11 隘路 (5)

「おい、武器はないのか」

 シノブはトビタに聞く。この間てにいれたハッチャンの形見の銃は、家においてきてしまった。べつにアテにしているわけではないのだが、この男ならなにか隠していそうな気がする。

「この機械の下に、ゴミをすてるダクトがあるだろ」

 トビタの言葉に、シノブは、床に目を走らせる。

 機械の下を横ぎって、鉄のフタがならんでいる。

「これか?」と言ってシノブがフタをあけると、床に深さと幅が一メートルくらいの溝が掘ってある。この溝に段ボールの破片などを流してどこかでひとまとめにして捨てるようになっているらしい。

「そのなかのちょっとむこうに箱があるだろ」

「うん」溝に頭をつっこんで、シノブは答える。機械の向こうの端あたりに木枠箱がみえた。

「そのなかに、なんでか入ってるから、好きなのを使いな」

 シノブは、溝に入り、箱のところまで這ってすすむ。

 箱に手をのばすと、弾丸が鉄のフタをつらぬきダクトの底に突き刺さる。

 どうやら、箱の位置は機械の下からはみ出してしまっているようだ。

 ――スレート板だけでなく、さらに鉄板も透視できるとは。

 シノブは箱の端をつかんで強引にひきずりよせる。箱のあった位置にふたたび弾丸が撃ちこまれる。

 そのまま、さっき入ってきた場所まで箱をひっぱっていく。電灯のあかりで照らして木製の箱を開けてみると、なかには、ハンドガンやアサルトライフルが入っていた。

「お前、なんでこんなもんがあるんだよ」

 あきれたように問うシノブに、

「あるものは、あるんだよ」

 トビタはしれっとした顔で答える。

「どうせ押収物を盗んだくらいのことだろう?」

「いや、押収物を盗んだら犯罪だからね。横領だからね。ここにあるのは、存在さえも警察には知られていないようなものだから。くすねるには、くすねるタイミングがあるんだよ。横領なんてものは、抜き取るタイミングを間違えなけらば横領にはならないもんさ。だいたい犯罪なんてものは、発覚するから犯罪になるのであって……」

横領の説明ひとつに無暗に長広舌をくりひろげるトビタの言を聞きながら、まったく、そのせこい頭脳をちゃんとした仕事に向けていれば、今頃はちゃんとしたポストについていることだろうに、とあきれる思いだった。

シノブはいつまでも続くトビタの横領論を聞き流して箱の中を物色する。そのなかの、箱の容量の大部分を占領していた、いやおうなしに目につくアサルトライフルを箱から取り出し、ダクトから出る。

「お、いいねぇ、M16か。それで狙撃しかえしちゃう?」

「とりあえず、射程距離が長そうなのを選んだだけだけどな。ってか、五百メートル向こうの敵まで弾がとどくのかよ、これ」

「まあ、とどかないことはないんじゃないかな」

「まったく、たよりになんねえな、ヘボ刑事」

「まあ、当たるかどうかは、キミの腕前しだいだよ、女ゴルボ13」

「だれがゴルボだ」

 シノブは、ふと気になって、ふたたびゴミダクトの溝に頭をつっこむ。

「このダクト、外まで通じてないのか?」

「残念ながら、壁までしか進めない。その先は細くなっているし、プロペラみたいなのがついていて、たぶんそこで段ボールを細かく裁断してから吸い取る構造になっている」

 トビタは以前調べたのだろう、明瞭な口ぶりで説明した。

 シノブは舌打ちした。

 ――さて、どう打開するか?

 逃げるにせよ、反撃するにせよ、この機械の陰に隠れ続けるわけにはいかない。

 シノブは、アサルトライフルM16のコッキングレバーを引いて弾丸を薬室に装填し、セーフティーをSEMIの位置にまわす。銃を構え、工場のすみの事務所へ入るドアの脇にある電気スイッチに狙いをさだめる。

「おい、なにをする気だ」

 とがめるトビタを無視し、シノブは引き金を引き、スイッチを撃つ。

 工場内に爆音が反響する。このあたりは、工場が立ちならぶ地域で、深夜に轟音がしたとしても、残業でなにかやってるのだろう、くらいにしか思われないだろう。

 電気が消え、工場内を暗黒がつつみこむ。

「ばか、なにしてんだ、なんもみえねえじゃねえか」

「いや、暗くしたら敵からもみえなくなるかな、って思って」

「お前、ホント何にも考えないのな。赤外線スコープでみていたら、こっちが暗かろうが明るかろうが、関係ないじゃねえか」

「え、そうなの?」

 しばらくして、暗闇に目がなれてきた。窓から入ってくる街灯の、ほのかな明かりで、ある程度周囲を認識できるようになってきた。

 シノブは、手探りで、さっきの箱から、ハンドガンをつかむと、壁のほうに放り投げてみた。

 その銃が、機械の陰がらでたとたん、敵の撃った銃弾にはじかれて、工場の真ん中まで転がっていった。

 シノブは暗闇の中、眉をしかめた。

「ほらみろ、俺の言った通りだろう」

 この向こう見ず、後先考えろ、考えるよりさきに反射神経で動くな、とトビタが続けてののしるのを聞き流し、シノブは次の手を考える。

 ――よし、今度は彼に強力してもらおう。

 とシノブはウンノの遺体を見た。

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