8 星芒 (2)

 シノブは、さらに設備の間を進む。

 ダクトをさけて走り、エアコンの室外機に身をよせる。

 が、息つく暇もない、ステンレスパイプが襲いかかる。

 身をひるがえして、シノブはよける。角パイプが床に突き刺さる。

 ――完全にあいつらの死角にいるのに……。

 キヨミの放ったパイプは、的確にシノブの位置をとらえていた。

 思考回路を回転させるシノブの頭上に、ふいに気配を感じた。見上げると、数本のパイプが空中に制止し、シノブを逃がすまいとするかのように狙いをさだめている。

 パイプが動く。シノブは横に飛ぶ。パイプが床に刺さる。

 シノブは驚愕するしかなかった。

「ふふふふふ、逃げても無駄よ、おバカさん」

 どこからか、キヨミの声がする。

 シノブは走りだす。

 ダクトを飛び越える。室外機の角を曲がる。ダクトの下をくぐる。貯水タンクを盾にして半周まわる。

 パイプは、シノブが走る後から後から、どこからともなく飛んできて、床や設備に刺さっていく。

 動きを止めた瞬間、パイプが体に突き刺さるだろう。

 シノブは走りつづけるしかなかった。設備の間を駆け抜けつつ、屋上庭園に近づく。

 休む間もなく飛来する角パイプ。

 追われるように走りつづけ、やがて、設備群の一角を抜ける。

 十メートルほど先には屋上庭園があるが、そこまでは、身を隠すものが何ひとつない。

 ここは腹をくくって、パイプより速く駆け抜けるしかない。

 シノブは走る。全速力で疾走する。

 天空から来襲するパイプは、シノブのかかとをかすめて次々に床に突き刺さっていく。

 屋上庭園まで、あと数メートル。

 一メートルほどの高さのフェンスが、屋上を横切って、端から端まで長くのびている。

 その向こうには、レンガで植え込み棚が組まれ、きれいに刈りこまれた木々が並んでいる。

 シノブは、構想した。フェンスの手すりを足場にし、植木を飛び越えて棚の向こうに隠れよう。

 考えながらフェンスに到達すると、手すりに手をかけ、続けて足をかける。

 だが、足が滑った。

 シノブは無様なかっこうで、顔面から植木の中に突入する。

 木の枝が、体中を切り裂く。

 額が、棚の端のレンガにぶつかる寸前、なんとか腕で受け身をとることができた。

 と、目の前をパイプが走る。

 シノブが隠れようと考えていた位置に、三本のパイプが突き刺さった。

 シノブはひとつ、吐息をついた。

 フェンスで足を滑らせなければ、今頃このパイプがシノブの体を貫いていた。

 ――しかし、なぜ……?

 キヨミはここまで正確に、シノブの位置を把握できたのか。

 しかも、今の攻撃は、シノブの未来位置をも推察したような攻撃だった。

 シノブは体勢を立てなおしつつ、ちょっと、振り返る。

 双子は、まだ、設備区域の通路の端にきたところだった。

 ともかく、シノブは走って、ふたりとの距離をとった。

 地面は砂利が敷かれ、大きな樹木、小さな植木、レンガの花壇、ところどころにベンチが置かれていて、普段なら憩いをあたえてくれるであろう、それらの植栽のなかを進む。

 不意に、攻撃がやんだ。なにをしているのか、なぜ攻撃をしてこないのか。不可解な思いのなか、シノブは、片膝立ちで花壇の陰に隠れる。

 スカートのスソから手を入れる。

 左のモモには、トビタのつけていたホルスターを縛りつけていて、そこから、彼の愛銃、H&Kヘッケラー アンド コッホ P2000を引きぬく。

 様子をうかがうと、ふたりは、ちょうど、植え込みの間にある出入口のゲートを開け、悠々とした足どりで、庭園に入ってくるところだった。

 シノブは、右手にハッチャンのワルサーP99、左手にトビタのP2000を構え、花壇を盾に、ふたりに照準を合わせる。

 両手の人差し指を動かした瞬間、ふたりは左右にわかれて、花壇に身を隠した。

 弾丸はむなしくふたりのいた位置を通りすぎて、植え込みの向こうへと消えていった。

 シノブは舌打ちした。

 なぜ、私の位置がわかる。なぜ、弾丸をかわせる。なぜ――。

 あのふたりは、未来が見通せるとでもいうのだろうか。

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