吠えろ

星ぶどう

第1話

ここは平和な国タンゴランド。この国にその昔、エンカーという魔法使いがいた。エンカーは音楽といたずらが好きで、忘れんぼうな性格だった。ある日エンカーはちょっとしたいたずらで、とある信号機に呪いをかけた。その呪いは信号を無視した人、先着1名様にかかることになっていた。呪いの内容は狼になること。ちなみにその信号機は国の大通りの信号機にかけた。なので、信号無視をする人はすぐに出るとエンカーは思った。しかし、この国の住人はみんな正直者だった。だから信号無視をする人はなかなか現れず、そのまま月日が流れてもう1000年も経っていた。エンカーは死に、呪いのことは忘れ去られてしまった。しかし呪いは消えていなかった。3ヶ月前までは。

 1000年経ってもやはりこの国は正直者であふれていた。そんなある日信号が赤にも関わらず猛スピードで通り過ぎた車があった。その車を運転していたのはバラードという青年。彼は普段はおとなしい男だ。しかしその時の彼はヤンチャな性格だった。いわゆるハンドルを握ったら性格が変わるタイプってやつだ。そして何も知らないまま彼は呪われた。だが呪われてもすぐに狼になるわけではない。ゆっくりとだんだん狼になっていき、半年が経ったら完全に狼になる。

 初めは彼の体は何も起こらなかった。しかし、呪われてから3日が経ったある日腕毛が濃くなった。それから1週間が経つと少し歯が尖り始めた。その後も爪が伸び、耳も立ち始め3ヶ月経つと服を着た2足歩行の狼になっていた。だが、ずっと狼の状態になったわけではなかった。普段は普通の人間だが、丸いものをみると狼に変身する。いわゆる狼男ってやつだ。そんなわけで彼の生活は大変だった。

 ピピピッ、ピピピッ。ピピっ。

 「あー、もう朝か。」

 僕は起きて自分が人であることを確認した。

 「それにしても昨日はやらかしちゃったな。」

 僕は昨日職場で先輩がドーナツを買ってきてくれたが、それを見た瞬間に体がざわめきだした。やばいと思い、僕は急いでドーナツを床に叩き落とし職場を出て僕は狼に変身した。周りの人は悲鳴をあげたので、急いで走ってその場を離れた。狼になっても言葉は話せるし、自我はある。そして15分で人に戻る。その後職場に戻ったが、とても先輩に会える雰囲気ではなかったので早退した。

 「今日は先輩に謝らなきゃな。」僕は支度をして家を出た。

 ここは平和な街タンゴタウン。僕は自家用車に乗って、丸いものを避けながら職場に行った。信号機などもまともに見れないので、中々不便な生活だ。しかし今の俺には関係ない。他のものには目も触れず、とにかくスピードを出して爽快に走った。

 僕は街で本屋屋で働いている。まだ働き始めてから2年しか経っていない。大分仕事には慣れてきた。

 「おはよう、昨日はどうしたの。」

 「やあポルカ。ちょっと気がおかしかったみたいだ。でももう大丈夫だよ。ありがとう。」

 「先輩、結構怒ってたわよ。」

 「はあ、もう最悪だよ。」

 彼女はポルカ。僕の後輩で、僕の恋人だ。結構可愛くて、思いやりのある女性だ。今日まで何回かデートに誘ったことはあったが、中々それ以上は進展しなかった。

 僕はしぶしぶ先輩の元に行き、昨日の事について謝った。20分くらい必死に謝って、15分くらい説教を受けてようやく許してもらえた。

 「しかし、昨日はどうしたんだ。急に出て行って。」

 「すみません、急に気分が悪くなって。」

 「体には気を付けろよ。」

 「はい。」

 僕が狼男であることは当然誰にも言っていない。だから僕が丸いものを見てはいけないということを誰も知らない。

 説教の後僕は本も整理をしていた。本は良い。四角いからだ。この職場で丸いものは掛け時計ぐらいだ。だからここで働いている限り安全だ。

 時計を見ると12時10分を示していた。

 「よし、じゃあそろそろ昼休みにするか。」先輩が言った。

 「ねえポルカ、良かったら一緒にランチしない?」

 「いいわね、行きましょ。」

 僕は今度こそプロポーズをしようと考えていた。僕の鞄の中には今ダイヤモンドの指輪が入っている。これは今日のために用意してきたわけではない。2ヶ月前に買ってずっとプロポーズ出来ずに、鞄の中に入っている。もちろん指輪も丸いので、買った時はお店の人に頼んで箱に入れてから小さな紙で包んでもらった。だからあげてもすぐに見ることはできない。

 僕らは近くのファミレスに行った。だが、結局僕は固まってしまい指輪を渡せなかった。

 夕方の5時。仕事が終わったので僕は帰ろうと車に乗った時、サラが僕の車に歩いてきて声をかけた。

 「ねえ、バラード。悪いけど私の家まで送ってくれない?事故でいつも乗ってる電車が止まっちゃって。」

 「あー、いいよ。送っていくよ。えーと確か場所は…。」

 ナビを検索しようとした瞬間、僕はハンドルを握ってしまった。そして性格が変わってしまった。

 「おし、じゃあさっさと乗れよ。おいてくぞ。」

 「う、うん。ありがとう。」

 実は俺は今までポルカを自分の車に乗せたことがなかった。だから、ポルカが今の俺の姿を見るのは初めてだった。

 「なんか、急にバラード変わったわね。」

 「へっ、別にそんなことねえよ。いつも通りさ。ちょっと飛ばすからよ、しっかりつかまっててくれ。」

 「うん。いつもの不器用なバラードもいいけど、今のバラードも男らしくて素敵よ。」

 俺はかなりのスピードで走った。警察が見ていたらおそらくすぐにスピード違反をとられただろう。そしてそのまま30分くらい走り、サラの家に着いた。

 「ありがとう、初めてのドライブだったけど楽しかった。」

 「おう、こっちこそ楽しかったぜ。あ、そういえば渡すものがあるんだった。」

 俺は鞄を開けて紙で包まれたダイヤモンドの指輪を持ち、車を降りた。その瞬間僕は元の性格に戻った。

 「それは何。」

 ポルカが嬉しそうにこっちを見ていた。その時僕は悟った。もう1人の自分が軽い気持ちでこの状況を作ってしまったと。

 「あーどうしよう、何で僕は車から降りてしまったんだ。乗ったままならそのまま何も考えずに渡せたのに。」心の中で僕は思った。

 「どうしたの。」ポルカがずっと僕を見ている。でも今しか言うチャンスはない。

 僕は覚悟を決めた。

 「あ、あの実はこれを渡したくて。」

 「あら、何かしら。」

 「じ、実は…その、ぼ、僕とけけ、結婚してください。」

 「やっと言ってくれた。もちろん良いわよ。」

 「え、ほんとに。こんな僕でも。」

 「ええ、それに男らしい一面も見れたしね。」

 「ポルカ、ありがとう。」

 勇気を出せた、出すことができた。僕は最高に気分が良かった。

 次の日から順調に結婚式の準備が進み、2ヶ月後に式を挙げることになった。先輩にも祝福を受けた。色々な人に招待状も送った。僕はもう両親は病気で亡くなっていて、友達もいなかった。だから、みんなポルカだけを祝福していた。ただ1人を除いては。その人の名前はロック。ポルカの元彼だ。趣味でギターをやっていて、クールでイケメンな男だ。僕と付き合い始める1ヶ月前に別れた。

 その後、僕は今働いている本屋で整理をしていたら、よくある同じ本に触ろうとして手が触れ合うやつで出会い、話をしてみたらとても気が合って付き合い始めた。あの時はポルカから告白してきた。そしてポルカも僕と出来るだけ長く入れるように、今僕らが働いている本屋に転職した。ロックとは前の職場で知り合ったらしい。

 結婚式を来週に控えたある日、ロックが僕らが働いている本屋にやってきた。

 「やあ、ポルカ。久しぶりだね、元気だったかい。」

 「あら、ロック。もちろん元気よ。」

 「結婚するらしいね、おめでとう。」

 「あら、ありがとう。」

 「彼が相手かい?」

 「えーそうよ。名前はバラード、あなたよりずっと良い男よ。」

 「ポルカ。だからあれは…。」

 「言い訳は聞きたくないわ。もうあなたのことは忘れる事にしたの。もう私の前に現れないで。」

 「ポルカ…。」

 そう言うと彼は悲しそうな表情でその場を去って行った。

 「何が原因で別れたの?」

 「彼は最悪よ。私とデートの約束をしてたのに来なかった日があったの。何をしていたと思う?私の知らない女と飲んでいたの。愛していたのに…。」

 「そうなんだ。大丈夫、僕が君を幸せにするよ。」

 それから一週間が経ち結婚式の日が来た。体にも変化が出ていた。最近は狼になると人間の言葉を忘れるようになったり、人間に戻っても毛深さや爪も鋭いままになった。また、狼になっている間の時間も今は3時間になっていた。それでも僕はポルカと結婚したかった。自分が野獣だということを隠して。

 そして式が始まった。順調に式が続きついに指輪交換の時が来た。だが、そこで問題が起きた。指輪が丸かったのだ。それを見た瞬間俺の中の血が騒ぎ出した。

 「どうかしましたか。」神父さんが聞いた。

 「いえ、大丈夫です。でもちょっとトイレ…。」

 そう言いかけた瞬間俺は狼になった。

 「キャー!」

 式場の中は大騒ぎになった。

 「逃げろー。」

 「化け物だ。」

 俺は逃げ出そうとした。その時、唖然としていたポルカが話しかけてきた。

 「待って。」

 「ごめん、ポルカ。」

 俺は走って逃げた。

 結局式は中止になった。町の人間はみんな僕の噂をしている。

 式の次の日、僕は考え、1つの結論が出た。

 「もうこの町には住んでいけないな。」そう思った時家のチャイムが鳴った。ドアを開けるとポルカが立っていた。

 「やあ、ポルカ。式を台無しにしちゃってごめん。もう町を出て行こうと思うんだ。だから結婚のことはなしに。」

 「いや、私はバラードのことが今でも好きよ。たとえ人間じゃなくても私はバラードと結婚したい。」

 「でも僕はだんだん狼に近づいてきてるんだ。このままポルカと一緒にいたら傷つけてしまう。」

 「狼でも良い。町を出るなら私もいく。」

 「ポルカ、ありがとう。」

 「ちなみにいつから狼になったの?」

 「3ヶ月ぐらい前かな、理由はわからないけどちょっとずつ変化していって。」

 「それ、もしかするとエンカーの呪いかもしれない。」

 「エンカー?」

 「前に本で読んだことがあるの。明日いつもの本屋に来て。」

 「わかった。」

 次の日、僕はいつもの本屋に行った。先輩は都合が悪かったので式には来なかった。だから先輩は僕が狼男だということを知らない。

 「おはようバラード、お前風邪ひいて式が延期になったんだってな。ポルカから聞いたぞ。」

 「あ、はいそうなんです。ご迷惑をおかけしました。」

 良かった。僕が狼男だってことバレていないみたいだ。

 「それで、いつ式挙げるんだ。日が合えば俺も行きたいんだが。」

 「はい、決まればご連絡します。では僕は仕事を。」

 奥の本棚に行くとポルカがいた。

 「あ、バラード。こっち来て、本を見つけたの。」

 「本当!」

 「ほら、これ見て。」

 そこにはエンカーの呪いについて詳しく書かれていた。

 「今から約1000年前、エンカーという魔法使いがとある信号機に呪いをかけたんだって。それが狼になる呪い。きっとバラードはこれにかかったのよ。」

 「そうだったのか。で、この呪いを解く方法は。」

 「えーと、エンカーの館に何でも願いを叶えてくれる魔法の杖があるらしいわ。」

 「じゃあ、それを使えば呪いは解けるんだね。」

 「そう。あ、狼の呪いは半年後にかかった人間を完全に狼にするって書いてあるわ。ねえ、ちなみに体に異変があったのはいつから。」

 「えーと、5ヶ月かな。最近は人間でいるのがしんどく感じているんだ。」

 「それはきっと狼に近づいているのよ。急がないと、あと1ヶ月しかないわ。」

 「ポルカ、お客様がお呼びだぞ。」先輩の声だ。

 「ごめん、誰だろう。」ポルカが店の外に行くと、ゴスペルおばさんが立っていた。

 「あ、ポルカちゃん。」

 「ゴスペルおばさん。」

 「大丈夫だった?せっかくの結婚式が台無しになっちゃったけど落ち込まないで。きっと良い人が見つかるはずよ。」

 「ありがとう、でも大丈夫。そんなに落ち込んでいないから。」

 「誰?」

 「あー先輩。親戚のゴスペルおばさん。」

 「あ、そうなんだ。これは失礼しました。いやーでも昨日は残念でしたね。式を挙げられなくて。」

 「ほんとよ、もうあの狼男のせいで。」

 「え、狼男?」

 「そうよ、相手のバラードっていう子が狼に変身したのよ。」

 「え、バラードは風邪で休んだんじゃないの?ポルカ。」

 「いや、あのその…。」

 「ポルカまだ?」

 ポルカが戸惑っていた時タイミング悪く、僕は店から出てきてしまった。

 「あ、バラード。今はこっちきちゃダメ。」

 「あああ、お、狼男!」

 「おばさん、落ち着いて。」

 「キャー!」

 「おばさーん。」ゴスペルおばさんは走って逃げていってしまった。

 「え、バラード君って狼男だった…の?」

 「え!えーとその何ていうか…」

 「違うんです、先輩。実は結婚式の時にバラードが恥ずかしくなっちゃって狼の被り物をしたんです。そしたらおばさんが狼男と勘違いして。」

 「あ、何だ。そういうことだったのか。そうだよな。バラード君が狼男だなんて、はは、長い付き合いなんだ。狼っぽい仕草見たことないし。なんだ冗談か。」そう言って先輩は奥に戻っていった。

 「ふー、危なかった。」

 「ポルカ、ありがとう。」

 「そんなことより早く準備しなきゃ。このままだとバラードが狼になっちゃう。」

 ポルカがそう言った時、誰かが店にやってきた。

 「ポルカいる?」

 「あら、ロック。もう現れないでと言ったはずよ。あなたに話すことは何もないわ。」

 「ポルカ、実は話があって。あ、その前に。バラード君にこれ。」

 ロックはバッグから丸いフリスビーを出し、僕に差し出した。

 「それは、あ、まず、い…から、だ、が。ぐるる…ぐぁ!」

 俺は狼に変身した。最近は丸いものを見るとすぐに狼になってしまう。

 「バラード!ちょっとロック、何するのよ!」

 「まさか、本当に狼になるとは。」

 「ぐぁあ、ポルカ、俺から離れろ、ガルル…ハァ、ハァ、ヴァア。ダメ、ダッ。ガマンッデキッッナイッッ!」

 俺はポルカに襲いかかった。

 「キャー!」

 「危ない!」どんっ!

 ロックがぎりぎりのところでポルカを突き飛ばし、俺は本棚に突っ込んだ。

 「ご...ゴめン...グルル…最近自我を…ガルル…タモつ、のガたいへん..デ、辛うじてまだ…人の言葉はガルァ、喋れるけド。」

 俺は今顔はほぼ狼になっていて、四つん這いになっていた。手足にも毛が生えていて、まるで狼が服を着ているような姿になっていた。

 「大変!呪いが進行しているんだわ。」

 「おいおい、どうした。騒がしいぞ。」先輩が奥から出てきた。そして俺を見て

 「あああ、お、狼だ!」と叫んだ。その声が結構デカかったので、外にいた人もこちらを向いた。

 俺はやばいと思い、すぐにその場から逃げた。

 「待って、バラード。」

 「行くな!」

 ポルカはロックに止められた。

 「あなたのせいよ!あなたのせいでバラードが狼男だってことみんなにバレちゃったじゃない。しかも先輩にまで。」

 ポルカが先輩の方を向くと

 「はあ、びっくりしたけど狼男なんて初めて見た。すげえ。」先輩は感激していた。

 「まあ、先輩は怖がっていないみたいだけど、どちらにせよもうバラードここにはいれないわ。」

 「ごめん、ただ彼が本当に狼男なのかを確かめたかっただけなんだ。でもこれで確信した。あいつは化け物だということを。」

 「私、バラードの家にいくわ。」

 「おい、待てよ。何であんな化け物をそこまでかばうんだ。」

 「バラードを私は愛しているからよ。」

 「でもあいつは人間じゃない。あんなやつと結婚したら君は周りから化け物の妻だとみんなから避けられるぞ。」

 「それでも良いわ。」

 「俺じゃダメなのかよ!」

 一瞬その場がしらけた。そしてポルカは聞いた。

 「それはどういう意味。」

 「俺は今でもポルカ、君を愛しているんだ。この間のことは謝る。でも聞いてほしい。あれは決して浮気をしたんじゃない。」

 「ちょっと待って。もしかしてロック、あなた私とバラードを結婚させないようにするために彼に丸いものを見せて、みんなの前で狼にさせたのね。」

 「い、いやその、違うんだ。」

 「何が違うのよ。」

 ポルカはカンカンに怒っていた。

 「だってそうじゃない。あなたはきっと私と結婚したがっている。もちろん昔はあなたのことが好きだったわ。でも、その愛する人が幸せを掴もうとしているのにそれを邪魔するなんてひどいわ。もう知らない。」

 「ポルカ…」

 そう言うとポルカは店を出て行ってしまった。

 「はあ、こんなつもりじゃなかったのに。」

 ロックが落ち込んでいると先輩が話しかけてきた。

 「ねね、君さバラードの知り合いだよね。彼どうやって狼男になったの?もしかして狼と人間のハーフ?」

 「まだ興奮しているんですか…。」

 ロックは呆れた。

 「もし彼が狼になって暴れた時はソーセージをあげるといいらしいよ。本で読んだことがあるんだ。」

 「この人、オカルト的なものが好きなのかな。」

 ロックはため息をついた。

 狼に変身して6時間後、ようやく僕は人間に戻った。気づくと僕は森の中にいて、目の前に一匹の狸が倒れて死んでいた。そして口の中にほのかに血の味がしたのを感じた。

 「まずいな。狼になっている時、知らぬ間に人間の意識がなくなっているみたいだ。狼になっている時間も日に日に延びてるし。もうどこか遠くに行った方がいい。」

 僕は家に帰り、家の鏡を見た。そして僕は目を疑った。人間に戻っているはずなのに体には狼の毛が生えていて、耳も立っていた。

 「もう、人に戻っても狼ぽさが強く残るようになっテキタ…グルっな。あれ、今話し方変になったか。」

 僕はもう時間がないことはわかっていた。そして引っ越しの準備を始めた。するとチャイムの音が聞こえた。ドアを開けるとポルカが立っていた。そして僕はすぐにドアを閉めた。

 「危なかった、今の僕の姿は見せられない。」

 「どうしたの、バラード。私よポルカよ開けてちょうだい。」ポルカが聞いてきた。

 「今の僕と合わない方がいい。後悔する。」

 「だいぶ狼になってきたのね…大丈夫よ、私は狼のバラードでもいい。」

 「わかった…。」

 僕はゆっくりとドアを開けた。ポルカは予想以上に狼に近づいた僕を見て少し驚いた。だが、すぐに落ち着いて話始めた。

 「もう、あまり時間がないみたいね。」

 「ごめんね、ポルカ。僕、やっぱりもうここにはいられない。ポルカ別れよう。僕は遠くに行く。」

 「遠くってどこよ。」

 「それはわからない。でも、ポルカには迷惑をカケたくないし。」

 「ダメよ。このままだと本当にバラードは狼になっちゃう。絶対に人間に戻してあげるから。」

 「ポルカ、ごめん。アリがとう。」

 「喋り方も少し変になってきているわね、急がなきゃ。それじゃ、明日出発ね。早い方がいいでしょ。朝7時にバラードの家にいくから。」

 ポルカは家に帰り、出かける準備をした。すると電話がかかってきた。でてみるとゴスペルおばさんだった。

 「あ、もしもしポルカちゃん。こないだは一人で逃げてごめんね。でも何で狼男があの店にいたの?」

 「それはあの本屋で働いているからよ。それよりおばさん、1ヶ月後にまた式を挙げちゃだめかな?」

 「え、まさかあの狼男と結婚する気!絶対だめよ、彼は化け物よ。」

 「大丈夫よ。バラードはただ呪われているだけで、呪いがとけたら普通の人間に戻るの。だから明日から行ってくる。」

 「行ってくるってどこへ。」おばさんは心配そうに聞いた。

 「大昔、エンカーという魔法使いが住んでいた館。確か森の奥にあったはず。」

 「森はダメよ。危険な動物がいるって噂だわ。危ないわよ。」

 「大丈夫、バラードがついているから。」

 「何を証拠にそう言えるのよ。」おばさんは強い口調で聞いた。

 「愛の力よ。」

 ポルカはそう言って電話をきった。

 次の日、いよいよ出発の時が来た。僕の体はどんどん狼に近づいている。集合場所は僕の家の前になっていた。約束の時間になり、ポルカがやってきた。

 「おまたせ、行こっか。」

 「うん。今から車出すカラ乗ってよ。」

 僕たちは車で館まで行こうと考えていた。その時、

 「あの、俺も行っていいかな。」

 ポルカの後ろからロックが現れた。

 「あら、ロック。どうしてそこにいるの。」

 「実はやっぱり君が諦められなくて、それでもう一回話をしようと思ってポルカの家に行ったら出かけるのを見かけたからそれで。」

 「しつこいわよ、ロック。」

 「頼む、自分も連れて行ってくれ。」

 「どうする?バラード。私は嫌だけど。」

 ポルカが聞いた。

 「別にいいんじゃね。人数多い方が楽しいし、ロックだっけ?男が2人もイリゃあ心強い。」

 俺は車のハンドルを握っていた。

 「まあ、バラードがそこまで言うのならしょうがない。いいわ、特別に乗してあげる。」

 「ありがとう、ポルカ。バラード。」

 ロックも一緒に行くことになった。

 「んじゃ、飛ばしていくぜ。ヒャッホー。」

 俺たちは館に向けて出発した。

 「暇だったら自分のギター聴く?」

 ロックは持ってきていたギターを弾き始めた。

 「なんで、そんな物持っているのよ。聴きたくないわ。」ポルカは演奏を断った。

 俺たちはそのまま車で走っていき、館にある森の中に入った。しかし、そこでトラブルが起きた。地面に石でも落ちていたのかタイヤがパンクしてしまったのだ。

 「おい、まじかよ。シッカりしてくれよ。」

 俺はアクセルを踏んだがもう動かなかった。

 「しょうがねえな、おい降リロ。こっからは歩いていくぞ。」

 「わかった。」

 俺たち3人は車から降りた。朝に出発したので、今は真昼のはずだが森の中は薄暗かった。

 「なあ、バラード。お前性格変わったな。」ロックが聞いてきた。

 「そうナンだ。実はハンドルを握るとなんかわからないけど、テンションが急に上がルんだ。」

 「そ、そうなんだ。」

 「それにしても物騒な森ね。おばさんから聞いた話だと危険な動物がいるらしいわ。」

 その時僕は後ろから変な気配を感じたが気のせいだと思い、気にしないことにした。

 「えーと方角は…あっちね。」ポルカが元気よく歩き出した。

 僕とロックは後ろからついていった。

 「あのさ、ロックに聞キタかったんだけど、ドウシてポルカと別れたの?」

 「実は自分妹がいるんだけど、その妹が誕生日だったんで妹の家に行って誕生日パーティーをしたんだ。その時に写真を撮ったんだけどその写真の妹を別の彼女と勘違いされちゃって。まあ、事前に妹を紹介していなかった俺も悪いんだけど。」

 「そうなんダ、今でもポルカを愛してイルの?」

 「うん、彼女は自分のギターに惚れたらしくてね。」

 そう言うとロックは持ってきていたギターを少し弾いた。その瞬間に風が吹き始め、木々の葉がが僕たちを覆いかぶさるように揺れた。さっきよりも更に日差しが届かなくなった。すると周りからうめき声のような音を僕は耳にした。

 「キャー!」ポルカの悲鳴だ。

 僕とロックが駆けつけると、ポルカの目の前には一匹の狼がいた。そして気付くと僕たちは狼に周りを囲まれていた。

 「危険な動物って狼のことだったのね。」

 狼たちは今にも襲いかかってきそうだった。ガルル…。狼たちは唸っている。

 その声を聞いて僕の血が騒ぎ出した。

 「グルル…まずい..オオカミに...ナリ..そう...だ。」僕は苦しそうに言った。

 「どうして、丸いものを見ていないのに。」

 「ちがうよ、ポルカ。おそらくだんだん狼になってきている影響で、勝手に狼になっちゃうんだ。」

 「グラあ!」

 俺は自我がなくなり、狼になった。そして他の狼のように2人を睨みつけた。風がさっきより強くなった。

 「ちょっと、バラード。しっかりしてよ。」ポルカが叫んだ。

 「グルル…ポ..ポル…カ。」俺は必死に抵抗した。

 「良かった。まだバラードの自我はあるみたいね。でも、苦しそう。」ポルカが心配そうに俺を見ていた。

 「大丈夫、自分に任せて。」

 ロックはそう言うとカバンからソーセージを出した。そしてロックはそれを狼になったバラードになげ、バラードはそれを食べた。するとだんだんとバラードの自我が戻ってきた。

 「ごめ…ん、ポル…カ。」

 「大丈夫よ。それよりこの状況をなんとかしないと。」

 すると一匹の狼が近づいてきた。

 「僕が対応シテみる。狼になってキテルから、狼の言葉がわかるんだ。コワイけど…。」

 そう言うと僕は威嚇している一匹の狼に近づいた。

 「オマエタチハナニモノダ゙。ナニシニキタ。」狼が話しかけてきた。メスの狼でどうやらこの群れのボスらしい。

 「ボクタチハアヤシイモノジャナイ。マホウノツエヲテニイレルタメニキタ。」何とか話せるみたいだ。

 「ココハ、ワタシタチガトオサナイ。」

 その狼が言うには昔、祖先の狼が人間に追いかけられていた時エンカーに魔法で助けられた。そしてエンカーはその狼をペットにすることにした。狼の名前をメタルと名付けた。エンカーとメタルは仲良く暮らした。ある日、エンカーはメタルに仲間を増やしてあげようと信号機に呪いをかけた。だが、呪いにかかる者は現れずメタルとエンカーは死んだ。それからずっとエンカーが死んだ後も先祖を助けた恩返しとして、この館を守ってきたそうだ。それからメスの狼が言った。

 「オマエ、ワタシタチニニテイルガナニカガチガウ。」

 「ジツハボクハモトモトニンゲンナンダ。ソレデ、ニンゲンニモドルタメニマホウノツエガヒツヨウナンダ。」

 風がさっきより強くなってきた。するとまた俺の中の狼の自我がだんだん芽生え始めていた。

 「オオカミノノロイカ、ダガソレデモワタスワケニハイカナイ。」メスの狼がそう言うと周りの狼たちも僕たちに近づいてきた。

 「ねえ、バラード。これは…交渉決裂って..ことかな…。」ポルカが震える声で言った。もうダメだ。俺たちがそう思った時、急に強風が吹き付けた。その瞬間、メスの狼の近くにあった木が倒れ始めた。

 「アブナイ!」どんっ!

 俺は間一髪のところで、メスの狼を助けた。

 「ハァ、アブナカッタ。ダイジョウブ?」俺はメスの狼に聞いた。

 「アリガトウ、タスケテクレテ。」メスの狼は顔が赤くなっていた。

 「ワタシノナマエハ、ライ。アナタハ?」

 「オレハ、バラード。」

 どうやらライは俺に恋をしたらしい。

 「アナタハ、ニンゲンニモドッテドウスルノ?」

 「オレハ、ケッコンスルンダ。アソコニイル、ポルカト。」

 そう聞くとライは落ちこんだ。

 「ホットケバオオカミニナルデショ。ソレジャダメナノ?」

 「アア、オレニハタイセツナヒトガイル。」

 「ワカッタ、アナタナラシンジラレル。イキナサイ。」

 「アリガトウ。」

 俺たちはエンカーの館に向かった。後ろを振り向くとライが悲しそうにこっちを向いていた。さっき吹いていた風はもうやんでいた。

 「バラード大丈夫?何を話したの?」ポルカが聞いてきた。

 「別にタイシたこト..じゃナイ…よ。」また俺の中の血が騒ぎ出した。

 「大変、また狼に。」

 「自分に任せて。」

 ロックはまたソーセージを出して俺に投げた。俺はそれを食べ、何とか正気を取り戻した。

 「ありガトう。」そう言って俺たちは先に進んだ。

 そして館に着いた。中に入っても誰もいなかった。

 「本によると一番奥の部屋にエンカーの部屋があるらしいわ。きっとそこに魔法の杖があるはずよ。」

 ポルカがそう言ったので、俺たちが奥に行こうとすると周りにあった椅子や机などが急に動き出した。

 「一体何が起きているんだ。」ロックが驚いていると机がしゃべり出した。

 「ココハトオサン!」

 机がそう言うと椅子が俺たちめがけて飛んできた。なぜ家具が勝手に動いているのかはわからない。だが、きっとこれも魔法の杖を守るための仕掛けだろうと思った。

 俺たちが先に行けずに困っていたその時、ドアを開けて誰かが入ってきた。

 「ムヤミニヨケテイテモダメ。」ライだった。

 「キャー、さっきの狼まで来たわ。」

 そうか、俺以外の2人にはただ吠えているようにしか聞こえないのか。

 「2人とも、ヨケているダケではダめみたイダ。」

 「バラード、あの狼が話していることがわかるのか。だったらどうすればいいか聞いてくれ。」ロックが必死にギターを守りながら言った。

 「わかっタ。ライ、ドウシタライイ?」

 「エンカーハオンガクガスキダッタ。ヨクワレワレノソセン、メタルニモウタヲウタッテイタミタイ。ダカラオンガクヲカナデタラ、キットナカマダトオモッテモラエル。」

 「ワカッタ。」俺は返事をするとロックに言った。

 「ロック、ギターをひいテクれ。」

 「なんでこんな時に。」

 「いいカラ。」

 ロックはいやいやながらもギターを弾き始めた。すると周りの家具たちの動きが止まり、リズムに合わせて踊り出した。それを見てロックも気合が入り、まさにコンサートのようになった。

 「よし、バラード。今のうちよ。」

 「うん。」

 俺はポルカと一緒に奥に向かおうとした。だが、その時俺のところにノリノリで椅子が飛んできた。

 「アブナイ!」どんっ!

 ギリギリのところで俺はライに助けられた。

 「アリガトウ。タスケテクレルナンテ、ライ、ソコマデオレノコトヲ…。」

 「キニシナイデ、サキニイッテ。」

 「ワカッタ。」

 俺は返事をし、ポルカと一緒に部屋の奥に行った。

 部屋に入り、辺りを探すと魔法の杖らしきものが落ちていた。

 「きっとあれよ。」

 ポルカが拾おうとした時、杖から煙が上がり魔神のような姿になった。

 「マホウノチカラガ、ホシイカ?」魔神が聞いてきた。

 「ホシい…で..ス。」だんだん俺は言葉が話せなくなってきた。どうやらあまり俺に時間は残されていないらしい。

 俺たちが戸惑っているとロックとライが追いついてきた。

 「お待たせ。なんか急に家具がおとなしくなっちゃってさ、なぜかこの狼もついてきたんだけど…ってなんじゃこりゃ。」ロックが驚いていると、

 「ワタシガ、トメタ。」魔神がそう言った。

 グルル…グラア!ライが何か話し始めた。

 「エンカーハ、ツエカラマホウヲハツドウサセタママシンダ。ダカラ、マリョクガモレテイタセイデマジンヤ、カグガカッテニウゴキダシタ。」

 「そう…ナノ…か。」俺は納得した。

 「ワタシハ、シンヨウデキルモノニツエヲアタエル。」魔神は続けた。

 「オオカミノオトコ、オマニエハジュンスイナココロガアル。オレニハワカル。」そう言うと魔神は今度は少し不機嫌そうな口調で言った。

 「ノコリノオンナトオトコ、ナニカ、モメテイルヨウニミエル。ナニカアッタカ。」

 魔神が質問をするとポルカが言った。

 「えーもめているわ。ロックは私と婚約していたのに浮気をしていたのよ。」

 「いやだからあれは、自分の妹の誕生日パーティーの写真なんだってば。」

 ロックは必死に抵抗した。すると魔神は言った。

 「オトコガタダシイ、ウソツキハバツヲアタエル。」

 「え、嘘でしょ…。」

 魔神はポルカに向かってとあるビームを撃った。そのビームは撃たれるとわずか一週間で狼になるというものだった。だが、

 「危ない!」

 ロックがポルカをかばってそのビームをくらってしまった。倒れたロックにポルカが声をかけた。

 「どうして。どうして私をかばったのよ。」するとロックが答えた。

 「君を…愛しているからさ。自分は…ただ狼になった君を…見たくなかっただけ…サ。」

 「そんな…。」

 ポルカの目から涙が溢れ出した。

 「疑ってごめんなさい。そんなに私を愛してくれていたのに…気づいてあげられなくて…。」

 ポルカはロックを抱きしめた。

 「オオカミノオトコヨ、オマエナラシンヨウデキル。モウマリョクハ、ホボノコッテイナイ。アト、イッカイダケシカツカエナイ。」魔神がそう言った。

 「サア、バラード。ネガイヲイウノヨ。ニンゲンニモドッテシアワセニナッテ。アイシテル。」ライが悲しそうにそう言った。

 「ライ…。」俺は決意をした。

 「サア、ネガイヲイエ。」

 俺は叫んだ。

 「ロックの呪いを解いてくれ!」

 「ワカッタ。」

 そう言うと魔神は消え、魔法の杖も消えた。するとロックは急に元気になり、人間に戻った。ポルカは泣いて喜んだ。だが、それと同時に俺の人間の自我が消えかけていた。

 「どうして、バラード。どうして…人間に戻ろうとしなかったの!」

 ポルカは泣きながら言った。

 「イイ…んだ。グルル…ポルカを…イチバンあい…シテくれるのハ、ロックだト…おもっタンダ。それ…ガ、グルル…ポルカに…とっテ、イチばんしあわセ…だトオモッタから。」

 「バラード…。」

 ポルカは泣き崩れた。

 「ナカないデ…オレにハ、ベツの…タイセつなモノが…でキタカ…ら。」

 俺はライの方を見た。

 「さいゴニ…こレダ…け…アリガトウ。」

 この瞬間俺は人の言葉を話せなくなった。俺のありがとうはポルカに届いただろうか。俺は何度でも言う。アリガトウ。アリガトウ。

 だが、ポルカにはただ吠えている狼にしか見えなかった。しかしポルカも泣きながら言った。

 「ありがとう、愛してる…。」

 しだいに俺の中の人間の自我もなくなり、狼になってしまった。俺は大好きだったポルカを睨みつけ、ワオーンと吠えてライと一緒に森の奥に走って行った。

 その1ヶ月後、ポルカとロックは結婚した。

 ある日、ポルカが森の中で山菜を積んでいると遠くで一匹の小さな子どもの狼と親の狼を見かけた。楽しそうに走っているのを見てポルカは思った。

 今幸せだと。

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吠えろ 星ぶどう @Kazumina01

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