第2話 転生管理所の仕事について
ドンッと鳴る重量感のある音にナナミは持っていたココアを落としそうになった。
彼女の目の前には大量の紙、紙、紙。積まれた資料が隅から隅まで視界を埋め尽くしている。
「さてと、これで最後かしら。......それじゃあ補修授業を始めましょうか」
「やだぁ〜」
う゛ぁああ〜と奇声を上げながら机に沈むナナミ。そんな彼女を無視したフタバは、ホワイトボードにグラフやイラストを描いてゆく。
眼鏡をかけて、指差し棒を持てば授業の始まりだ。
「さて、じゃあまずこの仕事で一番重要なのは何かしら?」
「......転生者の受け渡しを正しく行うことで〜す」
「違います」
初っ端から食い気味の否定が飛ばされた。
「一番大切なのは世界の魔力バランスを一定にする、つまり全世界の均衡を保つこと。そうポンポンとチート転生者を生み出せばいい訳ではないの」
「でも、魔力はしっかりと交換されていますよ? 均衡は保てているはずです」
「そうね、確かに一度の転生で送ることができる魔力は限られているし、それで十分補える」
それを聞いて表情が明るくなるが、残念。
転生管理所の仕事は送ってはい終了と言う簡単な仕事ではない。
「チート転生者ばっかり送ったら魔力の消費が増えるのよ!見なさい、これ」
そう言って取り出された一枚の紙にはびっしりと赤色の文字で修正点が書かれている。
「〇〇能力詳細」「〇〇世界における魔王出現の影響」等銘打たれたそれにはナナミが担当した転生者のその後が記載されていた。
嫌な方に心当たりがある彼女が、ギュッと顔をしかめる。
それもそうだ、彼女が今まで担当してきた転生者は7人。その全員がチート能力を渡され、各世界で無類の強さを誇っている。
しかし、強さを追い求め燃費など頭にない設計をされた能力はその世界の魔力消費を加速させ、蝕んでいく。そのツケが他の部署に回ってしまっているのだ。
「一応聞いておくけど、説明会の記憶はちゃんとある? 復習してる?」
「ええと......あー...っと...」
ナナミの顔色が悪くなり、目が泳ぎ始める。
復習はおろか、説明会の記憶も曖昧。残念ながら彼女の脳みそは誤魔化す手段を思いつくことすらできなかった。
「ナーナーミー?」
「ごめんなさい! してないです!」
返事と謝罪でも元気は良いのがナナミ。
もちろん彼女は説明会中、ぐっすりだったので記憶すらない。後ろの席だったから気づかれなかったものの、彼女が最前列にいたのならば今ここで働くことはできなかっただろう。
「まったく。......じゃあ一から説明するわね、もちろん簡潔にだけど」
「やっぱり先輩が1番ですよ。優しくて美人な先輩に教えてもらえるおかげで毎日楽しいです!」
雑な賞賛におだてても何も出ないわよと、少し気を良くしたチョロいフタバはホワイトボードに先程とは異なるイラストが貼ってゆく。
片方には魔法の杖を、もう一方には銃火器を。二つの異なる世界を隣り合わせに並べた。
「じゃあまず基礎からね、世界は大きく分けて二つに分類されているわ。これは覚えてる?」
「はい! 科学世界と魔法世界ですよね、隣り合ってたりするので送りやすいです!」
「そう、科学の発展に傾いているのが科学世界。魔法の発展に傾いているのが魔法世界ね。」
「まあ、ここはどの資料にも載ってるから知ってて当然ね。正解よ」
星の数ほどある世界同士の距離は遠いように考えられがちだが、壁で隔てられているだけで意外と近かったりする。距離が近ければ近いほど彼女らの仕事も劇的に楽になるのである。
「科学世界は魔力をあまり使わないから消費の進む魔法世界に転生者を送ることで一定量の魔力を送る。これが私達の仕事」
「なるほど〜」
「たまに例外はあるけれど、その時はその時だから気にしないで」
はーいと気の抜けた返事を横に、フタバは大きな紙を取り出した。細かい数字がびっしりと書いてある。見るだけでも頭が痛くなるような代物だ。
「転生には大まかに分けて三つの種類があるわ、知ってるわよね?」
「ええと、一般的な転生とその逆ですよね!」
「一つ忘れてないかしら?」
「あ゛〜、ループ!」
ワンテンポ遅れたが正解、意外と内容は覚えているようだ。正確には一般系と反転系と移行系、もちろん例外もあるが大体がこの中のどれかに分類される。
1番多いのが一般系であり、どのパターンであっても転生者の数を一定にすべく規制がかけられている。
しかし万が一、転生管理所に緊急の命令が下されればいくらでも、どのパターンであっても転生者を送ることができるらしい。もちろん転生者が人でなかったとしてもだ。
「一般系がさっきの青年、その逆の反転系が魔法世界から科学世界に送る転生、でループって言うのが移行系に属する転生ね。これらの見分け方わかる?」
「確か、時代を変化させるのが移行系で、世界を変えてしまうのが一般系と反転系ですよね!」
復習してないと言っていながらほとんど正解を出している。
(この子、勉強してないとか言っておきながら良い点数取るタイプね)
テスト前のこれとマラソン大会の一緒に走ろうを信じてはならない。一部の学生を敵に回す行為である。
「じゃあ問題。中世の騎士が同じ世界線の21世紀に飛ばされた場合、どれに当たると思う?」
「......移行系ですか?」
「そう、移行系。世界線自体は変化していないから魔力的な負担は少ないのよね」
『タイムスリップ』
過去の人間が未来へ、未来の人間が過去へと移動するSF作品の代名詞。
又の名を『残業の種』。
目撃者が多い時は人々の記憶を消し、時空の穴を閉じる。写真が撮られていないかの確認、歴史への影響を修正、被害者への謝罪etc...。
自然に発生することの多いこの現象が、休憩中の職員達を労働へと誘っていく。
悪寒を感じたフタバは振り払う様に次の問題へと移った。
「それなら...これ! この武器は何世界の物かしら?」
そう言って取り出されたのは一丁の銃。木と金属が絡み合い、スラリと細長い体のそれは、実際に使用された物なのか、薄汚れている。科学世界でよく見られた銃に近い姿をしていた。
「これって...銃じゃないですか。これはわかりますよ! 科学世界でしょう?」
「手に取ってよく見てみなさい」
そう言われて手に取ったナナミはあることに気がついた。
———火薬の匂いがしない?
「その銃、動力源が違うでしょう?」
見た目だけなら科学世界の代物だが実際は魔法世界の近代文明によって作られた魔導具。
動力源の鉱石によって魔法を変更できる優れもので、魔力の弱い人間でも使用可能なため、大戦争で多大な戦果を上げた武器であった。
「わかんないですよこんなの〜」
再び元気をなくし机に沈んでいくナナミ。そんな彼女にこれまでの問題を確認していたフタバはゆっくりと口を開いた。
「間違いはあったけれど、まあまあ覚えているようね。えらい」
ふわりと優しい感覚がナナミの頭を撫ぜる。先輩に褒められたことに気がついたナナミがシャキッと体を起こし、上機嫌に返事をした。
「ナナミちゃんはやれば出来るんですよ! 褒めれば伸びるタイプです!」
ぽんぽんとナナミの頭を撫で続けるフタバ。
普段は仕事のため厳しくしているが、久しぶりに褒められたと満面の笑みで受け入れる可愛い後輩に癒しを見出していることも事実である。
「そうだ私、先輩の仕事してるところ見てみたいです!」
「私の? 手本が見たいなら教官やってる人と取り合ってみるけど」
「いえ、先輩が1番わかりやすいので! お手本にするなら先輩が良いです!」
「そう......わかったわ。じゃあ次の仕事には一緒にいきましょうか」
「やったあ〜、先輩大好き!」
後輩の嬉しそうな姿を見ながらフタバはホワイトボードから資料を剥がし大量の紙束をかき集めていく。
補修の終わりを感じる空気にナナミは小さくガッツポーズをした。
「まったく。知識は問題無さそうだし今日の勉強はこのぐらいで終わりよ」
「はーい!」
なんだかんだ後輩に甘いフタバであった。
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