第4話 正しい転生のお仕事
いきなりドアを開けて入ってきたのは巨大な紙の山、に隠れた他部署の職員。
なんとこれ、全部が転生者の個人情報。転生管理所の仕事は意外にも大量の紙という形でやってくる、パラパラとめくれる紙がナナミの視覚と聴覚を遮る。ここの完全IT化まだまだ先の様だ。
「ああ゛あ゛〜、また仕事が増えていく〜」
綺麗だったデスクの横でカフェオレを飲んでいたナナミは積まれていく資料の重量とその振動で舞っていく紙たちに悲鳴を上げた。
「ナナミ、もう休憩時間は終わりよ。今日は対面の仕事が無いだけ良いじゃない」
テスト前日徹夜中ような顔をし、机に引っ付いているところにフタバの喝が飛ぶ。
書類仕事であろうとなかろうと、やっぱり仕事も勉強も辛いのだ。
「確かにそうですけど〜」
「ほら、これが今日の転生申請書とその他の書類。赤が若者で青が中年、緑が老人で分けてあるわ」
そう言って渡されたのはびっしりと付箋の貼られた紙の束、ため息を吐きながらも一つ一つ目を通してゆく。
(またこの死因だ、この国の人大丈夫かなぁ。ていうかまたこの世界から転生かぁ)
そんなことを考えながら書類をペラペラしていくと赤色の中に一枚、気になる書類を見つけた。
十○歳女 ○村▲絵【No.3115】
写真に映った病的な細さの少女は病室で家族とみられる複数の大人に囲まれながらピースサインをしている。
「......先輩、この子の行き先本当にこれで合ってるんですか?」
後輩の問いに資料を覗き込むフタバ。
「ほらこの子、最近は過労死の人が多いのにこの子だけ死因が違います」
死因は幼い頃に発症した大病。その病は治療法の無いいわゆる『不治の病』であった。医師は手を尽くしたが治療は意味を成さず、少女は若くして現世を去ることとなった。
「この子、転生先【No.3115】ですけど大丈夫なんですか? ちょっと過酷すぎる気が......」
彼女の転生先である【No.3115】はとあるスポーツが発達し、社会の中心として回っている。『技』を使える者たちが養成所や名門校に通い、世界最強を座を争う、異能系スポーツ漫画の様な世界。
幸いそれ以外は同じ文明レベルの似た世界であるため、少女の精神的負担は少なく済むだろう。同時に、価値ある選手の行動一つで国が動いてしまう恐ろしい世界なのだが。
「これはこの子の意思によって決定されたのよ、上のちょっとした失敗で人生をねじ曲げられた子だから選択肢があったの」
———私ずっと、ずーっとね、やってみたかったことがあるの!
———たくさん勉強して、たくさん練習して、〇〇選手みたいに素敵な選手になりたいの!
———ありがとう。お姉さん
「彼女の意思で決めたことだもの。私たちは見送るだけよ」
なぜか満足そうな表情の先輩を不思議に思いつつも一旦納得するナナミ。
もちろん丈夫な体と十分な才能、恵まれた環境を全て与えることが約束されていると加えたフタバに安堵を示すが、すぐに過酷な運命の原因が
「......本当にロクなことしないですね、あの人たち」
「ほら、あの方々は最初っから人外だから私達とは考え方が違うのよ」
「......ちょっと納得いかないかも」
「そうね......でも納得なんてしようとするだけ無駄よ、はいこれ次の転生者ね」
〇十六歳男 ✖️田✖️蔵【No.4121】
ビール腹で毛髪の薄い男性がビジネススーツを着た若い女性の腰に手を当てている写真。死因は恨みを買ったことによる他殺と書いてある。
スキル構成
【精力】【丸め込み】【体技(夜)】
随分と性に奔放な人物であったらしい。
転生後の世界と種族の欄には何度か消された痕跡があり、審議科の職員が扱いに困っていたことが伝わってくる。
「これ絶対にクソ野郎じゃないですか!!」
「あー......転生予定がなかったんだけど、意外な才能を見出されて別の科学世界に飛ばされることになった人ね」
「才能? 何ですかそれ」
そう聞かれた途端、フタバが押し黙った。
何かをためらう様に口元を引き締めて数秒。
短い沈黙の後返事を返した。
「......竿役としてのモブおじさんよ」
「もう一回お願いします」
「......モブおじさんよ」
職場で言うの恥ずかしいわね、とフタバの耳元が赤くなる。
『モブおじさん』
一般的に容姿の固定されない中年男性であり、創作物においてどんな困難や矛盾があったとしてもそれを乗り越えてことに及ぶ、都合の良いキャラクター。
:主にR-18作品において活躍する:
「そんなそんな18禁漫画みたいな役職あるなんて聞いて無いですよ!?」
「せ...正確には職業じゃ無いの。そういうことに特化した世界に飛ばされたり、スキルを持っていたりする条件の人物をそう呼んでいるらしくて......」
羞恥心のせいかフタバの語気が少しづつ弱くなっていく。真面目ゆえにそういった単語に反応してしまう様だ。しかしナナミはそれを気にせず質問を続ける。
「というかこの人だいぶ恨み買っているみたいですけど、人のままで行くんですか?」
「今回は種族変更は...無し。性別や容姿の変更もないわ」
「珍しいですね〜」
前世の行いや功績は転生後に影響することが少なくない。
彼は一代で大きな財を成したその手腕と、その後の女性社員に対する理不尽な振る舞いが天秤にかけられていた。
何もなければ下級魔獣になるはずだった今回の転生は、相手側の世界の要望によって変わった。どうにか送ってほしいという強い意志により審議科の天秤が傾いたのだ。
転生受け入れ側の世界としては色欲魔に対して女戦士が強くなりすぎてしまい、均衡が崩れ始めているため、戦士側を内部から弱体化させる必要があるのだそう。
そのため成り上がる能力があり、肉欲を優先してくれそうな人間が必要だという話なのだ。
戦士側としてはとんでもない話だが、その世界の偉い人が話す『ストーリー』には必要不可欠なことらしい。
しかし、そんなことが一介の管理職員に伝えられるはずもなく。この部署ではただ転生者を容姿を変えず人のまま送れという情報が出回っている。
「何故か種族をゴブリンやオークにするよりも人間のままでいこうという話になってて......」
「オークとかの方がいいんですか?」
「ほら......筋力とか...精力とか......」
「じゃあステータス補正もなさそうなのでスキル変更が必要ですね。転生先魔法よりですし」
「もちろん追加スキルを付けることになっているわ......」
「スキル名は?」
パラパラと資料が捲られる。
転生者に与えられたスキルは2つ。フィジカルで敵わない相手に対して有利を取ることができる技。もちろんどちらもそういうことが使用目的の能力である。
「......【官能の渦】【淫靡の肉槍】」
「なるほど〜」
悶えて言った割に軽薄な後輩の反応にじとりとした視線を送るとそこにはニヤニヤと揶揄う様な笑みを浮かべているナナミの姿。
フタバはようやく自分が遊ばれていたことに気がついた。
「あなたさっきからわざと言わせてるでしょう!」
「いや〜、先輩が照れてるの珍しくて」
反省の色が見えない麗らかな笑顔の後輩にデコピン一発をお見舞いし、フタバは足早に作業スペースを後にする。その後ろを焦った様に追いかけるナナミ。
「ごめんなさい先輩、置いてかないでくださいよ〜」
「知らない、もう知らないわ!」
「ごめんなさい〜」
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