第2話
この世には毒を宿す鳥がいる。その毒に捉えられたが最後、ほんの一寸の毒が
その毒には解毒の
けれど、瑞国の名家、董一族はその毒を完全に制することができた。代々鴆を飼育し、その血肉を食すことで毒に耐性をつけた彼らは世界で唯一鴆を使役できる人間だ。
そんな彼らを保有する瑞国は小国ながらも鴆毒よって他国を牽制し、強国へとなった。
董一族はその生き様から
きっと、父や母が言っていたように苦しみの中、死んでいくものとばかり思っていた。
しかし、末姫はひどく大人びいた少女で、全てを諦めた目をしていた。キリルに向かって
今もキリルが勢いよく末姫——寿莉の髪を
「すみません! 痛かったですよね?!」
少女の狗となり、二年の月日が経った。瑞語もだいぶ操れるようになった。
キリルは小さな背中を覆い隠す黒髪に触れた。櫛目に絡まった髪を解こうとするが、キリルの手を覆う革製の手袋のせいで細やかな動きができないのがもどかしい。
「大丈夫。
「そんなっ、勿体ないですよ!」
キリルはどうにか櫛と髪を引き離そうとする。いっそのこと、素手で触れてしまえば楽なのだが、寿莉の髪に素手で触れればキリルの手は見るも無惨に荒れ果ててしまう。
苦戦しつつも、やっとことで分離させることに成功した。
「そろそろ奉納の時期ですね。いつ切りますか?」
血も汗も、その身は全て毒となる董家の人間は年に一度、散髪した髪を国に奉納する決まりだ。キリルの提案に寿莉は鏡越しに視線を送った。自らの吐息ひとつがキリルにとって毒となることを理解した上での行動だ。彼女は絶対に、近距離で顔を合わせることはしない。
「ねえ、キリル。お前は
キリルは両目を瞬かせた。またこの質問かと
「俺に帰る場所なんてありませんから」
「今宵、陛下がお渡りになるわ。キリルが望むのなら宝玉を与えて、新しい住居を建設しくれるはずよ」
「興味ありません」
「お前はわたしの側に二年もついたのよ。そろそろ役目を終えたいと思わない?」
突き放すような、けれど、どこかすがるような響きを持った声音にキリルは小さく笑う。
「俺はこの先もあなたの側に仕えたと思っています」
それっきり寿莉は黙り込む。二年の歳月を共にしても、キリルには寿莉の考えは分からない。
***
寿莉は瑞王の
——は、一切ないことはこの二年間でよく分かっていた。
瑞王との面会は二、三ヶ月に一度、大広間にて行われる。寿莉は何重にも
両者の間には垂れ幕が下がり、距離がある。寿莉の毒に侵されないための策だとしても、まるで汚物のような扱いはキリルにとって不快でしかない。
後宮で暮らす寿莉は、本家と比べて
「久しいな。寿莉」
キリルの心情を知らない二人は笑うこともなく、義務的に会話をする。
と、言っても喋るのは瑞王だけで、寿莉は顎を引くだけだが。
言葉に表さずとも瑞王の機嫌は損なわない。寿莉が喋る方が危険だと考えているからだ。
「君の父上から預かった」
瑞王が背後に視線を送ると、従者が月白色の箱を運んできた。大人が抱えなければ持てないほどの大きさだ。
「それでは私は帰らせてもらう」
箱がキリルの手に渡ったのを確認すると、瑞王は早々に去っていく。
瑞王の姿が見えなくなると寿莉は大きく息を吐いた。
「……なぜ、くるのかしら」
「寿莉様に会いに来られているのですよ」
「お父様の機嫌を伺うためにね。董家の後ろ盾がなければ、こんな小国なんてすぐ侵略されてしまうもの」
つい、と寿莉は箱に視線を投げる。眉間に皺を作り、嫌悪の表情を浮かべた。
しばらく考え込んだ後、寿莉はキリルの名を呼んだ。
「離れなさい」
命じられるままに壁際へと下がる。
キリルがきちんと距離を置いたのを確認してから寿莉は箱を開けた。中には木箱が仕舞われている。その次も木箱で、最後の一つは鉄製だ。
「いつまでこうしなきゃいけないのかしら」
鉄箱の蓋を開けると寿莉は手を突っ込み、指先でそれをつまみ上げた。あらわれたのは鮮やか羽を持つ鴆の死体である。
「わたしは、毒に耐性をつける必要はないのに」
寿莉は、
「毒を喰らわなければ、普通になれるのに」
寿莉は自嘲すると鴆の羽根を毟り取り、口へと運んだ。毒を味わうために。
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