12 隘路 (6)

 この間のハッチャンのときのように、ウンノの死体に囮になってもらおう。

 立ちあがると、角度的に頭が敵から見えてしまいそうなので、しゃがんだままシノブはウンノの死体の座っている椅子に近づき、押そうとしたが、

 ――この椅子、キャスターがついてない!?

 つかえねえ遺体だ、と自分の思慮のたりなさを死んだ男のせいにして、シノブはトビタを見た。

「おい、トビタ、この死体を囮にする」

「ああ」

「この死体をふたりで向こうに放り投げる。敵は死体を撃つ。そのすきに、私は、向こうの印刷機まで走る。お前は、工場の外に出る」

「オレが外に?」

「ああ、ふたりで同じ方向に逃げると、狙われやすいと思う」

「うん、一理あるな」

「でだ、私は、隠れているから、お前は、工場の外に出て、敵の死角になる堤防の下を進んで、向こうの橋をまわって敵のところまで行け」

「なに?なんだと?」

「で、お前が、敵の注意を引く。私は、階段をのぼって、事務所の屋上に出る。そこから敵を狙撃する」

「バカ!そんな都合よくいくわけねえだろう、ホントにバカだな」

「バカバカうるせえよ。じゃあお前がなんかアイデア出してみろよ。ないだろ、ないだろ、ヘボ刑事」

「くっ」


 立体駐車場の屋上でひとり、クロスという男は彼方の工場を見つめている。

 目にはいつものサングラスをはずしてヘッドマウントディスプレーをつけている。このモニターには、ライフルにとりつけた超高性能赤外線スコープからの映像を投影している。映像には、狙撃用の照準も表示されるため、サーモグラフィー映像を見ながら、標的を射ることができる。今回のように、スレート板の薄い壁なら、屋内の人間の行動が手に取るように、わかる。

 構えている銃は対物ライフル、マクミランTAC-50。

 今回は、市街地での作戦行動ということもあり、反動を押さえるマズルブレーキをはずして消音装置サイレンサーを取り付けている。マズルブレーキがなければ、高威力の弾丸を撃つとすさまじい反動に襲われるのであるが、この男は、二脚バイポッドすら使わず、ヒジを一メートルほどの高さの壁の上に乗せただけで、シノブたちを狙っている。

 クロスは、この十二キロほどの重量の銃を軽々とあつかえる腕力と、銃の反動をものともしない身体の柔軟性をあわせもつ超級スナイパーなのである。

「なにを考えてる」

 クロスはひとりごとをつぶやく。

 さっきから工場内のふたりは、機械の陰から動こうとしない。ダストシュートとおぼしき溝に入った女が箱を動かしたのを最後に、動静がつかめなくなった。

 おそらく、対策を練っているのだろうが、どんな策を講じようとも、そんなものは無駄なあがきでしかない。

 クロスの技量ならば、ふたりが機械の陰から出た瞬間、射抜くことができる。

「?」

 どちらかの人間が銃で、北側にある窓を撃った様子だった。その窓から逃げ出そうというのか。

 すると今度は、機械の反対側、つまり、南側から人影が飛び出した。

 瞬時に囮だと気づく。

 これはおそらく、最初に狙撃したウンノの死体をふたりが放り投げたのだ。

 だが、クロスはその囮作戦にわざと乗ってみることにした。

 まだ宙を舞っている状態の死体に向けて、銃を撃つ。死体の胴体に穴があく。

 ――そして……。

 予期した通り、機械の陰から飛び出した人が、さきほど割られた窓に向って走る。

 クロスは、その人物に向けて、弾丸を放つ。

 だが、思っていたよりも、標的の動きがすばやかったのと、角度的に機械と窓の間を狙いづらかったせいで、弾丸は窓のへりに当たり、人影は無傷で外に逃走してしまった。

 だが、クロスは、走りだすその人影にむけて、しかも、敵の動きを先読みして、続けて弾丸を数発放つ。弾丸は、東と北、スレートの壁を二枚突き抜けて、標的に飛ぶ。しかし、残念ながら、人影は工場の向こうへと走り去ってしまった。

 ――逃げたか?それとも、こちらに向かってくるつもりか?

 走っていったのは、おそらく男のほうだ。その男がこちらに向かってくるというのなら、到着する前に、残った女を始末すればいいだけの話だ。

 女をさがす。工場の北西にある機械のすみで、人影が動く。引き金を引く。命中はしなかったが、威嚇にはなっただろう。

 ――なぜいっしょに逃げなかった?場所を移動してなにをするつもりだ?

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