10 隘路 (4)
シノブは、目の前の光景がまったく理解できない。腕力自慢のシノブだからといって、いくらなんでも、人の頭部をふっとばすほどの力があろうはずがない。
――これは……?
これが、敵の攻撃だと気がつくのに、数瞬。シノブはとにかくしゃがみこむ。今まで頭部があった場所を、なにかが通り抜け、床にあたって跳ねた。
「きゃあっ!」
トビタが乙女のような叫び声をあげ、逃げ出そうとする。その腰にシノブは飛びついて、引き倒した。
このあいだと同じような展開とはいえ、
「今度は逃がすかっ!」
シノブはもがくトビタを押さえこむ。
「そんな、放して、放して、シノブちゃんっ」
「落ち着け、バカヤロウ。いま飛び出すと、今度攻撃されるのはてめえだぞ」
敵がどこから攻撃しているのかは、まだわからないが、ともかく、今いる機械の陰から出るのは、まずい。
一瞬、前のときと同じで、透明人間の攻撃かと思った。だが、いまの攻撃――おそらく弾丸の軌道から推測して、敵は、東南の方向から攻撃してくる。しかも、工場のなかからではなく、外から攻撃している。そっと機械のすみからのぞいてみると、東のスレート板の壁に穴がふたつあいているのをみとめた。
シノブは、工場とその付近の地図を頭に描いてみる。
この工場はほぼ四辺が東南西北にそって建てられている。東西二十五メートル、南北二十メートルほどの広さで、南には資材搬入出用のシャッター、その向こうは駐車場。駐車場のわき、西南の位置には事務所があり、工場内からもドアでつながっているし、その屋上にものぼれるように階段が設けられている。
東の壁ぎわには、今シノブたちが隠れている機械が置かれている。機械の高さは二メートル、長さは十メートルほどで、知識のないシノブは推察するしかないのだが、この機械はおそらく段ボールを箱の形に切りぬくものだろう。
そして、北の壁の西よりには、印刷機がおかれている。これは、シノブが一見して印刷機だとわかるほどわかりやすい形状をしていて、段ボールをおいて流すベルトの上に、二つの輪転機というのであろうか、円筒形の大きなロールが乗っている。
敵が攻撃してきていると思われる東西方向にあるのは……、
「堤防?」シノブはつぶやいた。「堤防の上に敵がいるのか?」
工場の南にはマルイ川という、幅五十メートルほどの川が流れていて、高さ五メートルほどの堤防が壁のように東から西へと延々続いている。
「いや」シノブのつぶやきにトビタが答えた。「角度的には、もっと上のほうだぞ」
「上?空から?」
「いや、ヘリコプターとかの音がしない。なんかないか、そっちの方角」
「そうだな……」
シノブは脳を回転させる。
「駐車場だ。ショッピングセンターの立体駐車場がある」
「それだな」トビタが同意する。「たしか四階建てだったか。あの建物の屋上からの攻撃なら、ぴったりくる角度だ」
しかし、敵が攻撃してくる方角がわかったところで、どうなるものでもない。
「さて、じゃあ、どうするか」
ということになる。
そのシノブの口をついてでた困惑を、
「敵は……」
とトビタが受けとり、考えをまとめながらと言ったふうに話はじめる。
「敵は、おそらく強力なライフル銃で攻撃してきている。この威力からみて」とトビタは、頭部が半分破壊されたウンノを一瞥して、「対物ライフルじゃないかな。戦車の装甲にも穴をあけられるくらいの強力なヤツだろう」
「しかも」とシノブがさらに疑問を口にする。「敵は、壁の向こうからこっちのことが見えてるみたいだぞ。透視能力でもあるのか?」
「赤外線カメラとかそんなんだろうな」
「敵が立体駐車場にいるとすれば、こっから五百メートルくらい離れているんだぞ。そんな距離から赤外線で見えるのか?」
「知らん」
「ちっ、たよりにならねえ刑事だな」
ふたりはしばらく黙考する。
敵は、ふたりが機械の陰から出なければ、おそらく攻撃してこないだろう。深夜二時の静寂が、工場をつつみこむ。
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