第6話 勇者召喚の儀に関するお仕事

 ———もう、人でも魔獣でも構いません


 ———わたくしの命を捧げます。民の為ならば惜しくありません


 ———どうか、どうかこの国をお救いください






「あら、召喚申請じゃない」


 共有スペースにあった一枚の紙がフタバの目に留まった。


 ———『召喚申請書』


 一般に勇者召喚など、異世界からの強者を呼び込むために作成される書類。


 人員の選抜が面倒で、尚且つ、世界の危機に迅速な対応が求められるため、ベテランに割り振られることが多い仕事だ。


「最近多いですよね、それ。他の転生と違うんですか?」


「厳密には転生ではないの。資質のある者が送られて、危機を救う......『転移』という方が正しいかもしれないわね」


 今の今まで会議中だったのだろう。現在2人しかいない共有スペースの丸机には何人もの勇者候補を選抜した後が散らかっている。


 紙の束から離され、付箋の付けられた書類が3枚。


 ナナミは最有力候補と見られる3人の顔を見比べ、ある疑問を抱いた。


「みんな人間じゃないんですね」


 写真に映る勇者候補はいずれも純粋な人では無かった。


 1人目は獣人の女性。

 大きな体と鋭く伸びた爪。口から覗くナイフの様な牙が太古の肉食獣を彷彿とさせる。歴戦の強者たる風格を持つ女性だ。


 2人目はアンドロイド。

 少し錆に目立つ体に年季の入った銃を背負った自律式機械兵器。月日を経ても壊れることのない装甲と数多の戦場を駆けて培った知恵、経験を高く評価されたらしい。


 3人目は人を模したスライム。

 半透明の体で人間を倣い、自身が人として生きることを夢見るスライム。人間や他の種族と良好な関係を築くことを得意としており、会話を好む性質の様だ。この中では最も若く、魔力の強い個体である。


「勇者とは言われるけれど、つまりは戦力が必要なだけだから」


 種族や性別はあまり関係ないと話すフタバは勇者候補のステータスをまじまじと見ている。皆優秀であり、人格面にも大きな問題が見られない。


 つまり、この中から勇者を選ぶのだとフタバは推測した。


 3人とも勇者の資質十分であり、彼女でもすぐには決められない様な素晴らしい才能の持ち主である。


 獣人を選べば強力な敵や大型魔獣への対処が楽になるだろう。

 アンドロイドを選べば敵が大群で押し寄せて来ても良い策を編み出せるだろう。

 スライムを選べば人間や協力的な種族の架け橋となり召喚者の有利にことを動かせるだろう。


 誰を取っても召喚者にとっては最高レア。フタバはやはり決め難いと担当職員の苦労を思った。


 一方彼女とは別に、資料を漁っていたナナミは積もる紙束の中からはみ出している小さな写真を見つけた。


「?」


 褐色の女性が遺跡の前に跪いている。白く、無駄な装飾品もない質素な服に身を包み、ただ必死に何かを祈っている様だった。


「この人は......」


「あら、美人ね。召喚のための巫女かしら」


 写真の隅には魔法陣の様な光が写り、遺跡の柱を照らしている。確かに巫女だと言われれば納得する情景だ。


 そんな中、ナナミは巫女にしては装飾が少なすぎることに気がついた。


(これはもしかして......)


「......生贄とかだったりして」


 まさかそんなわけないと恐る恐るフタバの方を覗き見るナナミ。しかしフタバから返されたのは頷き。すなわち肯定であった。


「巫女兼生贄。時々あるわね」


 この世界の文明レベル的にあり得ない話ではない。命を代償に魔法を使用することで強力な勇者を召喚するというのは、過去にフタバが見たことのある事例であった。


「代償があるからこそ特大の戦力を送らないといけないのよ」


「てことは、勇者はみんな強いスキルを貰えるんですか?」


 私が付与したチート魔法みたいな、と付け加えるとナナミの頭に軽くゲンコツが落とされた。


 フタバが咳払いをし、再び話し始める。


「世界......というか勇者によるわね」


「能力付与を断ったり、元々の能力のせいで付与出来なかったりする勇者もいるけどね」


 スキルなんて必要ない。己の肉体マッスルこそが正義だと言って聞かなかった男や、絶対防御スキルのせいで能力付与ができず、泣く泣く手持ちの銃をグレードアップさせて送ることになった軍人など。厄介だった勇者たちを思い返すフタバ。


 彼女も勇者召喚の業務に追われていた職員の1人であった。


「まあ、私が選ばれたら良い能力をたんまり貰っていくつもりよ」


「先輩は私の教育終わってないんですから選ばれませんよ〜」


「あなたは早く自立しなさい」


 —————————————————————


 わたくし、困惑しております。


 その理由は初めての戦闘で全身に返り血を浴びたことではありません。


「うっせえなぁ、姫さんは無事なんだから良いだろうが」


 敵の首を献上品だと手渡されたからでもありません。


「いけません。契約者マスターは戦場に立ったことがないのです。少しづつ慣らしていくべきでしょう」


 見たことのない武器が敵の頭を穿つ様を見たからではありません。


「アのね。ケンカよくない。だメだよ」



 この方々が勇者であるという事実に困惑しているのです。


 祖国の伝説によれば勇者は見目麗しい人間の男だったはず。


 それがどうしてこうなったのでしょうか。





 元々行う予定のない召喚の儀だったのです。神官の数も足りず、生贄の魔獣を狩れる優秀な戦士もいない。


 ———召喚が成功すれば勇者が現れ、失敗すれば巨獣の怒りを買う事となる。巨獣の怒りを鎮められるのは生贄の血肉のみ。



 ならばとわたくしが独断で紋章を描き、勇者の召喚を行ったのです。もちろん生贄となる覚悟だってしていました。



 召喚が成功した時にはそれはそれは喜びました。まばゆい光の中、現れたのは3柱の神。


 これでわたくし達の国を守ることができると大いに安心したのです。


「姫さん大丈夫か? 怪我とかはねぇか?」


 長老の話にあった戦神の如き強靭な肉体と如何なる敵であっても瞬時に切り裂く大剣。

 背丈は自身を包めるほど大きく、傷を負ってなお美しい銀の瞳がこちらを覗き込む。


契約者マスターに疲れが見えます。少し休みましょうか」


 温度を感じぬ声を持つ鉄の化身は目に見えぬ矢を放つ謎の武器を背負い、頭に生えた角で周囲を見渡す。声とは裏腹に温かな優しさを持つ彼女は鉄とは思えぬしなやかな動きで私の手を取っている。


「おヒメさま!わたしカイフクできるヨ!」


 澄んだ水の様な髪を持つ泉の精霊は光り輝く癒しの水を創り出している。人ならざるその体は切られようと再生し、分身を作ることすら可能であるという。


 三者三様の神聖な存在に目を奪われていたわたくしは隠された使命をすっかり忘れていたのです。


 ———王家の者は勇者を伴侶として迎え入れ、子を残さなくてはならない。


 これは異界の神を勇者として呼んでしまったわたくしへの罰なのでしょうか。


 勇者様は皆女性。我が国の王子は先の戦いで殺され、残った末子のわたくしが最後の王の子。これでは子を成すことができません。


 このままでは敵を打ち滅ぼす前に祖国が滅んでしまいます。


 お父様はすでにその様なことができる年ではないし、わたくしが今から姫や王子を産もうとすればその間に敵が攻めてくることは明らかです。


 ......このことをずっと悩んでいたのです。



「なんだよそんな話か! 女同士の結婚なんてよくある事だろ」


契約者マスター、ご心配なく。私の素体は人間ですので。それに大昔に開発された同性でも子孫を残せる技術がございます」


「マほうでもつくれるカラ、だいじょうぶダヨ」



 ......同性で子供を作る? 魔法で子を宿す?



「どうなっているのですか、異世界!」


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