3 陰火 (2)

 研究棟への侵入計画は完全に頓挫していた。なんの手だても思いうかばないまま、むいに数日間がすぎた。

 今日は、なんだかんだと仕事が立てこみ、昼休みがまるまる潰れてしまい、お局様のはからいで仕事が一段落したら休憩してもいいことになり、他の社員と入れ替わるように休み時間に入る。

 正面ゲートから出てちょっと行くとある、例のコンビニに行って、売れ残りのサンドイッチやコーヒー、ついでに目についたファッション雑誌を買い、サバタにもどって中央塔にある玄関から社屋に入る。

 入るとフロア全体がエントランスホールとなっており、三階までの吹き抜け構造。

 中央塔を中心に、三方向にビルがくっついているようなデザインの建物は、左手に研究開発のB棟の入口、右手に総務や経理などの事務関係の部署が集まるA棟、正面にあるのがシノブの働いている製造関係のC棟になっている。

 その各棟の入口は、多少の違いはあれ三カ所ともだいたい同じ構造で、幅十メートルはある綺麗に磨かれたガラス張りで、中ほどにふたつ両開きの自動ドアが設置してある。なかは入るとすぐが広い待合室のようになっており、その広間ロビーの両側にはソファーやテーブル、観葉植物などが数組み置かれている。

 B棟入口の前で、シノブはガラス越しにそれらをみて、おや、と思った。普段は誰かしらがソファーでくつろいでいたり、用談していたりするのだが、今日は人影がまるでない。

 ――よし、ものは試しだ。

 シノブは思い切って、待合室まで入ってみることにした。とがめられたとしても、新人だから知らなかったとかなんとかごまかし様はあるだろう。

 自動ドアから中に入る。

 入った正面はまたガラス張りで、廊下がずっと奥まで続くのが見えるが、ここから先は、社員証をカードリーダーに通し、指紋認証もしなくては入れず、おそらく手持ちの製造部用社員証では入館できないだろう。試しにやってみたい衝動もあるのだが、警備員が出てきて誰何すいかされても面倒なので、好奇心を押さえておくことにする。

 シノブは何気ない調子で右手にむけて待合室を横切り、壁際のソファーにすわると、テーブルに食事や雑誌を広げる。

 ――いい加減、この仕事もかたづけたい。

 学校もずいぶん長いことサボってしまっている。出席日数が足らなくならないうちに、もどらなくてはいけない。

 しかし、この捜索を途中できりあげるつもりにはなれない。

 以前トビタに語ったように、怖い目にあわされたんだから仕返しのひとつもしなくては気がすまない、という、言ってみれば意固地になって大会社につっかかっているような部分もあるのだが、他にひとつ、どうしても心にひっかかる要素があった。

 十二月三日。

 モモサキ・ハルコの失踪した日。

 そしてその日は、シノブが繁華街で目覚めた日でもあった。

 シノブは日付などは覚えていなかったのだが、トビタがシノブの話を聞き、いろいろ調べて導き出したのがその日だった。ちなみにその日をシノブの誕生日と決定したのもトビタだった。

 そのふたつの出来事の重なりに気づいた当初、それは単なる偶然だと思った。

 だが、ひとつの町で、同じ日に、ひとりの女性が消え、ひとりの少女が目覚めた。

 そんな偶然があるものだろうか。

 知りたい。モモサキ・ハルコの行方を。そして、自分にかかわりがあるのかどうか、つきとめたい。

 しかし、サバタ・ファーマを探って、モモサキ・ハルコにたどり着けるかどうかは自信がない。

 だが、彼女に関してサバタを調べると、かならず攻撃を受けた。

 これは彼女の失踪にサバタが関係しているからだ、ということにはシノブは確信をもっているのであるが、ではどのように、どんな理由で関係しているかとなると、まったく空漠とした領域に解答が存在しているように思え、証拠をつかめるかどうか自信がもてなくなってくるのだ。

 それでも、探りつづければ、いつか謎が解けるはずだ。

 結果として、シノブとモモサキ・ハルコがまったくの無関係であってもしかたがない。うなだれる覚悟はしている。

 それでもいいから、納得できるまで、彼女のあとを追っていきたい。一歩一歩、ゆっくりとでも進んでいくしかない。

 シノブは決意をかたくしていた。

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