終幕

 サバタリアン・ファーマスティカル本社ビル屋上。

 いくつものプロペラの爆音とともに、いくつものライトから放射される光が、上空から燃えるヘリポートを照らす。

 屋上のまわりを浮遊する、側面にI.G.A.S.アイガスの文字がマーキングされた輸送ヘリコプターからは、幾人、幾十人の兵士が、あるいは縄をつたい降り、あるいは屋上すれすれにホバリングするヘリから飛び降りて、ヘリポートの周囲に展開する。

「ハットリ少佐、各員包囲隊形に移行中です」

 隣に座り、ラップトップPCのモニターを確認しながら、副官が報告する。

 ハットリと呼ばれた三十がらみの女は、長い髪をうなじで束ね、黒いパンツスーツに身をつつみ、赤いフチの眼鏡を指で押し上げ、

「まったく、ドクター・モモサキの酔狂もたいがいにしてもらいたい」

 つぶやくようにぼやいた。

「は、なんでしょう」

 副官が不審気に問う。

「いや、なんでもない」

 ハットリは苦笑する。

 自分ドクターは高見の見物で、自分の作った作品たちが殺しあうのを観戦していられたのだから、それは、楽しかったことだろう。

 だが、あとかたづけをさせられるものの身になってもらいたいものだ。

 学者という生き物は、どうも人間性が欠落していていけない――。

 ハットリは、輸送ヘリの開け放った窓から身を乗りだすようにして、標的をみつめた。束ねた髪が風になびく。

 ――あれがドクターのいう、最低駄作だというのか。

 その視線の先には、人間の形状をかろうじてとどめいている肉塊のかたわらに、ひとりの女子高生が、呆けたようにたたずんでいる。

 少女を見つめながらハットリは思う。

 ――サバタもサバタだ。

 大事な強化兵パワードソルジャーを、調整期間の途中に私用で使い、あげくのはてに全滅させるとは情けない。

 次の強化兵がロールアウトするのは、いつだ。数週間か、数ヵ月か。それまで強化兵の抜けた穴を埋めるのは、誰だと思っているんだ。我々、普通の人間だ。前線は大混乱だ――。

 突如として、サバタリアンファーマ社長から、援軍依頼が届いたのは、ほんの一時間ほど前だ。しかも、その社長とは、十数分前から連絡がとれない。

 ――素人が生兵法で兵を動かすから、こうなる。

 自分たちの不手際を無理に隠蔽しようとせず、最初から、民間軍事会社である我々アイガスにまかせておけばよかったのだ。切羽詰まってから取り引き先に泣きつくんじゃない――。

 少女の周囲は、アサルトライフルを持った兵士たちが囲んでいる。別の棟や中央塔の屋上には、狙撃兵も配置してあるし、ヘリにはロケットランチャーを搭載している。

 ――これで勝てなきゃ、我々は無能だ。

 兵を降ろし終わったヘリが上昇をはじめた。

 女子高生は、おそらくもともとは白かったであろう、血で真っ赤に染まったセーラー服を着て、呆然と周りの兵士たちを見まわしている。見回すという行為に意思が介在しているのかどうかもわからない。まるでうつろな傀儡人形……。

 ハットリは、双眼鏡を手にとると、赤ブチ眼鏡にあて、彼女を観察した。

 まわりをながめていた女子高生は、ハットリの視線に気がついたように、やがてこちらに顔を向けた。

 ハットリの双眼鏡ごしの視線と女子高生の視線がからみあう。彼女は息を飲んだ。

 ――なんだあれは。

 いくつもの修羅場を駆け抜けてきた彼女の、その背筋に悪寒が走った。

「あんなもの、人間の目じゃあない」




(完)

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