6 渉猟 (5)

 移動しながら、シノブは壁の近く――いままでいた場所の向こうに、五つほど積み重ねられているセメント袋に目をとめた。

 ――あれは、使えるかもしれない。

 シノブは、机を半周したとき、銃口をセメント袋にむけた。

 おそらく、敵がその付近に到達した、と思われるころあいをみはからい、引き金を引く。

 轟音とともに発射される弾丸。

 続けて二発。

 三発の弾丸は、うまいこと一番上と二番目のセメント袋に命中した。

 だが、シノブは落胆した。当てが外れた。

 撃った袋が爆発して、セメントの粉が辺りにまき散らされ、見えない敵に降りかかればその姿を露出させることができるのではないか、と期待していたのだが、実際は、袋は数カ所破れただけで、粉がざらざらと流れだしただけだった。

 敵は、シノブの攻撃に一瞬たじろいだのか、寸時、攻撃が止まった。だが、攻撃がはずれたとみて、ふたたび正体不明の物体で攻撃してくる。

 シノブが身を守るために机の陰に身をひいた瞬間――、目のすみに何かが動いた。

 ――足あとだ。

 不幸中の幸いというべきだろうか、床に流れ出たセメント粉の上を歩いた敵の、足あとがつくのが見えた。

 ――透明人間?

 敵はなんらかの方法で透明になっている。ひとつの仮説が立証された。

 タネさえわかれば、あとは対処法だ。

 だが、考えている余裕はない。敵はさらに、壁際を迂回しながら攻撃してくるだろう。敵が、セメント粉のつもった範囲を出て、ふたたびどこにいるのかわからなくなる前になんとかしなくてはいけない。

 しかも、机のこちら側は、さきほどの敵の攻撃で、そうとう粉砕がすすみ、足も折れ、かしぎ、瓦礫と化しつつあった。つまるところこの机は、もはや隠れ場所としての意味を失いつつある状態だった。

 そして、シノブの目の前にあるのは、頭部と片腕が切り取られたハッチャンの遺体。

 ――ごめん、ハッチャン。

 心でわびを言い、シノブは遺体の座る椅子を敵がいるであろう場所に向けて押し出した。

 椅子のキャスターはなんの支障もなくなめらかに回転し、ハッチャンの遺体を静かに運ぶ。

 敵は反射的に動くものを攻撃する。攻撃するために、体を動かす。そのためにおきる、ちょっとした足の動き――。

 シノブは、移動してゆく椅子の陰から凝視し、その動きを――セメント粉の上にできるわずかな敵の痕跡を、見逃さなかった。

 敵の武器がハッチャンの体を切りきざむ。

 それに合わせてシノブは立ちあがり、敵がいるであろう位置に狙いをさだめ、引き金を引く。

 銃声がコンクリ―トの壁にこだまする。

 命中した感触が空気をつたわってくる。

 シノブは手ごたえを感じた。

 何もない空間に穴があき、血が噴き出す。

 それに目がけて、さらに三発、弾丸をうちこむ。

 敵は撃たれながらも、シノブを攻撃してきた。なにかが鼻先をかすめた。

 撃たれたことによって、透明化の機能が停止したのか、なにもない空間がゆらぎ、ゆらぎが徐々に人の形を描きはじめる。

 そして、あらわれたのは、宇宙服のようなものを着た人間。百九十センチはあろうかと思われる長身、奇妙なまでに細身の体。頭部にはフルフェイスの、――これも宇宙用と表現したほうがよさそうなヘルメットをかぶっている。

 そして、敵は、ゆっくりと、あおむけに倒れこみ、セメントの粉を周辺に巻き上げた。

 息絶えたであろうか。

 シノブはおそるおそる、敵の死体に近づく。

 そのかたわらまでくると、シノブは奇妙な姿の敵を観察した。

 おそらく、この宇宙服は光学迷彩機能を備えていると思われ、服の表面に周りの景色を映し、透明になっていたのであろう。そして、その手には――、

「ヨーヨー?」

 このときのシノブには知るよしもなかったが、その武器はヨーヨーにみえてまったくの別物だった。

 ヨーヨーの円盤状の部分にはヒモを巻き取る機能はなく、ヒモの伸縮機構は、腕にあるブレスレット状の機械で制御する。相手に向けられて放たれた円盤は、回転しつつ高周波振動ブレードが飛び出して、目標を切りきざみ、使用者の手もとにもどる時には円盤内部に刃が格納される、という仕組みになっているものだった。

 だが、今のシノブにそんな分析をしている余裕などは皆無だ。

 とにかく、この場をはなれなければ、と思った。

 シノブは、ハッチャンの遺体に手をあわせ、数秒黙祷すると、机のところまで引き返して、引き出しのなかから銃の弾丸とマガジンをとりだしてスカートのポケットにつめこめるだけむめこみ、壁際のソファーにかけてあった毛布を体に巻きつけて、血を浴びた全身を隠し、毛布のフチで顔だけぬぐう。

 その姿で外に飛び出すと、辺りはもう、ずいぶんうす暗くなっていた。

 ちょっと怪しい恰好だが、このまま暗がりをたどってマンションまで帰ろう。

 階段を駆け下り、地上までくると、シノブはビルをふりかえる。

 ――本当に、ごめん、ハッチャン。

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