10 星芒 (4)

 シノブは花壇の端をつかみ、もたれかかるようにして体を起こす。

 顔を動かす。

 キヨミは、十五メートルほど向こうにいる。

 そして、すばやく周囲を見渡すと、シノブがいるのは庭園の端だとわかった。

 パンジーやビオラなどの色とりどりの寄せ植えの間から向こうをのぞき見ると、その先三十メートルほど彼方には、ビルへの入口がある建物があり、その屋根の上には、ヘリポートがある。

 シノブの少し前方に庭園の出入口がみえる。

 出入口といっても、門扉などがあるわけではなく、花壇の間にある五メートルほどの隙間が出入口になっていて、そこからビルへの入口までは、何もない、ただコンクリート製の床が広がっているだけだった。

 シノブは気配を感じてキヨミのほうを見る。

 キヨミは、腕を、なにかを持ち上げるように、歯をくいしばった形相をして、動かす。

 すると、キヨミの斜め前に植えてある、五メートルほどの高さのオリーブの木が、バキバキと音をたてて根元から折れてていく。

 キヨミの腕が肩の高さにあがり、そして、頭上に腕を伸ばす。

 折れたオリーブの木が、腕の動きにあわせて、どんどん空中へとあがっていく。

「完全にいかれてるな、クズビッチ!」

 シノブは驚愕と恐怖におののきながら、キヨミを罵倒する。

「だれがビッチだっ!」

 シノブの罵倒に叫び返しながら、キヨミが腕を振る。

 オリーブの木が横向きに、シノブを押しつぶそうとするかのように、飛んできた。

「こんちくしょうっ!」

 シノブも叫び、激痛に耐え、体を動かす。

 ――ダメだ、よけきれない!

 シノブは前方にジャンプする。腹部と胸が石畳に打ちつけられ、そのまま体を石畳にこすりつけながら、スライディングする。

 足元で、オリーブの木が花壇に激突し、その双方が折れたり粉砕されたりして、破片が周囲にばらまかれる。

 立ち込める土煙のなか、シノブは起きあがる。

 風にあおられるように舞いあがる砂ぼこりの向こうから、キヨミがこちらに走ってくる。

 シノブは、彼女に背をむけて、庭園の出入り口から、よろよろと逃走を始める。

 その背に、衝撃が走る。

 ふたたび、サイコキネシスが、直接叩きつけられた。

 シノブはエビぞりの形になって、十数メートルふっとばされ、地面にぶつかり、ごろごろと転がって、ビルへの入口がある建物の壁へぶつかって、やっととまった。

 再度、全身に激痛が走る。

 シノブは完全に追い詰められていた。しかし、

 ――ちょっと、わかった。

 全身の痛みのなかでシノブは思う。

 射程距離。

 姉のキヨミにも射程距離がある。だから、シノブの近距離に肉迫するまで、直接サイコキネシスで攻撃できなかった。だから、フェンスのパイプやレンガや樹木を飛ばして攻撃していたのだ。

 そして、弟のイサミの能力。

 それは、当初シノブが想定していた未来予知能力ではなさそうだ。それは、おそらく、心を読める能力だ。予知能力なら、シノブを倒せるチャンスはいくらでも予知できたはずだ。読心術だとすれば、今までの違和感に説明がつく。例えば、シノブが庭園のフェンスを乗り越えたとき、的確にシノブの行き先を狙っていたにもかかわらず、攻撃が当たらなかったのは、シノブが偶然足を滑らせて転んだからだ。予知能力ならこの転ぶという動作も予見できたはずだ。

 庭園の入口にいるキヨミを見つめるシノブの視界に、イサミが現れた。


(姉さん、彼女のあの表情、ひょっとして僕らの能力を見抜いたんじゃないかな)

(落ち着いて、イサミちゃん)

(でも……)

(ふふふ、不安にならなくても、大丈夫よ、イサミちゃん。私たちの能力の秘密がわかったところで、あの子には、どうすることもできない)

(そうだね、僕たちふたりの力をあわせれば……)

(そうよ、私たちは無敵。私のサイコキネシスと、あなたのテレパシーがあれば、誰も私たちをとめられない)

 双子は、イサミのテレパシーを使って会話していた。

 イサミのテレパシーは、他人の心を読むだけでなく、他人との通信もできる。さらに、読んだ心を、別の人間とリンクすることによって、共用することもできる。つまり、イサミがシノブの心を読むと同時に、キヨミにもシノブの考えが伝わっていたのだった。

 だが、シノブの予想どおり、ふたりの能力には射程範囲があった。

 キヨミのサイコキネシスは、半径三メートルほどのものしか動かすことができない。しかも、さきほどのように、巨大な質量をもった樹木などは動かすのに時間と精神の集中が必要だった。それに、発砲された弾丸のように、超高速で移動するものをとめることもできない。

 そして、イサミのテレパシーは、十五メートル以上離れた相手の心は読むことができない。精神を集中すれば、それ以上の距離でも能力を発揮できないこともないのだが、ひどくあやふやな、靄がかかったような映像しか読み取ることができないのだった。

 ふたりが、強化兵パワードソルジャーたちから無能と罵られてきた原因はここにあった。

 せっかくの超能力も、射程範囲が狭くては、戦場などでは役にたたせにくい。長時間の集中力が必要では、とっさのアクシデントに対応しにくい。

 ――でも。

 とキヨミは過去の屈辱がフラッシュバックし下唇をかむ。

 私たちを役立たせる方法はいくらでもあった。

 現に今、私たちは、SRシリーズを超越した相手を、叩きのめしている。

 私たちの能力を活用できなかった、あいつらが無能なのだ。私たちを無能と嘲り、玩具にして弄んだ。あんな奴ら、死んで当然なのだ――。

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