第8話 タイムスリップのお仕事(中)

 ポツリと放置されている鉢植え、落書きのある外壁に明かりの弱い電飾看板。


 異様に長い小道を抜けた先に目的地はあった。


 目の前に佇むのは巨大な洋館。現代的な家屋の中、古ぼけた様相のそれが誰にも気づかれることなく存在していた。


 ここは『一念館』。


 別の時代から飛ばされてしまった者を保護する施設、彼の職場だ。





「おかえりなさいサナさん」


「もしかして、お客さんですか?」


 重々しい扉を開くと中からゾロゾロと人が集まってきた。


 気品のある青年の気弱そうな少女。奥の部屋からは老年の男性と恰幅の良い女性が顔を覗かせている。


 年齢、性別、人種はバラバラだが、そんな彼らをお揃いの制服がまとめていた。


「彼女達は?」


「この子達は使用人さん。職員ではないんだけど、ここで働いているんだ」


 ぺこりと会釈する使用人達。久しぶりの来客なのだろうか、みんなが仕事の手を止めて玄関へと集まってくる。そんな彼らの隙間からひょこりと顔を覗かせた幼い双子がナナミに声をかけた。


「お姉さんは職員の人?」


「そうだよ〜。2人はどこから来たの?」


「サナさんに拾ってもらったんだよ!」


「元の時代に戻っても行くところないもんね」


「「ねー」」


「ストップストップ!」


 恩人なんだと朗らかに話す少女達の口を塞いだサナ。焦りの見える彼にフタバは訝しげな目を向けた。


 行動だけではない。という単語が引っかかった様だ。


「サナ...あなたもしかして......」


「さぁーさぁー!外は寒いから早く暖かい室内に行こう!」


 入って入ってと急かされ、上着と荷物は使用人達が持っていき、あれよあれよという間に辿り着いたのは応接室。


 暖かな光を放つシャンデリアに時代を感じる家具の数々。巨大な洋館に見合った美しい空間が広がっていた。


 机の上にはクッキーが用意されており、柔らかく質の良いソファーの横では、使用人が紅茶を用意している。


 話が始まったのは淡く湯気の立つそれを嗜んで少しのことだった。


「結局ここってタイムスリップした人を集める施設でいいんですよね?」


「そうだね。そういう人の為の保護施設だよ」


 一時的なものだけどねと付け足すサナは洋館の部屋割りをナナミ達に見せた。


「ここが今いる客間。タイムスリップは年代がバラバラだから時代ごとに部屋分けをしているんだ」


 そう言って指されたのは『安土桃山』と書かれた部屋。両隣が戦闘員待機室なことからあったと察せられる部屋割りだった。


「さっきも侍拾ってきたんだけどね。彼ら血の気が多いから。何かの拍子で殺し合いが始まるかもしれないって毎回ヒヤヒヤするんだよ」


「殺し合いって......そんな年代重なるレベルでタイムスリップ頻発してるんですか?」


「この辺は特にね。最近になって増え始めたっていうのもあるけど」


 近年増えているタイムスリップは要因が様々なせいで根絶が難しいのだと話すサナ。先月は集団タイムスリップが発生したせいで部屋が大変なことになったらしい。


「年代のすり合わせに記憶操作、窓口とのやりとり。1人送るのにもだいぶ時間が必要だものね」


「じゃあ洋館がパンパンになっちゃったらどうするんですか? ここ以外ってあんまり聞かないですけど......」


「一応タイムスリップ経験者が集まって結成された組織があるんだ。拾えなかった分はあっちがやってくれてる」


「民間組織あるんですね〜」



 ガチャリ



「あ! お姉さん達いた!」


「ようやく見つけた!」


 たったったと部屋に入ってきたのは先ほどの双子。随分走り回ったらしい彼女達の頬がほのかに赤くなっている。


「こらこら。今はお仕事中だって言ったでしょ」


「「サナさんもいた!」」


「僕はおまけか」


 肩を落とす洋館の主人を横目にナナミとフタバに走り寄る2人は満面の笑みを浮かべている。


「お話を聞かせて欲しいの」


「お外のこと聞いてみたいの」


 袖口を引っ張る双子は不思議とナナミ、フタバに対して好意的であった。


「2人がここまで積極なの初めてみた気がするよ。子供に好かれやすい感じかな?」


「どちらかっていうと先輩は怖がられる方ですよね」


「五月蝿いわよ」


 不機嫌そうに顔を顰めるフタバ。子供の扱いが苦手だという自覚があるようだ。


 彼女はナナミを指差して言った。


「そこのお姉さんが遊んでくれるそうよ」


「え゛、私ですか?」


 こくりと頷いたフタバは双子に数枚ほどクッキーを渡し、向こうの部屋で遊んでくるよう話した。


「やったぁ! 行こう行こう!」


「鬼ごっことかくれんぼと...あとは何をしよっか?」


「うーん。私まだサナ先輩の話全部聞いてない...」


 ナナミはまだ話し足りないのか乗り気ではないが、思いの外力の強い双子によって少しづつ奥の部屋へと進まされて行く。


「......待って待って、行くから引っ張らないで〜」


 ゆっくり引きずられて行くナナミ。フタバは小さく手を振って彼女を見送った。





 ナナミは連れ去られ、使用人は部屋の外へと出ていった。室内にはフタバとサナの2人だけ。


「それで...あの子達はどういうことなの?」


 静けさを取り戻した部屋でフタバは話し出した。


 彼女がチラリと目をやるのはナナミの入っていった奥の部屋。双子だけではない。彼女はこの洋館の使用人全員に疑いを向けていた。


 そもそも職員でもない人間がここで働いていることがおかしいのだ。現地の人間に見えない状態では人を雇えず、かと言って迷い込んできたとしても返してやるのが決まりであった。


(規約違反をしているのは確実ね)


 フタバが奥の部屋から視線を戻し、サナに目を向ける。決まりを破っているのであれば厳しい処罰を受けることとなる。


 同僚がそのような事になるのを避けるため、フタバはサナの真意を知る必要があった。


 探る様に見つめてくるフタバに観念したのか、サナは口を開いた。


「お察しの通り、彼らはタイムスリップ経験者だ。ここで働かせている」


「それは元の時代に戻さないといけない決まりがあるのを知ってのことかしら?」


 フタバの目がキッと吊り上がった。


 歴史とは些細な原因で歪んでしまうもの。


 あれだけの人数をこの時代に置いているということは既に異常が生じていてもおかしくない。それをわかっているのかとフタバが詰め寄る。


「わかってるよ。でも...彼らは元の時代に帰れば確実に死ぬ」


 サナはふと目を伏せた。彼はきっと見てきたのだろう。元の時代に返した結果、悲惨な運命を辿ることになってしまった子供達を。


「どうせ死んでしまう命なら、ここで一生を過ごしたって別に良いじゃないか」


 顔をあげたサナは笑みを浮かべている。ぎこちない笑みだった。


「1人の滞在を許せば保護すべき人間は100にも1000にも膨れ上がるわ」


「...わかってる」


「それに、死んでしまう命であっても歴史の一部よ」


「そう...だね。でも、現状タイムスリップによって大きな歴史の変化は起こっていない」


「それは元の時代に返しているからでしょう」


「全員が帰れているわけじゃない。重要度が高くなければ後回しだ」


「重要度が低くても最終的には返せているわ」


「民間組織を使うぐらい人手不足なのに?」


「......」


 暖かな応接室に冷たい沈黙が流れる。サナはどうやっても引くつもりはないらしい。


「そこまで心配しなくても、大丈夫だよフタバちゃん」


「......」


 嗜めるように話すサナは相変わらず笑みを浮かべたまま。2人の間に置かれた紅茶はすっかり緩くなってしまっている。


「この時代に置いておくことで異常が発生したらどうするつもりなの?」


 もし、異常が大事であれば責任はサナへ向かうだろう。


 もしそれのせいで歴史が変わったら? 


 もしそれのせいで人類が滅んだら? 


 責任者には計り知れない処罰が下されるだろう。そんなことを想像し、たらりと冷や汗をかくフタバはジッとサナの返答を待った。



「その時は僕が責任を取って消えるよ」



 真っ直ぐ、フタバと目を合わせてただ真っ直ぐに言ってのけたサナに迷いはなかった。


(これは梃子でも動かないわね)


 説得は無理だと落胆するとともに、なぜか安堵を感じたフタバはクスッと笑う。彼女はトーンの上がった明るい声で言った。


「あーあ、あなた達の失敗でこっちの仕事が増えたら殴り込みに行くかもしれないわ」


「そこは大丈夫!」


 食い気味に返された返事には確信が込められていた。


「彼らみんな優秀なんだ!仕事もきちんとこなしてるし、保護した人たちの対応も任せられるようになってきて......」


 サナの目元が緩む。


 フタバにはサナと使用人達の間にどのような物語があったのかなどわからなかった。しかし、彼が使用人達に向ける目が彼らが大切なのだと物語っていた。


 子を想う親の様に優しい表情に毒気を抜かれてしまったフタバは再びソファーに体を預け、大きく息を吐いた。


「まあ良いわ。ナナミ、私達は何も聞かなかった。そうよね?」


 振り向いた先にはげっそりした表情のナナミが双子に連れられていた。心なしか洋服もよれている様だ。


「はい...聞いてないし、まず話に入れてないです...」


 枯葉のようになってしまった彼女の髪には三つ編みに可愛らしいリボンが付けられている。先ほどまで着せ替え人形だったようだ。


「遊んでもらってたんだね。ナナミちゃん大丈夫?」


「子供の体力×2...スゴイ...」


 ぼすんとソファーに傾れ込んだナナミはしょぼくれ顔でクッキーを齧り始めた。そんな彼女とは反対に、双子はまだまだ元気が有り余っている様子だ。


「お疲れ様。2人は楽しかったかい?」


「「とっても楽しかった!」」









「2人はさ、『時空のねじれ』見たことある?」


 ひと段落落ち着いた一向は新しく入れてもらった紅茶を嗜みながら本題に入った。


「まあ、この仕事やってたら嫌でも見るわよね」


「あれのせいで仕事だらけですよ! 一つでも大変なのに次から次に!」


 話題は職員の悩みの種。『ねじれ』だった。


 普段から溜まっていた怒りを露わにする2人の横から地図が差し出される。


 行きに通ってきた公園の地図。若干汚れたそれには赤ペンでいくつもの丸が描かれていた。


「......24個」


「『ねじれ』があの公園内だけで24個も発生しているんだ」




「......ドッキリだったりするかしら」


「そうだったらどれだけ良かったか......」


 思わず肩を落とす2人。ナナミは先ほど双子が最近はここにくる人が多いことや珍しいお客さんが増えたと話していたことを思い出した。


「双子ちゃんから少し聞いたんですけど、『ねじれ』はどこに繋がってるやつですか?」


「繋がっているのは、周辺の科学世界いくつかと、1番近い魔法世界」


「魔獣とかも出てきちゃって、しっちゃかめっちゃかだよ」


 怪我人も出て大騒ぎだと話すサナ。彼の手には無数の切り傷や噛み跡がついている。


 傷跡が痛そうだなんだと話していたその時。



 屋敷が揺れた。



 ドンドンと不規則に発せられる振動は凄まじく、壁が砕かれるような衝撃が体に押し寄せる。


 続いて廊下の方からパリンという陶器の割れる音と獣の唸り声が聞こえた。


 使用人達が叫んでいる。


「戦える人集めて! 早く!」


「大丈夫、怖くなーい。怖くないよ......やっぱ無理かも!」


「わー!暴れないで暴れないで! 助けてサナさん!」


 まさに阿鼻叫喚。一気に緊張感の増した館内に焦りを覚えたサナはポケットから豪華な作りの鍵を取り出し、ナナミ達に差し出した


「いきなりごめんね2人とも。この階の1番奥が大部屋だからそこで待っててほしい」


 そう言うとサナは走り去ってしまった。


 顔を見合わせ大部屋へ行こうとするナナミとフタバだったが、サナと入れ替わるように駆け込んできた女性に遮られてしまった。


「公園内に新たな『ねじれ』が発生しました!」


「サナ先輩行っちゃったんですけど...」


「仕方ないわね。代わりに私たちで行くわよ、案内して頂戴」




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