第3話


 「で、へルマン。この後はどうするんだい?」

 

 とある木造建築の建物の扉を開け放ちへルマンが外

へと出ると共に後ろについてきたミチェルが何とはな

しに聞いた。 

 今出てきた建物とは港街カーストンにて経営される

宿屋の一つである。 さきほど周囲の注目を引いてそ

の場を離れ彼女に連れ去られたへルマンはひとまず宿

を確保することを優先し、そしてこの街にて土地勘の

あるミチェルに案内されたのがこの宿屋であったとい

う話であった。


 彼女の問いかけにへルマンは顎に手をやって考える

素振りを見せた。


 「、、、そうですねぇ」


 ひとまず本日寝泊まりする宿は確保できた。しかし

それは出来たもののへルマンの手持ちの所持金は何と

も心許ない程度に少なく、故に次の目的はそう時間も

要する間でもなく早く決まることとなった。


 「まずは資金調達ですね」

 「あ? 金か?」

 「ええ、手持ちのお金が少ないのでまずはそれを何

  とかしなくては。 でなければ早くも明日にも僕

  は宿なしになってしまいます」

 「なーるほど。 オッケーオッケー」


 明日の宿がないというのは心許ないレベルではない

がミチェルはそこには突っ込まず後頭部に両手をやっ

て気楽な様子で了解した。

 

 「ちなみによぉ、僧侶様ってのはこういう時はどう

  やって金を調達するんだ?」

 「基本的に向こうでは教会から生活費が支給されて

  ました。 教会自体も各地に点在してましたので

  そこまで生活に苦労しませんでしたね」

 「へぇぇ、、、そいつは羨ましいこったなぁ。あた

  いらは毎日必死こいて魔物どもを殺して生活して

  るってのに」


 ミチェルはからかうように言うが無論そこに刺のあ

る嫌味などはなく彼女は心から羨ましいとも思ってい

るわけでもなかった。彼女はハンターとして生計を立

てることに満足していたからだ。

 へルマンもそれは理解していた故に気にせず続けて

言った。


 「しかしまあ、こちらの国においてイス・ヴィクト

  ーリア教はほとんど信仰されてませんのでその手

  は当然使えませんがね」


 イス・ヴィクトーリア教。それは主にへルマンの故

郷である国において最も広く一般的に信仰されている

宗教であり、国民のほぼ全てが信徒に属していた当時

その宗教勢力は絶大な力を誇っていたものだった。

 しかしこの海を越えた先にある帝国ラージアにおい

てはその力は惜しくも及ばず馴染みのないものとなっ

ている。

 

 そんな現状に仕方がないとばかりにへルマンはやれ

やれと肩を竦めさせた。 それに対しミチェルはなる

ほどとばかりに軽くため息をついて苦笑する。

 

 「まあ確かにこっちではイス・ヴィクトーリア教な

  んて信仰されてねえもんな。 こっちは大体のや

  つらはクリアンス教を信仰しててよ、あたいもど

  っちかってぇとクリアンス教側だ」

 「故郷がこちらならそうでしょうね」

 「ま、でも、向こうにいた時は普通にイス・ヴィク

  トーリアに祈ってたけどな」

 

 ミチェルはそう言うとニカリと笑った。 彼女は帝

国ラージア人である故に幼い頃よりクリアンス教の教

えを一応人並みに受けてきたものの、彼女は熱心な信

徒という訳ではなかった。

 郷に入らば郷に倣えというようにへルマンのいた国

にいた頃は彼女は当然のようにイス・ヴィクトーリア

教の神に祈りを捧げていたものだった。


 これにはへルマンも多少驚くものがあったのか目を

丸くした。


 「おや、向こうではわざわざ異教の神に祈ってたの

  ですか? 別に向こうでは異教を信ずることを禁

  止したりしているようなことはなかったはずです

  が」

 「へへ、そうは言ってもよく思わないやつはいるか

  らな。 面倒ごとに巻き込まれねぇよお、そうし

  てただけださ」

 「ああ、なるほど。 理解しました」

 「、、へへっ、僧侶的にはあたいみたいな尻軽な信

  徒はあんまよくなかったか?」


 ポリポリと頬を掻いてそう言う彼女の様子からも少

しは思うところがあったようだ。 事実としてミチェ

ルは開き直った素振りをしつつも一応はそういった教

えを受けてきた以上、心の隅ではこんなことをして本

当にいいのだろうか?といった多少の罪悪感は抱いて

いたのだった。

 彼女の問いにへルマンは首を振りながら微笑む。


 「いいえ。 それもまた人の世を生きていく上での

  一つの処世術であり、とても合理性がある。 な

  にも後ろ暗く思う必要はありませんよ」

 「、、、以外だな。 僧侶様のことだから多少は避

  難すると思ったのによ」 

 「ふふ。神は全てをお許しになられる。 我が神イ

  ス・ヴィクトーリアはあなたがいつ、どこで、な

  にを信じようとそれはあなたに持たされた自由で

  あるということを保障しておりますよ」


 彼のその言葉に今度はミチェルが目を丸くする番で

あった。 しかしそれもほんの数秒のことで彼女は徐

々にへルマンの言葉を理解していくと自然とその顔に

笑みを浮かべていった。 

 それは彼女の心の何処かにつかえていたであろうし

こりのようなものがキレイになくなったことを意味し

ていた。


 「へへっ、そっか。 ならよかったよ」


 再びニカリと気持ちのいい笑顔を浮かべると話を進

めるべく、それならよおと彼女は言った。


 「あんたが慕う神の教会がこっちにない以上教会頼

  みができないってんなら結局どうすんだ?

  まあよぉ、手っ取り早く金を稼ぐ方法なんざもう

  わかりきってることだけどよ、一応聞いといてや

  るよ!」


 今度はニヤニヤと何かを期待するようにへルマンへ

と言葉を投げ掛けたミチェル。 彼女は待ちきれない

とばかりにウズウズしているような素振りでありそれ

を意味するところはもはや明確でわかりきったことで

あった。

 彼女は根っからのハンターだったのだ。


 「ふふ、決まってますよ、、、」


 そしてそんな思惑が手に取るようにわかっていたへ

ルマンは言うまでもないとばかりに微笑みを浮かべて

悠然と言った。


 「ハンターズギルドで討伐依頼を受けるだけのこと

  です」







           #






 ハンターズギルドとは何か? それは主に魔物とい

った危険生物を狩ることを生業とした者達による集ま

りであり、また街の人々を魔物の脅威から守ることを

目的として国からの援助も受けている大きな一大組織

である。

 この組織における何よりの特徴とはハンターズギル

ドに国境はないといったところだ。 


 例えば彼へルマンのいた故郷の国にもハンターズギ

ルドというものは存在しており、そこでの実績や信用

といったものは帝国ラージアにおけるハンターズギル

ドにおいても正当なる評価の対象に値されそれは確か

な実績、信用としてこちらでもしっかり通用するとい

うことであった。



 「ここがギルドですか?」

 

 へルマンの問いにミチェルはこくりと頷く。


 「ああ! 港街カーストンにおけるハンターズギル

  ド『海人の狩人』だ。 あたいも昔はここのギル

  ドに世話になったもんさ!!」


 さて、彼へルマンがこの街に詳しい彼女ミチェルの

案内の元連れてこられてみたところ、そこにあったの

は『アマの狩人』と呼ばれる大きな木造建築物を構え

た組合組織であった。


 ギルドの出入口は腰元までしか届かない小さな扉が

設置されているのみでありギルド内と外部はいわば通

通といった状態だ。 遠目でも中の様子は多少は伺え

るようでそこは言ってみれば酒場といった様相を呈し

ている。


 「ははは。何だか懐かしいねぇ」

 

 ギルドの外観を見てはしみじみと呟くミチェルを後

ろにへルマンは扉を押し開きギルドの中へと足を踏み

入れた。


 カランコロン、、と入ると同時に涼やかなベルの音

が鳴り響く。それによってへルマンの入室がギルド内

に告げられるがしかしそれでもギルド内はとても騒が

しく、昼間からビールをあおぐ者達やはたまた馬鹿笑

いをして騒ぐ者達などそこはまさに荒くれものどもの

溜まり場であった。

 彼の入室に反応した者といえば出入り口近くのテー

ブル座席を居座っていた数名がちらりとへルマンを覗

き見る程度ですぐに興味を失った様子である。


 「おーおー、中もあんま変わってないねぇ。 あた

  いがいた頃とまんまじゃないかぁ」


 キョロキョロと視線を動かしギルドの内装を見やる

とミチェルはまたもや懐かしそうにその顔を和やかに

緩めた。 ちなみにテーブル座席で騒ぐ彼らに対して

はまるでそれがハンターズギルドにおける普通である

かのように気にも止めていなかった。


 懐かしむ彼女を横目で見ていると、ここを最後に国

を離れたのは何年前になるのか?と聞きたくなるへル

マンであったが今はそれよりも他に聞くべきことがあ

った。

 彼は後ろにいる彼女に振り返って言った。


 「そういえばミチェルさん、あなたはハンターとし

  てそれなりに長いようですがハンターズランクは

  いくつなのですか?」


 ハンターズランクとは各個人のハンターに与えられ   

る位分けの等級である。 主に五段階で位分けをされ

るそれは最低位EからD、Cと上がっていく様式となっ

ておりCランクで中堅、Bランクになって一流と謳わ

れる風潮がそこにある。


 ちなみにへルマンのハンターズランクはD級といっ

たハンターとしては並み以下の位置におり、これは彼

がこれまでハンターとしての活動をあまりしていなか

ったことが原因とされる。

 彼の質問に対しミチェルは両手を腰に当てるといい

顔をして言った。


 「あたいか? あたいはBランクさ。 腕には結構

  自信があるよ!」


 胸を張って自慢気である。加えて、もし大物を狩り

にいくつもりなら大船に乗ったつもりでいてくれよと

言って力こぶをつくる程であった。


 事実これは凄いことである。魔物という危険な生き

物との戦いを主とする職業柄、女性ハンターというの

はこの界隈にてとても少数派であり力自慢の荒くれも

の共が跋扈するこの中で彼ら女性が力を示し高い地位

を確保することなど滅多にできることではなかったの

だ。

 その事実を踏まえへルマンもまた、ほお、、と感心

するように頷く。

 

 「Bランクですか、意外にもかなり高いですね」

 「へへっ、どうだすごいだろ?」

 「ええ、普通に驚きましたよ」

 「ふふん、もっと誉めてもいいぞ!」

 

 ふふんと鼻を高くしてお調子者のを演じる彼女。だ

かそこにあるのは調子に乗るというよりは頼りになる

といった姉御肌感が強くへルマンは素直に感心する他

なかった。


 「へへ、ちなみによぉ、そういうへルマンはどうな

  んだい?」


 ニカニカしながらそう問いかける彼女の瞳にはきっ

と高ランクなのだろうという期待の念がありありとし

ておりへルマンはそれを理解しながらも少し間を空け

ると軽い口調で言った。


 「、、、ふふ、申し訳ありませんが僕はDランクで

  すよ」


 その言葉にえッ!?と一言呟きミチェルはとても驚

いた様子を見せた。事実彼女は全くもって予想だにし

ていなかったのである。

 それもそのはず、彼女はそれなりの経験豊富なベテ

ランハンターだ。 その過去の経験の中においても数

少ないとされる回復術の使い手である僧侶を数多く見

てきた彼女だからこそわかることだが、その数多見て

きた僧侶達の中でさえ完全に欠損した身体を治すほど

の回復術の使い手など一人もいなかったのである。


 ゆえにへルマンほどの回復術の使い手がハンターズ

ランクDという低い等級とは思いもしない出来事なの

であった。


 「え、、えっ!?いや、え? 嘘だろ!?」

 「いいえ、本当ですよ。ほら、この通りギルド証に

  だって書いてありますでしょう?」


 ごそごそとポケットを突っ込んでほらと手渡してき

たへルマンの手の中には鉄製のプレートが付随した首

飾りが一つ、これこそがハンターズギルドが各人に配

布するギルド証であった。 ミチェルがマジマジとそ

れを手にとって見るとそのプレートには確かに彼の言

う通りDというランクを示す文字とヘルマン・ペッシ

ブという文字が書き刻まれていたのだ。

 嘘偽りない事実に彼女は再度驚愕した。


 「ま、マジかよ!?え、でもアンタ、あたしの失く

  なった左手を元に戻せるくらいの奇跡の使い手じ

  ゃないか。 それなのにDランクっておかしいぜ?

  アンタの場合、最低でもBはあるぞ」

 「おや。それはそれは、高位のハンター様にそう評

  価して頂けるとは光栄ですね」


 へルマンは軽く笑うと続けて言った。


 「しかしこれも仕方のないことです。 向こうでは

  資金の工面は教会の方で手配してくれましたから

  ハンターズギルドに頼ることがあまりなかったん

  ですよ。 ハンターとしての活動をあまりしてこ

  なかった以上、ランクが低いままであるのもある

  意味当たり前のことなのですよ」

 「、、う、うーん、そうなのか。でも、なぁ、、」


 ハンターとして実績を積み重ねてない以上ハンター

ランクは上がらないという簡潔明瞭なその事実に対し

納得はしつつもどこか渋い顔を見せるミチェルであっ

た。 それだけ彼女はへルマンの僧侶としての腕を評

価していたのだ。

 しかしすぐにそののち、悩んでも仕方ないと思った

のか首をぶんぶんと横に振り払うと気持ちを切り替え

るように言った。


 「おしっ!!わかった!! ならなおさらアンタは

  あたいを頼ってくれよ。ばんばん一緒に魔物共を

  狩っていってアンタのハンターズランクだってす

  ぐさまBランクまで上げてやるよ!!」


 姉御肌極まるとはまさにこのことだ。 頼もしい笑

顔とともにサムズアップを見せる彼女に対しへルマン

は微笑みながらも素直にその厚意を受け取った。


 「ええ、ありがとうございます。 頼りにしており

  ますよ」

 「へへっ、おう!!まかせろ!!」





          #



 さて、立ち話ながらも話が一区切りついたところで

へルマンはさっそくなすべきことを為すために行動へ

と移した。なすべきこと、それはつまりギルドへの名

前登録のことでありまずは正式にギルドのメンバーに

ならなければそもそもギルドの依頼すらもまとも受け

ることが叶わないのである。 これは一種の身分証明

でもあった。


 ギルドの受付に行くと長いカウンターテーブルが備

え付けられ受付嬢達が各定位置で並んでは各人それぞ

れがハンター達と話し込んでるといった状況だ。どこ

もかしこも対応中でそんな中へルマンは一人空いてい

る受付嬢を見つけると彼女の元へと歩み寄った。


 「少しよろしいでしょうか?」

 「はい、いかがなさいましたか、、って、あら?」


 受付嬢は物珍しげにへルマンの姿を見ては軽く驚く

様子を見せた。 しかしそれもそのはず、ハンターと

いう界隈において僧侶とは数少ない存在。 そんな中

見慣れない新しい顔ぶれの僧侶が顔を見せたとなれば

多少なりとも驚くものであるのだ。

 しかし受付嬢もプロである。すぐさま自らの役割を

思い出すといつもの営業スマイルへと表情を整えて朗

らかに言った。


 「初めて見られる顔の僧侶様ですね! ハンターに

  なられに来られたんですか?」

 「いえ、僕はもうハンター登録自体は済ましていま

  す。 ただこの度は遠いところからこの地に来た

  次第でしてありまして、ここで依頼を受けたいと

  思うのですが、、」

 「ああっなるほど!! 名簿登録ですね? 承りま

  した。ではギルド証を見せて頂いてもよろしいで

  すか?」

 「ええ、どうぞ」


 へルマンは首飾りのギルド証を彼女へと手渡すと受

付嬢は、ではお預かりしますねと元気よく言ってその

首飾りを丁寧に受け取った。 

 その後いくつかの質疑応答を繰り返し名簿登録は筒

はなく終えてひとまずやるべきことが一つ終わったと

いったところであったがしかし、へルマンがイス・ヴ

ィクトーリア教の僧侶であることが分かると受付嬢は

何やら眉をひそめる様子を見せた。

 

 「、、、イス・ヴィクトーリア教ですか、、」

 

 ぽつんと呟かれた受付嬢の言葉にへルマンもまたや

や訝しげに尋ねる。


 「あの、、何か問題でもあったのでしょうか?」

 「い、いえいえ!別にそういう訳じゃないんですけ

  ども。 ただイス・ヴィクトーリア教の僧侶様で

  あるということでしたらあまりそのことを公言し

  ないようにした方がよろしいかと、、」


 ただイス・ヴィクトーリア教の、から先の言葉は声

を潜めて話す受付嬢に対しへルマンはすぐさま彼女の

その意図について把握した。 

 ああ、なるほどと納得するように呟く。宗教でよく

ある問題だ。ここでもまた異教に対し良く思わない者

達が一定数存在するのだろうということであった。

 そして実際そうであった。


 「はは、分かりました。ご忠告ありがとうございま

  す」


 声を潜めては自身を配慮してくれる受付嬢に対しへ

ルマンは素直に微笑みを浮かべてお礼を言うがしかし

、実際その彼女の配慮がいかに無駄であるかは彼自身

が大いに理解していたのであった。 

 そう、事実意味がないのだ。 受付嬢は宗教に関

して疎かったのだろうがへルマンはその両耳にイス・

ヴィクトーリア教の象徴を象った紋様のあるピアスを

しており、また何よりも極めつけにはその紋様の入っ

た飾りが至るところに付随するロングコートを纏って

いるのである。 見る人が見れば彼が異教徒であるこ

となど一発でお見通しなのであった。


 故にこうなることはある種の当然帰結であった。


 「おいッ!!!」

 

 突然の怒鳴り声。それは本当に突然のことであり野

太い大きな拳が受付のカウンターテーブルへと強く叩

きつけられると、ドンッという甲高い音がギルド内へ

と広く響き渡ったのだった。 

 そして間髪入れずにその声の主がさらにまた怒鳴り

付けるように言ったのである。



 「テメエぇ、異教徒のクソ僧侶だろお!!?」


 まさに今この時、受付嬢の心ある配慮が完全に無に

返した瞬間であった。









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僧侶が魔王を倒しに行ったった件についてwwww 上下反転クリアランス @reidesu

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