愛を誓う

ここみさん

愛を誓う

「私なんて、いつ死んでもいいわよ」

これは親友の柊真冬が口癖のように言っていた言葉だ

そしてその言葉が、思春期にありがちな自死を望む浅い言葉ではなく、本心からの想いであることを知ったのは世界が変わったあの日からだ

一年前、世界が変わった

「柊真冬さんと甘利春香さんですね。私はこういうものです」

いつものように学校からの帰り道、数か月後に控えた高校受験の話をしながら、私と柊真冬(あだ名はひぃちゃん)の前に、黒塗りの高級車が止まり、中からいかにも胡散臭いおじさんが現れた

「あなたは」

ひぃちゃんは反射的に私を庇うように前に出た。物怖じせず、堂々と相手の目を見て、その長く綺麗な黒髪をはためかせ立ち向かうその姿は、私にとってヒーローそのものだった

「私は異界生物対策部署の五十嵐と申します」

「…異界生物?」

「駄目よ甘利さん、この手の変人に反応しては。行きましょう」

「…柊深夏さんに甘利秋子さんでしたっけ」

私の手を引き、男の横を通り過ぎようとしたところに、聞きなれた二人の名前が挙げられた

「どうして私たちのお母さんの名前を…」

「どうか、お話だけでも聞いてくれませんか」

自慢じゃないが、私はあまり察しの良いほうではない。だからこの時は本当に、どうして急に自分とひぃちゃんのお母さんの名前が出てきたのかわからなかった。だけどひぃちゃんは違った

普段から感情が分かりにくく、私のように五年以上一緒にいないと喜怒哀楽がわからない女の子ではあるけど、この瞬間は誰が見ても怒っていることが分かった

「甘利さんは家に帰してもいいかしら。話なら私が聞くわ」

「えぇ、我々が話があるのは柊さんだけですので。甘利さんは言わば保険ですね」

「…そういうわけだから甘利さん、急用ができたわ。一緒に帰れなくてごめんなさい」

「え?待って、知らない人について行くのは危ないんじゃ」

「気にしなくて良いわよ、いつも言っているでしょ。私なんていつ死んでも、どうなっても良いって。甘利さんが無事ならそれで良いって。大丈夫、絶対にあなたに危害が加わるようなことにはしないから」

私の両手を掴んで、そのまま引き寄せられ抱きしめられた

ひぃちゃんの細くて柔らかい腕、優しい香りに包まれる

ひぃちゃん曰く、私を抱きしめるとどんな逆境も乗り越えられる、そんな気になるらしい。私も大好きなひぃちゃんに抱きしめられて、胸がポカポカする

「それじゃあ行ってくるわね、また明日」

私を数秒抱きしめると、耳元でそう囁き、誰にも見えないよう頬にキスをした

「詳しい話は目的地でもしますが、車の中である程度させていただきます」

「準備が良いわね、当然と言えば当然かしら。だけどまず、甘利さんの関わっている情報、それらすべて廃棄してくれないかしら。それがこの車に乗る条件よ」

そんなやり取りを見ていることしかできない私は、自身の無力さに情けなくなった

その翌日、私は嫌な焦燥感に駆られ朝早くにひぃちゃんの家に訪れ、インターフォンを鳴らした。昨日あの後どんな話をしたのか、どうして私たちのことを知っていたのか、それらは確かに気になったけど、まずは何より元気なひぃちゃんの姿が見たかったからだ

「甘利さん、どうしたのこんな朝早くに」

玄関から出てきたひぃちゃんは、私の急な訪問に戸惑っているが、私はそれ以上に戸惑った

「ひぃちゃん、どうしたのその腕は、それにその顔の絆創膏は」

右腕は包帯がまかれギプスで固定され、顔には四か所に絆創膏が張られている。昨日別れた姿とは比べ物にならない

「これは、その、ちょっと転んじゃって」

「嘘、だよね。私が何年ひぃちゃんと一緒にいると思っているの。昨日あの後あの人に何かされたんだね、許せない、ひぃちゃんの綺麗な腕や顔をこんなにするなんて。お父さんやお母さんには相談したの?警察は?」

「待って甘利さん、落ち着いて」

「落ち着けるわけないでしょ、私の大切なひぃちゃんだもん、こんな目に遭っていいはずがない。とりあえずその様子だと病院には行ったと思うから、警察だよね、えっと110番だから」

携帯を取り出したところで、ひぃちゃんは自由な左腕で私を抱きしめてその動きを制止した

「落ち着いて、ね?」

「…ズルいよ、そんな風に止められたら話を聞くしかないじゃない」

私は取り出した携帯で学校に休む連絡を入れて、ひぃちゃんの家に上がり込んだ

ひぃちゃんの内心と事情を知っているのか、ひぃちゃんのお母さんは、私のことを歓迎してくれた

「それで、まずその怪我の原因を聞かせて」

「その前に、昨日のあの後のことを話すわ。そっちの方がスムーズに怪我の話もできるから」

そこからひぃちゃんの口から聞かされた話は私の世界を変えるには十分だった

「世界には異界と呼ばれる別の世界があって、そこに住んでいる生物たちが地球を侵略しようと頻繁にこっちに来ているらしいわ」

「その侵略者を追い払うために戦っている組織が昨日の異界生物対策部署の人たちらしいの」

「私は、その異界からの侵略者に対抗できる装備を操る素質があるみたいで、昨日スカウトされたわ」

「この刀がその武器なんだけど、昨日いきなり本番で異界からの生物と戦わされたわ」

「この怪我はその時に、一緒に戦っている人を守るために負ったの。あ、勿論恩着せがましく言っているわけじゃないわよ、どうせ私なんていつ死んでも良いんだから、死んでいい人間がリスクを負った方が効率的でしょ」

ひぃちゃんの話をまとめると大体こんな感じだった

私はこの時初めて、ひぃちゃんのことを心底怖いと思ってしまった

昔から何回か聞いて、そのたびに何度も宥めてきたけど、本当に大怪我をしているのに、何の気はなしに「私なんていつ死んでも良いんだから」と言ってしまっているひぃちゃんが、私には恐ろしかった

「…いきなりこんな荒唐無稽な話を聞かされたらそんな顔もするわよね。私だって、この刀を渡されるまで信じられなかったもの」

私が絶句している理由を勘違いしている

「そんなことないよ、信じるよ。ひぃちゃんは今まで私に嘘をついたことないもの」

「フフッ、ありがとう」

嘘であってほしかった

いつ死んでもいいと思っていることが、嘘であってほしかった。ひぃちゃんの数少ない冗談、嘘だと思っていたけど、それは全て本当のことで本音だったんだ

「ねぇひぃちゃん、怪我しちゃったとはいえ、その異界からの侵略者はもうやっつけたんだよね」

「そうね、今回は撃退できたわ」

「今回…」

「えぇ、また来るらしいわ」

「誰か別の人に代わってもらえないの。自衛隊の人とか、軍隊とか」

「…ごめんなさい」

「ひぃちゃんが謝ることじゃないよ。ねぇ、私に何かできることとか無いかな、ひぃちゃんのためなら何でもするよ」

「ありがとう甘利さん。なら、またこうやって一緒にお話してくれるかしら、そして、その甘利さんがよかったらだけど、いつものようにギュッとさせてほしいの」

「そんなこと、言われなくても全然OKだよ。ほら、今日だって、ぎゅ~」

優しく、怪我をしているところにはできるだけ負荷をかけないように、ひぃちゃんを抱きしめた

それから一か月おきくらいにひぃちゃんは戦っているらしい。骨折は最初の一回だけだったけど、それでも戦いがあった翌日はひぃちゃんの体はボロボロで、見ているこっちが辛くなるほどだった

何もできない情けなさで胸がいっぱいで、ひぃちゃんの痛々しい姿で心が苦しくなって、ひぃちゃんの心のあり方で体が震えた

だけどそんな気持ちですら、私には抱く権利はない。本当に怖くて辛くて胸がいっぱいで震えているのは、命がけで戦っているひぃちゃんなのだから

「だから、少しでもひぃちゃんの様子が知りたいんです」

「お久しぶりですね甘利さん、よく半年も前のことを覚えていらっしゃいましたね」

私は休日にひぃちゃんに内緒で五十嵐さんに会った。良くないことだけど、ひぃちゃんの持っていた五十嵐さんの名刺から連絡先をメモし、なんとか直接の面会までこぎつけた

「確かに柊さんは他の方々と比べて、少々、いえ、かなり危ないところがありますね」

「戦っているところに連れていってくれたりとかは」

「それは流石にできませんよ。ですが、研究のために映像を撮ったのでそれを見せるくらいでしたら」

持ってきているノートパソコンを起動させた

「ここに移っていることは他言無用でお願いします。いえそもそも、柊さんにも家族以外には他言しないようお願いしたのですが」

「私とひぃちゃんは家族みたいなものですから」

「…そう言うことにしておきましょう」

話ているうちに映像が流れだした

どこだかわからない森林の、何もない空間からいきなり穴が開いたところから始まった

話には聞いていたし、ある程度予想はしていたけれど、その映像はその範疇を超えていた

トカゲやトラのような異界からの侵略者や、不思議な力で飛び回りながら戦う姿が、ではない。ひぃちゃんの戦い方だ

刀という近接武器であることを差し引いても、敵の攻撃を受けながらの接近、自身を囮にした援護、当たり前の顔の身代わり、極めつけは敵の鋭い牙で噛みつかれ、その牙で自らの体を刺して固定させて眉間を刀で貫くトドメの刺し方

「こんな…いつ死んでもおかしくないじゃないですか」

「はい、よく仰ってましたよ、自分なんていつ死んでもいいと」

私はいてもたってもいられなくなり走り出した

「ひぃちゃん」

「ど、どうしたの甘利さん、そんな血相を変えて、息を切らして」

ひぃちゃんの家についた私は、預かっている合鍵を使って中に入り、部屋のドアを壊れんばかりの勢いで開けた

「何か急用かしら、それなら携帯で…」

言い切る前にひぃちゃんをベットに押し倒して、服をまくり上げた

「ちょ、やめて甘利さん、流石にそれは…」

顔を赤くし、抵抗を試みるひぃちゃん

その抵抗も虚しく両手を押さえつけて、私はひぃちゃんの肌着もまくり、そのきれいな上半身が露になった。が、ことはそんな色っぽい話ではない

そこには、今までの怪我とは比べ物にならないほどの傷跡や治療の跡、包帯があった

「どうして黙ってたの」

「あの…甘利さん、流石に恥ずかしいのだけど」

「どうして黙ってたのかって聞いているの」

感情に任せて怒鳴った

「心配…かけたくなくて…」

「バカッ、なんでそんなこと気にするの。心配させてよ、痛いなら痛いって言ってよ、辛いなら辛いって言ってよ、怖いなら怖いって言ってよ」

「ごめんなさい、初めて怪我したときに甘利さんがあんなにも取り乱すとは思わなくて、できる限り隠した方が良いと思ったの。甘利さんには、普通に過ごしてほしかったから」

「普通に過ごすって何、ひぃちゃんがこんな目に遭っているのに私だけのうのうと普通に過ごせっていうの。馬鹿にするのもいい加減にして、私はひぃちゃんの親友なの、確かに私は何もできないけど、だからこそ心配くらいさせてよ、親友が辛い目に遭っているのにそれを知らないなんて絶対にイヤ」

「それについては、本当にごめんなさい。だけど安心して、確かに痛いけど、辛いとか怖いとかは思ってないわ」

なんて的外れな主張何だろう。それが余計に腹立たしい

「私なんていつ死んでも良いから、だっけ」

「えぇ、私の命で甘利さんの普通が守られるなら安いものでしょ」

「そこが昔から理解できない。何でひぃちゃんは自分の価値をそんなに低く見積もっているの。考え方は人それぞれだと思うから、今まで宥める程度だったけど、こうなってくると流石に口出ししたくなるよ。ひぃちゃんの価値はそんな簡単に捨てられるほど安くない」

「それは逆よ、甘利さんこそ自分の価値を低く見積もっているわ。あなたは私の命なんかじゃ到底及ばない、そんなあなたを守るためなら辛くもないし怖くもないわ。あなたのためなら、私はなんだってする」

新年の籠った揺るがない瞳が私を射抜く。いつもの、私の憧れたヒーローのような瞳で

「…あまりこういうことを言いたくないけど、ごめん、本当にごめん。ひぃちゃん、あなた怖いよ、私のためなら笑って死ねるあなたが怖い」

「自覚はあるわ、私は重い女だって」

「でも、それがひぃちゃんなんだよね」

「軽蔑した?」

「するわけないよ。ひぃちゃんの言葉がそういう意味だと分かって良かった」

両手の拘束を解いた

結局私たちは似た者同士だったのだ。ひぃちゃんのために何かできないかと色々考える私と、私のために命懸けで戦うひぃちゃん、きっとひぃちゃんは世界が変わる前から私のために戦ってくれていたんだろう

「だけどひぃちゃんが自分の価値を低く見積もっているところは納得できない。私のために命を懸けるなら文句は言わない、それがひぃちゃんなりの信念と覚悟なんだから、外野が水を差すことなんかできるわけない。だけど、私以外のためにひぃちゃんが痛い思いをしたり苦しんだり怖かったりするのは許せない」

そこで私はひぃちゃんの唇を自らの唇で触れた

お互いの顔が真っ赤になる

「ひぃちゃんは私のだから、私以外のために命を懸けないで」

「は、はい」

「私はね、ひぃちゃんが辛い思いをするくらいなら、侵略された方がマシだって思う。私は世界と愛する人のどちらかを選ぶんだったら、愛する人を選ぶ」

勿論心中なんてするつもりはない、普通に100歳くらいまで生きたい。だけど

「ひぃちゃんの愛を感じられないまま生きたって楽しくない、面白くない、嬉しくない」

だから私以外の前でもう二度と「私なんていつ死んでもいい」と言わないでほしい

「誓うわ。私が死ぬときはあなたのために死ぬ、あなたを愛して死ぬ」

「私も誓う。ひぃちゃんからの愛を受け止める、どんなに重くても苦しくても、それがひぃちゃんのなら絶対それを手放したりなんかしない」

再び私たちはキスをした

愛を誓い合う、誓いのキスだ

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愛を誓う ここみさん @kokomi3

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