第3話 先輩のお仕事
微睡みの中から徐々に意識が浮上する感覚。
青年は薄暗い視界の中、眠気につられる体をゆっくり起こした。
青年の覚醒と共に光度を上げていく空間はどこもかしこも真っ白。唯一目の前の何かが青に光り、一色の場所に馴染むことなく浮かんでいた。
光が列をなし、文章として読み手と意思疎通を図ろうとしている。しかし、彼の視界は未だ不鮮明なまま。
(あれ、眼鏡......眼鏡は!?)
慌ててポケットを漁るがどこにもない。持っていたカバンも見当たらない。
焦る青年が一歩踏み出すとカツンと足に何かが当たる音がした。
愛用の眼鏡だ。
拾い上げ、いつものようにそれをかける青年。
視力を得た彼はようやく目の前の文字列を認識した。
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《役職設定》
ナイト
【剣術(小)】【火炎属性】
プリースト
【聖域展開(小)】【治癒の力】
ウィザード
【魔力消費軽減】【属性付与(雷)】
テイマー
【異種言語(限定)】【契約魔法】
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青年が瞬きをする。
......消えない。
青年が移動してみる。
ついてくる。
青年が首を振ってみる。
動く。
......。
......。
そんな行動を続けること十数分。追いかけっこに疲れた青年の目に映る文字列は一向に消える気配がない。
突然見知らぬ空間に飛ばされ、謎の文字列が自分に付きまとう。
理解のできない状況に嫌な汗が噴き出る青年。彼に対し文字列は光度を変えて急かす様に動き続ける。
そう、真っ白な空間に突然現れたこの文字列こそが彼の異世界生活の命運を分ける選択肢。
恐る恐る青年が手をかざすとその部分が淡く光を帯びた。
—この役職で宜しいですか?—
『yes』『no』
慌てて『no』を選択すると役職が再び表示される。無事に元の画面へ戻ったことに安堵する彼は未だに状況が飲み込めていない様子だ。
ゲームの設定画面のような選択肢を前に困惑する青年の様子を別室のモニターから観察する者が2人いた。
「......この子動きすぎじゃないかしら」
そう呟いたフタバは現在、青年の動きに合わせて文字列を動かしている。
かれこれ15分ほど文字列で彼を追いかけ、光の強弱を操作し続けた末の接触。その表情には呆れと苛立ちが見える。
「よく逃げますね。最長記録更新ですか」
そう言ってモニターを覗き込むナナミ。
転生者が職員との接触を開始するのには平均しても2〜3分程度しか掛からないはずだが、彼はその5倍。嬉しくない記録更新である。
「ていうか先輩、これで本当に良いんですか?あんまり強そうじゃないけど......」
カタカタと無言で選択肢を操作するフタバとそんな彼女を不安そうに見つめるナナミ。
彼女の資料に載ったスキル詳細には
【剣術(小)】
剣術の知識を得るスキル。技の使用には中程度の知力と筋力、レベル25への到達が必須。
【聖域展開(小)】
初期の回復範囲は皮膚から10cm。使用者に触れた者のみ魔力増幅を付与する。
【異種言語(限定)】
異種族との会話が可能。初期の対象はブルースライム、ゴブリンのみ。
とお世辞にも強いとは言えない内容ばかり。
枷のつかないスキルも全て青年のレベルに依存するものであり、悲しいことに青年の転生後レベルは1である。
「この世界は文明自体が発達途上だから良いのよ。生まれながらにして強いと異端者として排除される可能性も捨てきれないわ」
「でもこの世界レベル上げ大変ですよ? 進化できなければ渡す意味が無いじゃないですか」
そう言って不満げにスクリーンを見つめる彼女は魔力移動の準備に追われている。
青年の転生する世界【No.6540】。
最近文明の発達が確認された世界であり、人類の数が著しく少ない。それゆえにレベルの上がりづらい環境にあるのが特徴だ。
この世界のレベル上限は100。
だが村人の平均レベルは5、過去の勇者がレベル25、最上級の魔力を持つ大賢者でもレベルは40程しかないのだから渡そうとしているスキルの利用価値もお察しだろう。
まだ人類の能力が低いこの世界では強力な魔物による襲撃、魔族による支配が頻発。数も少なければ能力も弱い。だというのに死亡率は高い。人類は踏んだり蹴ったりである。
「彼の転生する世界的にこれくらいがちょうど良いの」
青年が悩む時間に入ったため一旦作業を終えたフタバは軽く伸びをしてナナミの方へと振り向いた。
「と言うか、普段あなたがチート渡しすぎなだけでこれくらいよくあることよ。まあ、進化が可能なスキルの方が後々便利でしょう」
「元から強い方がいいかな〜って思っちゃいますけどね」
「進化のどこが悪いのよ。あなたの担当した人が最強スキルで魔王に成ったって話聞いたのだけど? 」
「ぐう......まあ...そうですね。」
「でも私、成長系自体は好きですよ。私は進化できない〇〇モンよりイー〇イ派です。可愛いし」
「私ピ〇チュウ派」
「それはズルいですよ〜」
青年の飛ばされる世界に反してゆるい空気が流れたところでピコンと音が鳴った。
《選択役職》【テイマー】
—役職が確定しました—
「おお〜、良い能力選びましたね」
「魔獣の方が強い世界だし、運が良ければ強いのを使役できるかもしれないわね」
青年の選択はテイマー。魔獣と契約し、使役することができる役職。
他に比べてステータスの補正が弱いが、1番『魔獣との共存』と言う選択肢を取りやすい職である。
—転生を開始します—
そう表示されると文字列が消え、転生の開始と共に青年の体が光の粒に包まれていく。
瞬間、青年の視界が黒に染まり、プツンと意識が途切れた。
—転送魔力問題なし—
真っ白だった空間も灰色、黒に変わり、徐々に明かりを落としていく。
—魔力転送中—
転送が進むにつれて青年の姿と彼を包んでいた光が消失していく。
青年が完全に消えたところでフタバは手元のパネルを覗き込んだ。
残り転送魔力:0
「よし、終わったわね」
「今回長かったですね〜」
青年のいた空間に移動する2人。フタバが電気をつけると再び真っ白な空間へと変化した。
空間内に魔力が残っていないかを確認するまでが彼女たちの仕事。
探知機の反応は......無い。
今回も無事成功したようだと部屋に戻ろうとすると、ナナミの頭に何かが当たった。
「いてっ!」
ぶつかったものはカランと音を立てて地面に転がった。ある程度高い場所から落ちたというのに、それには一切傷がついていない。
ナナミは足元にある物を拾い上げた。
「先輩、これって......」
「あら、眼鏡じゃない。転生時に引っかかったのかしら?」
手渡されたそれをまじまじと見つめるフタバ。
見たところ新品同然であること以外何の変哲もないただの眼鏡。形状は転生者の年代にあった人気のもので、度数もあまり高くない品であることがわかる。
(妙ね。普通の眼鏡ならあの世界にも持っていけるはずなのに......)
転生時に弾かれるものといえば極端に魔力の多い装飾品や転生後の文明よりも高度な技術を持つ品など。
あちらの世界には魔族の生み出した眼鏡の類似品が存在するし、ぱっと見でも魔力量に問題はない。
装飾品や持ち物の類は事前に別の職員が確認し、問題なしとの判断が出ていたはずである。
「何も無いように見えますけどね」
「試しに解析の方に回してみましょうか」
少し嫌な予感がしたフタバとナナミは眼鏡を解析課へ届けて、結果を待つこととなった。
〜数日後〜
「すみません、少しお時間宜しいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
入ってきたのは数日前に依頼をした解析課の職員。その手には件の眼鏡。上質な布に包まれ、ガラスケースに入れられた状態で運ばれている。
ずいぶんと丁寧な扱いを不思議に思うフタバはふと解析員の手が震えていることに気がついた
不安を隠せない様子の彼にフタバが尋ねた。
「もしかして何か異常事態が?」
フタバの質問と共に顔色の悪い彼がよろよろと資料を取り出した。
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《装飾品A詳細》
No.6540への転生者が所持していた眼鏡。探知機での魔力反応は一切検出されなかったが、職員による精密検査の結果以下のスキルが確認された。
【魔法隠蔽】
装飾品と着用者から発生する魔力を検知不可能にし、スキル表示も抹消する。高位の鑑定スキルでのみ看破可能。
【魔力封印】
着用者は魔力使用不可の状態になる。長時間着用を続けると一定期間装飾品を外しても魔力の封印が持続することを確認。
【女神の加護】
上記のスキルを付与した女神によるスキル強化を目的とした加護
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明らかに何かを封じる目的で作られたことがわかるスキル構成と強力な加護。
資料を確認し、2人の顔色が真っ青になったその時。
バタン!
強引にドアが開け放たれた。
「先輩! 先日の転生者に関する問題が!」
息を切らしながら入ってきたナナミの手には一台のタブレットが抱えられている。
呼吸が整わないまま駆け寄ってくる彼女を落ち着かせようとしたフタバだが、眼前に掲げられた映像に遮られてしまった。
「これ、あの青年の現在なんですけど」
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「主人様! 次はどこへ行くのです?」
「奥方様が夕食を調理なさっていますよ?」
「あ、ありがとう。少し地図を見ていたんだ。行きたいところあったりする?」
「「我ら兄弟はあなたとなら何処までも駆けて行きます」」
「......ありがとう、2人とも」
「夕食が出来たわよあなた達。森のきのみのスープ、丹精込めて作ったの。どうかしら?」
「いつもありがとう。うん、美味しい!」
「嬉しい♡」
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映し出された青年は愛用の眼鏡を外し、生き生きとした瞳で世界を見ている。そんな彼のそばには頭を擦り寄せる2体の大型魔獣と恋人のように腕を絡める1人の上位精霊。
どちらも今の彼のスキルでは使役不可能な存在だ。
「これは......」
「......たぶんバグです」
「バグ」
「はい。何でか転生時のスキルに無いものが発現しちゃったみたいで」
フタバは即座に【No.6540】のデータベースを確認を始めた。
高レベルの魔獣や上位精霊であれば何らかの主従関係や加護が発生しているはずである。
しかし、彼のステータスや魔獣側のステータスを確認しても全く異常は見られない。
つまり、役職【サモナー】による
「これは......どう言うことかしら」
「【魔力隠蔽】によるスキル隠しの効果がまだ続いているのでしょうか? 」
「どういうことですか? 解析員さん」
まだ何も見ていないナナミに解析結果の資料を預け、解析員は魅了系のスキル一覧を開いた。
「おそらくは転生前に獲得していたスキルの【魅惑の眼差し】が残ったまま転生、段階を飛ばして【傾国の瞳】へと進化。その結果......」
「魔獣や精霊が魅了されてサモナーとしての契約も無しに力を貸していると」
ナナミが慌てて未確認の好感度欄を開く。するとそこには長年連れ添わないと達成されないような高い値と共に【魅了】の文字が堂々と写し出されていた。
青年が転生してから現地時間でたったの4日。異常としか言いようのない数値である。
「バグじゃ無いってことですか?」
「はい、そうなりますね。元のスキルも稀なものですが、過程を飛ばして【傾国の瞳】へと進化するのは初めてのことでして」
「じゃあ、進化の原因は?」
「おそらくその眼鏡かと......」
眼鏡によって進化を防いでいただけで、本当はそれ以上の力を持っていたのかもしれない。
強力すぎるが故に神の加護をもって封印されていたスキル。封印道具を無くしたそれは彼の意思に関係なく振り撒かれ、種族を問わず魅了するだろう。
みんなが彼を愛し、彼がみんなを愛するハッピーエンドで終わればいいのだが、そうもいかない。どこの世界にも価値あるものを独占しようとする輩は存在するのだ。
近い将来、彼を巡って世界規模の戦いが勃発するだろう。
大規模な仕事が入ってくるのはおそらく数時間後。世界の安全を守ることも天界の仕事なのだ。
「ナナミ......仕事が入るわよ」
「やだぁ〜!」
やるべきは眼鏡とスキルに関する報告と転生先の部署への連絡と謝罪。
どんよりとした空気の中、フタバに引きずられていくナナミを解析員は何とも言えない顔で見送った。
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