9 星芒 (3)

 シノブはふたりに向けて、銃を乱射する。

 威嚇であるのを看破されたか、双子は花壇の陰に身をひそめて動かない。相手にしていないような雰囲気すらある。

 シノブは後ろさがりに威嚇射撃をしながら、オリーブやツバキ、ツツジの植えられた一角を抜け、丸く刈られたキンモクセイの間を縫うように歩き、モチノキを中心にした円形の広場を抜けて、レンガの棚の陰に入る。

 ここの屋上庭園はちょっとした迷路のようになっていて、木や花壇が、入り組んだ配置がされている。しかも、端から端までの長さが百メートルほどもあり、幅も三十メートル近くはある、巨大な庭園だった。シノブもC棟の庭園を何度か歩いたことがあるので、なんとか配置を利用して、敵の目をさけることができた。もし、各棟の屋上の造作が違っていたなら、変に迷ってしまい、配置物を利用するどころか追いつめられるような結果におちいってしまったかもしれなかった。

 弾を撃ちつくし、スライドの後退した両銃からマガジンを落とすと、ポケットに入れておいた弾丸の箱をとりだして、弾をこめる。

 ――どうも、あのふたりは……。

 とシノブはさきほどから感じていた違和感を頭のなかで整理しはじめた。

 ふたりとシノブとの距離がひらくと、攻撃をゆるめるようだ。能力には射程距離でもあるのだろうか。

 ふたりのうち、どちらかが、なぞの能力を持っている。その能力が予知能力だと仮定して、その能力をもっているほうは、ずっと後方の安全地帯にいて、予知した内容を攻撃役に伝えればいい。そうしないでシノブにつかず離れずの間合いでいるのは、標的との距離が離れると、能力が使えなくなるからだ。一定の空間内の出来事しか、予知できないなどの理由が考えられる。

 そして、その能力を持っているのは、弟のほうだ。姉のほうはサイコキネシスを使っての攻撃役だろう。

 そこまで考えたとき、敵の動く気配がした。

 キヨミが広場のまんなかを、堂々とゆっくりした足取りでこちらにむかってくる。イサミの姿は見当たらない。

 シノブはあわててマガジンをグリップに差し込み、スライドをもどす。両銃の初弾を薬室チャンバーに装填すると、身構える。

 キヨミは両腕を軽く開いて歩いていたかと思うと、唐突に、軽く身をかがめ走りだした。そして、その動きに合わせて、広場の花壇のレンガが音を立てて分解され、そのひとつひとつがキヨミの両側に集まりはじめる。

「これでもくらえっ、メスブタっ!」

 感情のたかぶって、下品な文句を吐く。まるで、塗膜でおおっていた地金が露出しはじめたようだった。そしてその感情をレンガのひとつひとつにこめるように、両手をぶんぶん振り回す。

 両手の動きとともに、レンガがシノブに向って撃ちだされる。

「もう、むちゃくちゃだな、ゲスビッチ!」

 シノブもキヨミに負けず劣らずの下品な侮蔑語を放って走りだす。

 逃げる後からレンガが地面に叩きつけられ、砕け散る。

 レンガは後方からだけでなく、上下左右からも襲いかかってくる。

 それをシノブは、横に飛び、地面にころがり、前にジャンプして、かわす。もう、レンガをみてから動いていたのでは、間に合わない、すべて、勘でよけていく。

 だが、激しくなるレンガの攻撃が、勘と反射神経を凌駕しはじめる。

 レンガの一塊が、シノブの右肩の後ろを直撃する。

「ぐわぁっ」

 シノブは苦痛の声をあげながらも、痛みをこらえて振り返りつつ、キヨミに向けて銃を数発撃つ。

 キヨミはこちらに向かってまっすぐ走りながら、よけようともしない。弾丸は、すべて、レンガによって弾かれる。弾丸の軌道にレンガを配置していたような印象だった。

「そらそらそらぁっ!」

 キヨミが激しく腕を動かす。

 レンガが集団でシノブを襲う。

 シノブは数個はかわしたが、ひとつが脇腹に直撃し、ひとつが太ももをかすめた。

 シノブの動きがとまる。

 目前に迫るキヨミ。

 キヨミはシノブを殴打するような動作で迫りくる。

 だが、それは打撃ではなく、サイコキネシスをシノブに直接叩きつける動作だった。

 とっさに、両腕を胸の前で交差させて、防御の姿勢をとったシノブだったが、全身に衝撃が走り、その体勢のまま、ふっ飛ばされる。

「ぐわあああっっっ!」

 叫びつつ、飛ばされ、石畳に叩きつけられ、砂利のうえを転がっていく。

 いつまで転がるのか、まったく予想もできない。自分では、とまることもできず、転がりつづける。

 体が花壇にぶつかって、やっと回転がとまる。

 全身に走る激痛。

 シノブは四つんばいで体を起こすと、全身を駆けめぐる激痛から胃の中のものを吐き出した。

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