15 星芒 (9)

「つぶれて消えろおっ!」

 キヨミの右腕が前方に突き出される。

 シノブに向って、突進してくるヘリコプター。

 シノブの視界が真っ黒に染まる。

 給水タンクに激突したヘリコプターは、ローターが折れ、テイルブームが曲がり、割れたウインドウをまき散らしながら、シノブの体を潰していく。

 シノブの全身が潰されてしまったかどうかも確認が不可能なほど、タンクは凹み、ヘリコプターはそのなかに食い込んでいく。

「うおおおおおっ!」

 キヨミはそれでも手をゆるめない。

 さらなる力を込めて、サイコキネシスで、ヘリコプターを押しつづける。

 もはや、給水タンクとヘリコプターがひとかたまりの鉄クズと化したと見えたとき、燃料に電気系統のスパークが引火したか、轟音とともに大爆発を起こした。

 火の粉を一面に散乱させ、ヘリコプターとタンクの鉄の塊がヘリポートのすみに倒れ落ちる。

 地面に倒れた残骸は、炎を周囲に広げ、天空を紅蓮に染める。

 その真紅の炎を目にうつし、キヨミは勝利を確信した。

「あ、あはははは、あはははは!」

 狂喜の哄笑が彼女の口からほとばしる。

「あーーーーっはははははっ!やった、やった!」

 キヨミはみずからの勝利に乱酔したように、笑いつづけた。

 その声は、延々と続く。その声はビルの屋上に響きわたる。勝利の栄冠を胸に、彼女の笑声は凱歌を奏でる。

 やがて、ふいに笑い声がやむ。

 彼女の心に、突如として不安がきざした。

「イサミちゃんっ」

 そうだ、イサミだ。

 はやくイサミの遺体を回収しなくては。

 過去の記憶がないまま、新しい体のイサミを転生させても、それはもとのイサミではない。

 ――それでも私を愛してくれるかしら、私の愛を受け入れてくれるかしら。

 不安が、まるで恐怖を生み出したかのように、彼女を憂慮させる。

 いや、とにかく、イサミのもとへゆこう。記憶脳さえ無事なら、転生したイサミと永遠に愛し合えるのだ。

 キヨミは、不安を打ち消すように頭を振って、ヘリポートの階段にむかって歩き出す。

 刹那。

 背後で燃えさかるヘリコプターが大爆発を起こした。

 反射的に振り返るキヨミ。

 そしてその目に映ったものは――。


 真っ赤な炎のスクリーンを背景に、黒い影が、ゆっくりと立ちあがる。


 キヨミは驚愕した。

 ――まさか、そんなはずはない。まさか、まさか……。


 影が、ゆっくりと顔をまわす。


 その目が――、漆黒の影に塗りこめられた全身のなかで、その目だけが、燃えさかる炎よりも紅赤あかく激しく輝いている。

「なんなの、あなたはっ!?」

 叫び声に呼応するように、影が跳んだ。

 キヨミの目で追いきれないほどの速さ。

 直後、目の前に影が――、シノブが現れる。

 シノブの腕が突き出される。

 キヨミの頬にこぶしが入った。

 ゴキゴキと頬骨のくだける音がする。

 キヨミはふっとばされた。十メートル以上飛ばされただろう。地面に激突する。

 シノブが走ってくる。

 それに向けて、上半身だけなんとか起こしたキヨミは、腕をだしてサイコキネシスを放つ。

 波動を浴びたシノブの動きが停止する。

 だが――、

「うおおおおおっ! ! !」

 シノブの口から、野獣のようの咆哮がほとばしる。

 サイコキネシスが、まるで引き裂かれたように、拡散した。

 シノブは進撃を再開する。

 キヨミは体を起こし、

「うわぁぁぁっ!」

 恐怖の叫びをあげながら、必死に逃げようとするのだが、腰が抜けたようになって立ち上がれず、ただ脚をバタバタと動かしただけだった。

 シノブの姿が、キヨミの視界から消える。

 直後、その姿はキヨミの横にあった。 

 あっ、と思う間すらない。

 キヨミの左腕にシノブの蹴りがはいった。

 にぶい音がして骨が折れ、曲がるはずのない角度に関節が曲がってしまう。

「ああ、あああっ!」

 キヨミの悲痛な叫び声を無視して、今度はスネを踏みつける。

 ふたたび骨折する音が響き、ヒザとツマサキの角度が九十度ずれる。

「ああ、ああっ!」

 悲鳴をあげるキヨミの体を蹴るようにしてシノブは押し倒す。

 キヨミは、したたかに地面に後頭部を打ちつけ、失神しかけた。

 そしてシノブは、直上に飛びあがり、勢いをつけ、キヨミの体にまたがるようにして押しつぶした。

 腹部にのしかかられた衝撃で、アバラの骨が数本折れた音がし、内臓がいくつか損傷したのが、キヨミは自分でもわかった。

 シノブは、キヨミに馬乗りになると、両手でキヨミの顔を殴打しはじめる。

 折れているはず左腕も、まったく痛みを感じない様子で力をこめ、殴る。

 一発殴打されるごとに、キヨミの歯が折れ、口内の肉が破れ、血が噴出する。頭部のまわりの地面がたちまち真っ赤に染まっていく。

 キヨミは、最後の力をふりしぼり、サイコキネシスを放つ。

 シノブは、ふっとんで、数メートル先に倒れる。

 この隙にキヨミは逃げようとするが、体中の骨が砕け、立ちあがれない。それでも、なんとか無事な右腕と右脚を動かし、もがくように這いずって、シノブから逃げようとこころみる。


 シノブが立ちあがる。


「ああ、やめて、もう、やめて……」

 キヨミの懇願が、シノブの耳に届いていたとしても、シノブはその言葉を理解していただろうか。理解していたとしても、敗者に対する憐憫の情などは、すでに霧散しているだろう。

 シノブが跳ぶ。

 キヨミの視界が暗黒につつまれる。

「いや、いや、ああっ!あああああああっ!」

 断末魔の叫びが、無人のヘリポートに響きつづけた。

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