5 渉猟 (4)
とたんに頸動脈から血が噴き出し、辺りを真っ赤な霧が包み込む。
「ハッチャンっ!?」
反射的にシノブはしゃがむ。
後ろで、きゃあ、という叫び声がし、振り向くと、トビタがドアを開けて逃げ出すところだった。
「あ、てめぇ、逃げんな!」
シノブは舌打ちし、机の影にかくれ、様子をうかがう。
体ぜんたいが、ハッチャンの血の噴水で真っ赤に染まっていくが、そんな些末なことは気にしていられない。
とにかく、状況の把握につとめなくてはいけない。
おそらく何者かが、ハッチャンの首を切断した。なにを使い、どうやって切断したかは、まったく推測できない。しかも、その何者かが、どこにいるのかもわからない。姿かたちがどこにも見当たらない、気配すら感じられないのだ。
しだいに勢いを減じていく血煙が、やがて、ピタリと停止した。
シノブは、鮮血で彩られた机の角から片目だけを出して、壁のほうを凝視する。
と、なにか、高周波の、キーンという音とともに、机のカドが切り取られ、かけらが跳ねとんで床に落ちる。
即座に、首を引っ込めるシノブ。
――なんだ、何がいる?
先日の変質者のように超スピードで動いているわけではなさそうだ。
今度は、机の反対側、ハッチャンの体の隙間からおそるおそる向こうをのぞいてみる。
また、なんらかの物体が飛翔した気がした、と思うと、ハッチャンの左腕がぼとりと落ちた。
――なにもないところから、なにかが飛んでくる。
シノブはそう理解した。
この場所から、五メートルばかり向こうの壁際になにかがいる、と直感がする。
ともかく、武器になりそうなものを探さなくては、とためしに机の一番下の引き出しをあけてみる。
――お?
そこには、小型の拳銃が一丁、数ダースの弾丸の箱と予備の
シノブは、銃を取り出し、弾倉を引き抜き弾丸が装填されていることを確かめ、弾倉をもどし、スライドを引いて
あとになってわかったことだが、この銃は、ワルサーP99という拳銃で、ハッチャンがおそらく勝手に改造したのか誰かにさせたのであろう、正規品とは多少各部形状が違っていて、スライド側面に「LP」の文字が何かとがったもので乱暴に彫ってあった。
シノブは、銃を顔に引き寄せるようにして構え、息を整える。
――さて、どうしたものか。
さっきは逃げ出したトビタに怒りをおぼえたが、冷静になって考えてみれば、あれが正解だった。
――私も逃げるべきだった。
あの瞬間、――ハッチャンから噴出した血しぶきが辺りを覆っていたタイミングだったら、血煙が煙幕のような役割になって、逃げられたかもしれなかった。
だが、もう遅い。
シノブは
悔恨と勘考と焦慮のうちに、ときが流れる。
打開策を脳漿をしぼりつくすほど考えているうちにも、敵の攻撃はやまない。
間断なく謎の攻撃は繰り返され、ステンレス製の事務机が徐々に切り裂かれ、削りとられ、がたりと音をたててかしぎ、シノブの隠れる場所がしだいに失われつつあった。
どこかから何かが飛んできて、一瞬にして机を切り裂き、数瞬おいてまた飛んできて切り裂く。
しかも、謎の武器がいつの間にかふたつに増えたようで、加速度的に机が粉砕されていく。
気がつくと、敵の攻撃が右方向に動きはじめている。
敵から見て机の反対側、つまり、シノブのいる場所へと移動しようとしている。
シノブは、敵の動きにあわせて、体を動かす。机から、ハッチャンの遺体が座っている椅子、そしてその反対側へ。
敵の攻撃はやむことなく続けられ、机から体が出ないように、そろりそろりと移動する。
手が汗で濡れている。しっかりにぎっていないと、銃が手のひらからすべり落ちそうになる。
重い。
一キログラムもない銃が、異常に重い。
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