第7話 タイムスリップのお仕事(上)
「これは何事だ!」
1人の侍が交差点にぽつり。
抜き身の刀を手にしたまま辺りを見回し、叫び声をあげている。
「儂に何をした!」
大声で騒ぐ侍の周りは関わりたくないと目を逸らす者や遠巻きに観察する者まで様々。
人々は混乱している様子の彼にスマホを向け、他人事だと傍観している。
ザワザワ
「えっ、刀持ってんじゃん」
「着物だ。ドラマの撮影か?」
ザワザワ
「バカ、刃物なんだから警察呼べよ!」
「カメラどこ! カメラ!」
向けられるスマホが一台、また一台と増える。その人だかりを見てまた人が増え、少しづつ事が大きくなっていく。
ザワザワ
「やば! あたし行ってこよっかな」
「えー、撮影中は流石に不味くない?」
「こんだけ続けてんのにカメラ出てこないんだよ? ドッキリだって」
ふらりと近寄っていく彼女を止める者は誰もいなかった。
こうして1人の女性が侍の領域に踏み入れてしまった。気づいた侍がグッと身を屈め、柄に手をかける。
瞬間、一帯の空気がサァっと冷えた。
相対した彼女はわかってしまった。鋭い眼光から。侍の纏う異様な空気から。
———確実に殺そうとしている
威圧、死の予感、言いようの無い恐怖。
侍に対する恐怖が伝播していく。彼が何をするのかに気づいていく人々。ピシリと足が硬直し、動けなくなっていく。
刀が喉元に突きつけられる直前、女性の体が後ろに傾いた。
「はーい、お姉さん達ごめんね。今ようやく撮影終わったところで」
ポンと女性の肩を叩いたのはサングラスをかけた男。上質なスーツを身に纏い、後ろには屈強な黒服が数名控えている。
突然の乱入者に道を開ける人々。
張り詰めた空気をそのままに、彼はゆっくりと侍の方へと進んでいく。
黒服が侍の周りを取り囲み、女性が引き離される。自身の安全を確認した人々の視線がスーツの男へと集まった。
「突然すいませんねえ。皆さん良いリアクションをありがとうございました!」
侍が黒服に囲まれ、見えなくなった頃。
彼が取り出したのはドッキリ成功と書かれた看板。凍りついた空気が緩んでいく。
ザワザワ
「びびった〜、ドッキリかよ」
「ね! 言ったじゃん」
「こ...殺されるかと思った」
「演技力凄いな、どこの俳優だ?」
ザワザワ
そそくさと逃げる者、動画を撮り続ける者、事務所を聞く者など様々。
再び街の喧騒が戻ってきた。
スーツの男が群衆の対応をしている間に黒服が刀をいなし、侍の両脇を固め拘束する。
武器を取られ、身体の自由を奪われた侍は激しく抵抗した。
「何をする! 離さんかぁ!」
再び侍に視線が集まったが、スーツの男が何も無い様に言い放つ。
「あ〜、彼は憑依型の俳優でさ。ちょっと役に入りすぎて興奮してるだけだから」
黒服に事務所に戻る様指示する男。彼は飄々とした様子で群衆に手を振った。
「じゃあ、失礼しました〜」
いつの間にか気を失っていた侍がズルズルと引き摺られていく。街の一角を賑わせたお騒がせ集団はスーツの男を先頭に立ち去っていった。
———ふと、黒服が1人振り返った
黒服が交差点に向けて光の玉を放つと、世界が止まる。
ぐにゃり
数秒後何事もなかった様に街が動き始めた。
—————————————————————
ナナミ達が降り立ったのは都内の駅から少し歩いた所にある大きな公園。
小さな子供の遊び場として、近所のお年寄りの散歩道として、恋人達のデートスポットとして多くの人に愛されて来たこの場所には不思議な噂が流れている。
———真夜中に霊を見た
よくある心霊スポットかと言われればそうでは無い。噂が立ったのはここ数年のこと。
侍に切られかけたという人や軍服の男に話しかけられたという人も。幽霊達は気がつくと何も無かったかの様に消えてしまうのだそう。
平和な公園に似つかない噂である。
人通りの多い道を2人で歩いてゆく。途中、人とぶつかりそうになったナナミだが、するりと体をすり抜けてしまった。
「本当に見えないんですね。お化けの正体は職員だったりして」
「そんなことしている職員は即解雇でしょうね」
通行人はナナミに触れることはできず、ナナミも通行人に触れることができない。幽霊の様な体で顕現した2人はのどかな公園を進む。
「んー、確かこの辺なのよね」
地図を広げて確認するフタバ。
目の前には銅像が建っており、ここが目的地であるとわかる。
彼女達はこの辺で仕事をしている職員と待ち合わせをしていた。しかし、彼は一向に姿を表さない。
「約束忘れられてたりしません?」
「真面目ではあるからそれは無いと思うのだけれど......」
〜数分後〜
「待たせちゃったよね、ごめん! 疲れたでしょ」
「あっサナ先輩! お久しぶりです」
「ナナミちゃん。説明会以来だね」
現れたのは1人の男。スーツの胸ポケットには【管理番号A-037】の文字。
彼女達の待ち合わせ相手である。
「サナ、あなた......」
頭から爪先までをじっくりと見回すフタバ。
色付きの丸眼鏡から覗く細長い目。かっちりと着込んだ高そうなスーツ。ウェーブのかかった髪は長めに切り揃えられている。
「少し会わないうちに随分と......胡散臭くなったわね」
「ひどいよフタバちゃん!」
「入社時の清楚なあなたはどこに行ってしまったのよ......」
出会った当初の初々しい雰囲気はどこへやら。同期で1番真面目であった彼がいつの間にか胡散臭い糸目お兄さんになっていたことにショックを受けるフタバ。
着たくて着ている服じゃ無いとサナは弁明するが、効果は薄い様だ。
「サナ先輩! チャイナ服に興味ありませんか?」
「あーりーまーせーんー! それやったら胡散臭さが大変なことになるでしょ!」
「今でも十分胡散臭いわよ。目見えてるの?」
「細いだけで見えてるよ!」
久しぶりに会った同僚から胡散臭い胡散臭いと言われ凹むサナ。しかし、ふと何かを思い出し、バックの中を漁り始める。
「もうすぐその幽霊みたいな体になるやつも解けちゃうでしょ? その前にこれかけてもらおうと思って」
そう言って取り出したのはサングラス。認識阻害の魔法がかけられたそれが2人に手渡された。
「あら、そうだったわね。ありがとう」
「先輩見て見て! これハンターっぽくないですか?」
きゃっきゃと騒ぐ後輩を横目に眼鏡からサングラスに付け替えるサナ。
「どう? どっかの重役っぽくない?」
「カタギじゃ無い人ですね」
「ヤのつく自営業かしら」
ひどい言われ様である。
しかし、これは彼の仕事着。相手に威圧感を与える為のものなので多少の胡散臭さは致し方なかった。
弁明にと見せたプライベートの写真に対する反応も。
(何...ていうか...)
(やっぱりこれもなのね......)
この有り様である。
見た目の信頼値をどん底まで下げる服装がここまで似合うのは才能だろうと感嘆する2人に対し、普段着だけは大丈夫だと思っていたサナはズーンと落ち込んでしまった。
「...スキル【ファッションセンス】とか...あったらなぁ」
地面にのの字を書き始めた彼に言い過ぎたと慰めるフタバ。
思いの外落ち込んでしまったサナの意識を逸らすべく、ナナミが本題を切り出した。
「そういえば。だいぶ遅れてましたけど、何があったんですか?」
「...そう...だった。そうだった。いや...あのね」
何とか言葉を捻り出そうとするサナだが一向に出てこないため、説明を諦めてしまった。
「見てもらった方が早いと思う。とりあえず僕の仕事場に向かおう」
用事を思い出したサナは立ち上がり、2人を自身の仕事場へと案内し始めた。
いきなり歩き出した彼の後ろに続くフタバとナナミ。
ピコン
いきなり鳴った通知音に驚く一向。発生源はサナの端末だった。
端末を手に取り、メッセージを読みながら進んでいくが、読み進める度に彼の表情が不快と驚愕に歪んでいく。
終いには端末の電源を切り、バックに放り投げてしまった。
「ごめんね2人とも......ちょっとお仕事増えるかもしれない」
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