7 隘路 (1)
キリュウ・シノブは、ファミリーレストラン「ダスト」の椅子にすわり、窓から駐車場を眺めていた。
約束の時間は、とうに過ぎている。
待ち人は、シノブの気持ちをわざと焦らしてでもいるかのように、いっこうに姿をあらわさない――。
シノブは、カフェオレをひとくちすすると眉間にシワをよせて、砂糖をスプーン一杯追加した。
キリュウ・シノブのスマートフォンに、サバタリアン・ファーマの社員、ウンノから連絡がきたのは、ビルでの戦闘から三日後のことだった。
戦闘の高揚感も、友人であったハッチャンの死の悲痛も、まださめやらぬ日々をおくっていた。
戦闘の翌日、トビタにビルを調査してもらったのだが、また、なにもなかったのだそうだ。
敵の死体も、ハッチャンの遺体も、部屋を染めた血しぶきのあとも、すべてが綺麗になくなっていたという。
公園での一件といい、今回の事件といい、これは確実におかしい。
完全に何者かが、戦闘のあった事実を抹消しているとしか思えなかった。
だが、今のシノブには、自分が襲われる理由と、モモサキ・ハルコの失踪と、サバタリアン・ファーマの関与とが、つながっているとは理解できずにいた。
なにか面倒事に巻き込まれたという気はするのだが、曖昧模糊としていて、まだなんの確証もなく断定もできない段階だったのである。
そんな折のウンノからの連絡。
ここは、とにかく前に進むしかない、と意を決した。モモサキ・ハルコの足跡をたどっていけば、闇につつまれたものが、じょじょに判然としてくるに違いない、と確信に似た感情があった。
ウンノとは、会社が終わってから、ファミリーレストランで会う約束をした。
そのウンノはまだ来ない。
シノブはいらだたし気に、はねた後ろ髪を指でいじる。
遅れるなら、電話のひとつも入れればいいのに、と思う。こちらからの呼びかけにも応答はない。ウンノという男は、人を待たせても平気な性分なのだろう。時間にルーズな男は気に入らない。あのトビタも時間にはルーズなほうだ。
カフェオレを飲みながら、十分がすぎ、二十分がたち、三十分も間近くなって、もう席を立とうかどうしようかと考えはじめたころ、ようやく駐車場に白いドイツ車がはいってくるのが見えた。
車がとまり、おりてきた男、ウンノに向けて手をふる。ウンノも手をふりかえす。
しばらくして、シノブのところまでくるウンノ。シノブは立って彼を出迎える。
「申し訳ありません。お呼びだてして」
シノブは彼の遅刻にはふれずに、逆にあやまる。
「いや、いいんだよ、気にしないで」
言って、ウンノはシノブの前の椅子にすわる。遅刻をわびる気は、もうとうないらしい。
「あれ?食事は注文していないの?じゃあ、さっそく、たのもうか」
ウンノはキザったらしく指をならし、ウェイトレスをよぶ。すぐに注文をとりにきたウェイトレスに、なんだかんだと注文をし、
「キミも注文するといい。ボクがおごるよ」
高慢で鼻につく微笑を口もとに浮かべ、恩着せがましくウンノは言う。
シノブは、待たされて空腹だったこともあり、値の張るステーキでも注文してやろうかと思いながらも、ここは女の子らしく、サンドイッチなどをたのんだ。
食事が来るまでのあいだ、ウンノはシノブのことを根掘り葉掘り聞いてきた。家族構成は?お小遣いはいくら?住んでいる場所は?家賃はいくら?通っている学校はどこ?学費はいくら?その他、友達の名前や教師のことまで、シノブはなにか尋問でもされているような気分だったが、すべて想定していたことでもあり、よどみなく答える。虚実ないまぜであったが。
注文した食事が来る。
ウンノは、ナントカ牛のステーキのナントカソースがけライスセット、シノブは野菜のサンドイッチ。
ウンノはステーキをくねくねとした手つきで切り、口に運ぶ。フォークの背にご飯をのせて食べる。動作のひとつひとつが、キザだった。気障りだった。
彼は食事をしながら、今度は自分のこと、――おおむね自慢話をしはじめる。自分の業績を自慢げに語るのであるが、自慢のしかたというのが、また、なんともいやらしい。
ボクの作った薬が人の命を救っているやら、会社にあたえた恩恵やら、社会的貢献やら。しかも、それらをすべて金銭に換算してはなすのである。なんとかいう薬で会社はいくら儲かった。病院にはいくらで売れる。救った人数から想定した経済効果はいかほどだ。
シノブは、ほほえみながら、すごいんですね、とか、ご立派ですね、とか、尊敬します、とか心にもない相づちを打ち続けていた。
ウンノという男は、まったく、軽薄で唾棄したくなるような男だった。
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