7 星芒 (1)

 シノブは社長室を走りでると、秘書室をとおりぬけ、エレベーターを目指す。だが、エレベーターは地上階へ降りてしまっている。あたりを見まわすと、ドアがいくつかあり、そのなかのひとつには、非常口をしめすマークがつけられていた。

 考えている暇などない、とにかくそのドアを開け、飛びこむ。

 そこは、あんのじょう、階段であった。

 階下へとむかうその階段は、円筒形の中央塔ビルの壁面にそって造られていて、らせん状に延びた十数段さきは、壁にさえぎられて見えないようになっている。

 双子は追ってきているはずなのに、まったく気配がない。彼女らがなにを考えているのかは、わからない。常識の範疇はんちゅうをはみだしたものたちの考えなど、推察するだけ時間の無駄だ。

 ともかく、シノブは階段を駆けおりる。

 一段飛ばし、二段飛ばしに数階ぶん駆けおりると、まったくなにもない空間にたどりついた。そこは、一階ぶんの何もない部屋で、中央に太い円筒形の柱があり、そのむこうに下へと続く階段が設置されている。壁面には、三方向に両開きのドアがある。ここはおそらく、格棟の屋上へと通じるエントランスホールの役割の階なのであろう。

 シノブは、扉を開けて、外へでる。

 そこは、南西にのびる研究棟、B棟の屋上であった。

 ドアからは、五メートルほどの幅の通路が、空調設備などの真ん中にとおっている。その両脇には腰ほどの高さのフェンスが備えられていて、各設備類との間をへだてていた。

 設備類の立ち並ぶ区域を抜けると、その向こうには、屋上庭園がある。庭園をさらに進めば、棟の端の一段高い位置にヘリポートが設置されている。シノブも利用したことのあるC棟の屋上から、こちらの屋上を眺めみたことが何度かあったので、造りは各棟同じだと理解して、頭に見取り図を思い描く。

 屋上は照明などはつけられておらず、ほとんど真っ暗闇といっていい世界が広がっている。

 空には、南の空に半月が冴え冴えと浮かんでいて、地上には溟海に浮かぶ漁り火のような街明かりが点々と灯っている。夜空一面の星星はシノブの窮地などは素知らぬ顔で、優しく静かに瞬いている。

 ――しまった。

 通路を走りながら、シノブは後悔した。

 A棟かC棟の屋上にでるべきだった。このままB棟の端まで進んでも、セキュリティーが幾重にもはりめぐらされている警戒厳重なこの施設では、そこからビルの中に入れる保証はまったくなかった。

 しかし、もう遅い、このまま走りつづけるしかない。

 空調などの機械がならぶ周辺まできたとき、突然、照明が点灯される。周囲が昼間のように明るくなり、シノブは一瞬目が眩む。四方からの強烈な光で照らしだされ、周囲のにいくつもの影を落とし、シノブは、自分の影にまわりを囲まれるようだった。

 後方で扉の開く音がした。

 ――双子が来ている。

 シノブは足をとめると、後ろをふりかえりざまに、十五メートルほど向こうのふたりにむけ、銃を撃つ。銃弾はさきほどと同じように、ふたりには当たらない。

 キヨミが両腕を広げる。

 その広げた腕を前方に動かすと、その動きに同調して、通路の左右にあるフェンスの手すり子(格子状に縦に並べられた棒)が、バリバリと音を立てて十数本ももぎ取られ、腕が頭上にあげられると、それらが空中に浮いて制止する。

 ――なんだっ!?

 シノブが瞠目した瞬間、キヨミの腕が前方に振られる。

 空中の角パイプが投げ槍のようにシノブ目がけて、いっせいに襲いかかってきた。

 シノブは横に飛んで、腰くらいの高さのフェンスを乗り越えて、機器の間に飛びこんだ。

 今までシノブのいた場所に、ステンレスのパイプが次々に突き刺さる。

 ――超能力!?

 縦横に設置された太い四角や円形のダクト、立ちならぶ空調の室外機、貯水タンク。

 整然と、しかし、ごみごみと配置されたそれらの間に、シノブは身をひそめる。

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