15 隘路 (9)

 さきほどから、もう何度も弾丸が撃ち込まれている。それらは、幸いにしてというべきか、狙撃者の意図のとおりというべきか、シノブが背にしている印刷機にあたり、時に跳ねかえり、時にめりこみ、数秒に一発とか数十秒に一発とか、間隔はまちまちに襲ってくる。

 敵も、この大きな機械を貫通できるとは思ってはいまい。攻撃を続けることで、シノブの恐怖をあおり、こらえきれなくなって移動した瞬間を狙い撃つつもりなのだ。

 実際、シノブの意気はじょじょに消沈してきている。

 さっきは意気込んで、トビタを囮に自分が攻撃するなどと息巻いていたが、こちらから敵を狙撃するなんて、不可能だと思えてきた。無謀すぎる作戦だったかもしれない。

 シノブはM16アサルトライフルを、長年の相棒のように、すがるようにして抱きしめる。

 事務所に屋上につづく階段を見つめる。鉄製の、塗装のところどころ剥げ落ちた無機質な構造物が、冷酷に鎮座している。

 ――遠い。

 あと、ほんの十数メートルが、遠い。悠久なまでに遠い。

 また一発、弾丸がシノブの至近距離で跳ねた。


 もう、何発撃ち込んだだろう。

 クロスは、引き金を引く。即座にボルトを操作し排莢、次弾装填、照準を合わせる。

 また、撃つ。

 射撃から次の射撃まで、クロスなら一秒以内におこなえる。だが、今はあえて緩慢に操作をし、射撃間隔も一様にせず、相手の恐怖心をあおる。同時に、女の隠れている機械に、どこか構造上もろい部分や鉄板の薄い部分がないか探してもいる。

 壁の上に置いた空の弾倉カートリッジの数を数える。五つ。予備の弾倉はあと、三つ。

 観測手でも連れてきていれば、弾ごめをさせるところだが、あいにく今はひとりきりだ。

 ――今のうちに、やっておこうか。

 橋のほうに移動した男はどうしたのだろう。そろそろ到着するだろうか。男が建物の陰に姿を消したのが、五分ほどまえ。そこからここまでは、一キロメートルはゆうにある。男が工場から逃走してから橋までの到達時間から推測し、疲労も考慮にいれれば、はやければあと二、三分で到着するだろう。

 クロスは手探りで、左においてある弾倉をつかみ、右手の壁上に置いた鞄から取り出した弾をこめる。

 照準はいっさいシノブからはなさない。

 ――今夜は長丁場になりそうだ。


 トビタは、ショッピングセンターの駐車場に到達した。

 はずむ息を整えつつ、建造物を見上げる。

 敵からの攻撃は、ない。

 見張りなどは置いていないのだろうか。

 足を、入口まで進める。

 駐車場の入口は、狙撃手がいるであろう場所のちょうど反対側にある。

 だが、そこにはシャッターがおりていた。

 とすると、敵はどこからこの駐車場に入ったのだろう。非常口からだろうか、それとも、どこかに……。

 トビタが首をまわすと、車が上階へとのぼっていくスロープの入口が目にはいった。そこは、駐車場とは違い、背の低いジャバラタイプのゲートで閉じられている。これなら、乗り越えられそうだ。

 と、その前に……。

「おい、シノブ」

 スマートフォンで呼びかける。

 返事はない。

「お、おい、大丈夫か?生きてるか?」

「うるせえな、生きてるよ」

「心配させんなよ」

「ちょっと、スマホを横に置いてただけだよ」

「いや、ちゃんと持ってろよ。つないどけっていったのは、お前だろ」

「ああ、もう、うるせえな。用事はなんだよ、はやく言えよ」

 シノブの、いらだちを隠さない言葉を聞きながら、トビタはシノブが不安を無理に隠そうとしていることに気づいた。

 ――まあ、こんなカワイイ一面もあるってことだな。

 ちょっとシノブをからかってやりたくなったが、場合が場合だけに、思いとどまる。

「駐車場についた。これから侵入する」

「ああ」

 ぶっきらぼうなシノブの返事を聞き流して、トビタはゲートに取り付いて、乗り越える。

 中に入ると、脇のホルスターから、銃――H&Kヘッケラー アンド コッホP2000を引きぬく。

「これからスロープを登る。ちょっと黙ってろよ」

 シノブの返事を待たずに胸ポケットにスマホを押し込み、銃を構えて、そろりそろりと、歩を進める。

 ――問題は。

 このスロープは、駐車場の正面から左側面に回りこみ、屋上まで一直線に登っていく構造になっている。

 ということは、スロープをこのまま登ると敵の真横にでるおそれがあった。

 やはり、非常階段を探すべきだろうか。

 ――もう、どうにでもなれ。

 トビタは、迷いをふりきり、スロープを進む。

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