8 隘路 (2)

 虫が肉体からだを這っている。

 ナメクジだろうか、ミミズだろうか、なにか軟体の生き物が這っている。

 それは、ヘソのあたりでうごめいたあと、じょじょに上にのぼってくる。

 腹、みぞおち、そして、胸の谷間。

 双丘のあいだで動きをとめた虫は、丘をひといきにのぼり、頂上に到達すると、口を広げて先端を咥え、口内に吸い込んだ突起を舌の先でころがすように弄ぶ。

 ――犯されている。

 シノブはふいに意識をとりもどす。

 だが、体がまったく動かない。目覚めているのは脳だけだった。目覚めているといっても、しかし、まだ半分寝ている状態で、夢うつつというところだ。

 今みている光景も、本当に目で見ているのか、たんなる妄想なのか、混濁のなかにあって判別がつかない。寝ているこの場所がラブホテルのベッドの上だという判断も、はたして真実なのだろうか。

 男は、――おそらくウンノは、乳頭を味わいつくしたあと、双丘の狭間に顔をうずめ、両手で乳房を頬におしつけて、顔を左右に揺さぶる。

 谷間に感じる荒い息づかいが、皮膚をくすぐり、シノブに嘔吐感をもよおさせる。

 ウンノの頭の重みで、息苦しい。

 はあはあと、息をはずませ、抑えるつもりの毛頭ない興奮を表出させて、ウンノはその頬の皮膚でシノブを凌辱する。

 セーラー服は完全には脱がされておらず、上着をめくりあげられ、ブラジャーを胸もとまで強引に引き上げられているようだ。ブラが胸を圧迫していて、それも息苦しさを倍加させている。

 ――なぜ、こんなことに。

 ウンノとファミリーレストランで食事を終えたあと、彼は車で送っていくと言った。ことわるシノブをウンノはなかば強引に車に乗せた。気分が悪くなるほど、異常に芳香剤の臭いが充満する車の助手席に座ったところまでは覚えている。そこで、意識が跳んだ――。

 男は、シノブの胸から顔をはなすと、両手で乳房を揉みしだきはじめる。女性に対する思いやりのかけらも感じさせない、ただ己の欲望のままに乳房をつかみ、ひたすら握りしめ、捻りあげる、野獣のような行為。

 ――トビタ、助けにこいよ、トビタ。

 シノブは後悔した。当初の計画では、ウンノをうまく誘導し、隠れ家へとつれていき、そこに待機させていたトビタとともに、ウンノをさんざん尋問してやろう、という腹づもりだったのだ。

 ウンノがいつのまにか睡眠薬を食事に混入させるなど、思いもよらぬことだった。

 確実に、シノブの油断とあなどりがまねいた結果だった。

 意識がなくなってから、どれほどの時間が流れているのだろう。犯されはじめてから、どれくらい経ったのだろう。

 まだ、挿入はされていないようだから、さほどの時間はたってはいないだろう、という気はする。

 ウンノはふたたび乳頭を口にふくみ、吸い、なめまわす。

 クチュリクチュリと、唾液が皮膚に絡みつく、不愉快な音が聞こえる。

 若い女のきめの細かくととのった、なめらかな絹の肌と、甘美で陶酔するような体臭と、甘酸っぱい汗の味を堪能しつくそうとするかのように、舌が肉体を含味する。

 やがて、ウンノの口が胸からはなれた。はなれた口は、舌先を小きざみに動かしながら、さっきの舌の動きとは逆の道筋をたどり、みぞおち、腹部、ヘソへとおりていく。

 ウンノは舌でシノブの肉体を蹂躙し冒涜しながら、スカートのホックをはずし、ゆっくりと剥ぎとる。パンツがひきずりおろされ、陰部が露出する。腿に絡まるパンツが肌をしめつける。

 ナメクジが恥丘をじわりじわりと登っていく、森林のなかを這いずりまわる。

 パンツをおろした両手の指は、腿を撫でまわし、やがて臀部を十本の指それぞれが、意思を持った生き物のように蠢き、弾力のある膨らみを満喫する。

 ――トビタ、たのむから、たまには役にたってくれ、トビタ。

 そして、その舌が終着点へと到達しようとした時――。

 まるで蹴破ったように、けたたましくドアの開けられる音がし、激しい足音とともに誰かが足早に近づいてくる。

「はい、そこまで~」

 シノブの心の焦燥と緊迫感とは正反対の、腹のたつほど軽薄で能天気な声が聞こえてきた。

「未成年者略取、および、強制わいせつ、および……、まあ、なんだかんだで逮捕する」

 ――トビタ……。

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