「おいこら、じじい!何言ってんだ!何であんたに指図されなきゃならない!」

「ああ、さっきも言ったけど私は君の上司だから、君達の人事の決定権があるじゃん。だから君と渡君は私の指示で動いてもらう。」

「ふざけるな!俺たちは緑御池市と結んだ委託契約だ!本案件が終わったらこの契約は終わりだ!こんなバカげた話に付き合えるかっ!!」

 マイクスタンドを蹴飛ばし、俺は後方の扉から怒りのままグラウンドに出て行った。


 ありえん、ありえん、ありえん…話にならん。暗くなったグラウンドを怒りに任せ歩いた。

「おわっ!」

 石碑近くにあった深い穴に足が引っかかって転んだ。

「くそっ!暗くて地面が見えん!何てボコボコしたグラウンドなんだ!」

 ああ、さすがに疲れた。起き上がるのも面倒くさい。

 転んだついでに仰向けに大の字になり空を見た。

 北の空にひしゃく形の北斗七星。その延長を曲がり具合に沿って伸ばしていくと、オレンジに光る明るい星アークトゥルスが現れる。アークトゥルスは紛れもない1等星だ。星座ガイドの目印になる1等星は全部で21個あるが国内では15個確認できる。そのアークトゥルスから曲線を伸ばしていくと、また1等星が現れる。それが青白い星おとめ座のスピカだ。そこからさらに伸ばすと4つの星が台形に並んでいるカラス座が見つかる。スタートの北斗七星からカラス座までのカーブを春の大曲線と呼ばれている。

 今夜の空は抜けているな…そうだ、島は星が見やすい環境だった。俺としたことが、そんな当たり前のことを忘れていたとは。

「村揚さん!村揚さん!大丈夫ですか!?村揚さん!?村揚さん!?」

 うるさい。静かなグラウンドに甲高い女性の声がだんだんと大きく聞こえてくる。あと数秒したらこけるだろうな。

「村揚さん!キャー!」

 ほら見たか…人が転ぶとこんなにバタンと音が聞こえるか。

 …本当しょうがない奴だ。

 立ち上がり、月明かりでぼやけて見える穴を用心深く避けながら渡の近くまで行く。

「渡、お前まだ泥だらけになりたいのか。」

「誠に申し訳ございません!私、今日大豆島に朝から来てました。」

「知っている。」

「しかも、島民や学校関係者の方と一緒にこのグラウンドで穴を掘っていました。」

「それも知っている。」

「さらに、皆さんの温かさに触れて、この校舎を残したいと思いました!」

「…ああ、そうか。その前に土下座して謝っている方向、お前おかしいからな。」

「ええ!あっこれは…」

 目の前にある物に両手を伸ばし感触を確かめている。

「これは石碑でしたか…誠に申し訳ございません、さっき転んだら眼鏡がどっかいってしまって…」

「本当に馬鹿な奴だ…」

 渡の近くに転がっていた黒縁眼鏡を差し出す。

「あっ、すいません後ろに居たのですね。」

「お前…眼鏡ないと何にも見えないんだな。」

 渡が眼鏡をかけ、正座したまま後ろに方向転換する。

「だから飯島さんの提案、すごく嬉しく思いました!」

「…そうか。じゃあ、お前はじじいの手伝いをするといい。俺はやらない。」

「村揚さんと一緒にやりたいんです!村揚さんが今までつちかってきたコンサルのノウハウを最大限発揮できるチャンスがきたんです!私は村揚さんが窮地きゅうちに落ち入っている島と校舎を救うプロセスを近くで学ばせてほしいのです!だから飯島さんの提案を受けましょう!どうかよろしくお願いします!」

「…渡、お前は知っているだろ?最初の契約で交わした内容を完遂することが俺の信念なんだ。だから、俺は飯島が上司になったとしても俺はぶれることはない。俺は契約通り、この校舎を何としても潰してインセンティブを勝ち取る。」

「…それが漏れているんです。情報が外部に漏れていたんです。」

「何が漏れているって言っているんだ?」

「今日、元岡山桃太郎新聞社の政治部の方に情報が入っていました。我々Mプロジェクトが緑御池市との契約内容に『指定の校舎の解体数』がインセンティブ事項としてあがっていることを突き詰められました。なので、今後我々への風当たりが強くなることが考えられます。」

「ほう…」

「インセンティブを付けられた仕事を遂行することがクライアントの為だとはいえ、このまま大豆島の校舎を取り潰してしまえばMプロジェクトの評判が悪化する一方です。そうなるとオファーだって少なくなることは必至です!村揚さんのポリシーを貫く意味は今回に限っては間違いなくマイナス要素です!どうかご一考ください!よろしくお願いします!」

「渡…お前の言いたいことはわかった。でも今日は疲れたからもう帰る。渡は飯島の元に戻れ。」

「村揚さんらしくないじゃないですか!いつものワーキャー言っている村揚さんは何処にいったんですか!村揚さんはピンチをチャンスにしてきて仕事をモノにしてきたじゃないですか!」

「いや…もう分かった、今日はお腹いっぱいだから帰らせてくれ…」

「私は村揚さんの背中をずっと見て育ってきました。同期の鈴木は村揚さんのやり方が気に食わず、付いていくことができず辞めていきました。でも私は辞めませんでした!同期の山道は村揚さんが食事をする時に口を開けたままクチャクチャ食べるのが嫌で辞めていきました!また後輩だった佐藤は村揚さんの笑い声が裏返りすぎることが生理的に合わずに辞めていきました!さらに同期の…」

「もういいよ!分かったよ!今さらっと陰口言ってただろ!傷つくわ!」

「…でも、私は辞めませんでした。私はまだ村揚さんから学んでないことがいっぱいあります。だからこの校舎をよみがえらせてください。お願いします!」

 渡が立ち上がって必死に俺に訴えかけている。

「…お前、いいのか?俺が妥協した姿を見せても。」

「妥協ではありません、柔軟な対応です。」

「はあ…飯島といい、お前といい、そんなにこの校舎守りたいのか?」

「私は、村揚さんが学校という場所をどれだけ愛しているか知っています。村揚さんは大学時代に学び舎について私に語ってくれました。」

「全く覚えてないぞ。何と俺は言ったんだ。」

「『教室にいる人間は同じ校舎にいるのに同じ考えじゃないし同じ志でもない。でも同じ時を共有して同じ事を学ぶ。俺は一人で生きたいから集団生活は嫌いだが、一緒にいる奴が俺を高めることが出来るならとことん学校を利用してやる。』と。」

 渡が興奮して身振り手振りを付けて俺の真似をしている。口ぶりが俺に似ているのが鼻に付く。

「…どこに愛を感じるんだ、そのセリフ。」

「そこから同志を集い、地方活性化Mプロジェクトを立ち上げ、村おこしや商店街活性化を行い長期的に地域に利益が還元できるシステムを築き上げてきました。事業が拡大する中で村揚さんは校舎再建のビジネスに目を付けました。」

「そりゃビジネスチャンスを見出せると思ったからだ。さっき朝顔も言ってだろ?昔から建っている校舎ほど地位圏の一等地にあることが多いんだ。学校というノスタルジックなブランドイメージを活かせれば、現存建築物の運用方法は地域を巻き込んだビジネスを展開できるもしれないからな。」

「それです!そのノスタルジーの感覚です。それこそ村揚さんが学校をいつくしむ愛だと感じています。」

「…は?そうなのか?あんまりシックリこないが。」

 学校という場所は確かに嫌いではない。嫌な思いをした事が多いと思っているが、自分の人間形成に強く関わっていることは間違いない。

 だからなのか?全く関わったことがない校舎を見ても惹かれる想いを感じてしまうのは。この想いは学校を離れてから年々強まってきている。これは誰でも感じることなのだろうか??

 ピンポンパンポーン♪

『ただ今よりジャパンSSSコンテストで優勝経験がある朝顔さんから今夜の星のご紹介を行います。皆様グラウンドへご移動ください。』

「渡!?」

「まだイベントがあったのですね!みなさん帰る船の時間は大丈夫なんでしょうか?」

「違う!今SSS優勝経験って言ってなかったか!?」

「はい。SSS何とかって言ってましたが、何ですかそれは?」

「5年に1回開催されるショート・スピーチ・スターコンテストの略だ!お前知らないのか?3分という短い時間で星についてどれだけ熱く美しく語れるか競い合う、天文学を極めたい学者の卵が集まるような、日本最大級の天文イベントだ!」

「はあ…」

「朝顔の野郎、優勝してたのか!?そんなバカな!絶対虚偽だ!あいつが幻のオラボニッチ製の天体望遠鏡『ギャラクシーゲットオーバーS』を手に入れたというのか…」

「その望遠鏡はすごいのですか?」

「すごいというレベルの物ではない。固定式の天体望遠鏡を除くと現在でも解像度が世界一と言われていて、100億光年先の星まで見えると言われているんだ!あまりにも精度が高い望遠鏡だった為、宇宙研究の成果をいち早く発表したいと目論む国々が国家レベルで購入することになって民間には回ってこなくなった超スーパーレアな望遠鏡だ!」

「はあ…そんなに凄いものなんですね。」

「俺は手に入れれなかった…くそっ!」

「まさか、村揚さんもそのコンテストに出場したのですか?」

「俺は僅差で準優勝だったんだ。」

「それってもしかして…」

「いや、そんなことはありえん、まさかな。いやあり得ない。変な想起をするのは止めてくれ。」

 思わず見上げ、輝く星空に目を向ける。

「村揚さん、何年前の話ですか?準優勝というのは。」

「16年前の話だ。」

「村揚さん今確か33歳でしたよね。じゃあ17歳の時ですか?」

「あの時は本気で天文で飯を食っていきたいと思っていたからな。今も叶うなら天文関係で仕事をやってみたいんだよ。」

「じゃあ今からでも出来るじゃないですか!朝顔さん、この校舎で天体観測しながら今日の出ている星の生解説をするって言ってましたから。」

 体育室からぞろぞろ人が出始めてきた。

 俺もあいつの星の解説を聞いてみたい。こんな小さな島でSSS優勝経験者の語り部を聞けるなんて。まさか、今日ギャラクシーゲットオーバーSを持ってきているのか!?俺は今まであらゆる名誉も金も欲する物も全て自分の物にしてきた。しかし、唯一手に入れなかったのがそれなんだ。

 幻の天体望遠鏡、ああ、この手で触ってみたい…そして、気のゆくまま星を覗いてみたい…

「村揚さん?ボーっとしてますが大丈夫ですか?」

「…渡、お前の顔に免じて戻ってやってもいいぞ。」

「えええ!?急に心変わりしたんですか!?リアル赤鬼の村揚さんがそんなこと言うなんて…」

「誰がリアル赤鬼だ!?それもどうせ陰口だろ!?」

「有難うございます!!嬉しいです!!本当に嬉しいです!早速行きましょう!」

 渡は今まで見たことないようなはしゃぎようで人の群れに飯島を探しにいった。 

 

 さっさと本土に戻り早急に立ち直すつもりだったが、結局引き返すことになってしまった。まさかこんな展開になるとは…

 朝顔、今からお前を試す。お前がしょーもない星の解説をさらそうものなら、俺はこの校舎を必ずぶっ潰すからな。


 覚悟しておけ。

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