第2話


「兄ちゃん、今きれいな鳥が…」

「はいはい。」

 山中の森の中で、兄弟は薪を拾っていた。この日は天気が良いせいか、虫や鳥が多く飛び回っていた。彼らを見るたびにはしゃぐ平助を、太郎は最初はたしなめていたものの、もう疲れたのか今は適当に返事だけ返している。

「兄ちゃん、もう疲れたよ…」

「全然薪拾ってねえじゃねえか。ずっと騒いでるから体力使うんだ。」

「ちょっと休もうよ。」

「しょうがねえなあ。」

 太郎は薪を拾う手を止め、背負子を近くの木陰に下ろした。平助もそれに倣うと、すぐに太郎に言った。

「ねえ、さっきの白いのが何か見に行こう!」

「疲れたって言ってただろ。休まなくていいのか?」

「いいから早く!」

「薪拾うのが嫌だっただけでねえか。」

 太郎はため息をついたが、結局平助に手を引かれるまま着いて行った。

「あそこだよ!なんか白くなってるだ!」

「どこだ?そんなの見えないぞ?」

「ほら、頂上あたりの森が途切れて原っぱになってるところ!」

 太郎が言われて目を凝らしてみると確かに、緑の草原の中にうごめく不自然な白い点が一つあった。

「本当だ。それに何だか動いてるぞ。何かの獣かな?」

「ねえ、もっと近づいて見てみよう。」

「よせよ。上に登るのも疲れるし、よくわからない物に近づいたら危ないだよ。」

「じゃあいいよ。おいら一人で行ってくる。」

「あ、待て!」

 平助は勝手に一人で走って登って行ってしまった。太郎はそれを必死で追いかけるものの、薪拾いで体力を消耗していたため中々捕まえられない。結局、平助が立ち止まったところでようやく追いついた。

「言うことぐらいちゃんと聞け。もし死んだり怪我したらどうするんだ。」

 息も絶え絶えに太郎が言うが、平助は黙ったまま振り向きもしなかった。

「おい、聞いてるのか?」

「うさぎが…」

「え?」

 太郎が平助の指差した背の低い草むらの中を見てみると、罠に足を挟まれてじたばたと暴れている真っ白な一羽のうさぎがいた。なるほど先程のはうさぎだったのかと納得して、太郎は踵を返そうとした。

「あ、どこに行くだ?」

「もう白いのが何かわかったんだし、戻ってまた薪拾うぞ。」

「助けてやろうよ。かわいそうだよ。」

「猟師が仕掛けた罠に獲物がかかっているんだ。今うさぎを助けたらその人の生活はどうなるんだ?」

「じゃあ、こんなにかわいいうさぎを見殺しにするのか?」

「仕方ないだろ。そうしないと生きていけない人たちだっているんだ。」

「そんなのひどいよ…ううっ」

 幼い平助の目にみるみる涙が溜まった。

「ああ、もう泣くなよ面倒くさい。わかったよ、逃せばいいんだろ逃せば。」

 太郎はため息を付き、うさぎの前にしゃがみこんだ。

「この仕組みの罠なら見たことがある。すぐ外せると思うぞ。」

「わあ。さすがは兄ちゃんだ!」

 その時、近くで声がした。

「そろそろ何か捕まったかな?」

「ここ最近なかなか獲物が掛からないからなあ。猪の一匹でもいればいいんだが。」

 同時に近くの茂みから足音が聞こえた。

「うっ、まずい。罠を仕掛けた猟師達が帰ってきたのか。ずらかるぞ。」

 そう言う間にすでに罠を外した太郎は山の下の方へ走り始めた。

「平助、見つかる前にとっとと逃げろ!」

「兄ちゃん!この子さっき足を挟まれた時に怪我して走れないみたいなんだ。」

「なら抱えて走るんだ!」

「え、あ、うん。」

 二人は足音が出ないようにこっそりと、しかし急いで森に戻った。太郎が後ろを振り返ってみても、誰かがついてきている様子はなかった。どうやら気づかれずに済んだらしい。

「どうにか逃げ切れたか。」

「そうみたいだね。」

「あの人たちには申し訳ないことをしたな。本来なら謝りたいところだが、そんなことをしたら殺されるかも。」

「ねえ兄ちゃん、この子うちの家で飼えないかな?」

 太郎が首を横に振りながら言った。

「だめだよ。村に連れて帰ると、元気になったら逃げ出して作物を食い荒らすかもしれない。」

「でも、このままだと餌がとれなくて死んじゃうよ。」 

「うーん…」

 太郎は少し考えて言った。

「面倒だけど、足が治るまで山に餌を持ってきてあげるのはどうだ?」 

「その餌はどうするだ?」

「田んぼとか畑の雑草をやればいいんじゃねえか?」

「それがいいかも!兄ちゃん頭いい!」

「じゃあ、決まったところでそろそろまた薪拾うぞ。」

「えー。」

 そうして、二人はまた薪を拾い始めた。それから時間が経って、太郎の背負子がいっぱいになる頃には、彼はくたくたに疲れ果てていた。

「ふう、疲れた。よし平助、そろそろ切り上げて…平助?」

 ずっとかがんでいた太郎が体を起こして振り返ると、平助はうさぎを抱えたまま木に寄りかかって眠っていた。

「全く…結局薪も大して拾ってないじゃないか。まあ、まだ小さいし疲れるのも無理ないか。」

 太郎は苦笑いして平助の前にしゃがんだ。平助の手の中のうさぎを見ると、うさぎもまた平助に無防備に体を預けて眠っていた。先程会ったばかりだと言うのに、一体どうしてこんなに懐いているのだろう。小さい子供の純粋な心をうさぎは感じ取っているのか、あるいは自分を助けてくれたと認識しているのか。太郎がそんな事を考えつつうさぎの背を軽くなでてやると、うさぎはゆっくりと目を覚まし、平助の顔に自分の顔をこすりつけた。

「うーん…あれ?」

 すると平助も目を覚まし、キョトンとした顔で太郎の方を見た。

「ほら、帰るぞ。」

「帰る…あ、うん。わかった。」

 ようやく平助は我に返り、うさぎを下ろして脇においてあった背負子を背負った。

「それじゃあシロ、また来るからな。」

「もう名前までつけてたのか。」

「うん。真っ白な体してるからシロだ。」

「随分と仲良くなったな。」

 二人は山を降りながら後ろを振り返り、シロに手を降った。シロはつぶらな瞳で二人を見つめていた。

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