9 襲撃 (2)

 シノブの、大きさはさほどでもないが、形のいい乳房が露出した。

「ウヘヘ、ヒヒヒ」

 男は薄気味悪く笑いながら、力をこめて胸をつかむ。

「ぐっ」

 シノブはうめいた。男に胸をさわられるのは久しぶりのことだ。往時はずいぶん男にさわらせ、さわられなれていると思っていたが、こうして自分の意に反してさわられると、不快さしか感じない。

 シノブは身悶えするように体をよじり、逃れようとこころみたが、男の押さえこみは完璧といってよく、いくらもがいたところでまったく意味をなさなかった。

 やがて、男は胸から手をはなす。その手を、男はみずからの首元にもっていくと、ゆっくりと、ファスナーをおろす。股間まで引きおろすとその指で、大きくふくれ上がったモノをとりだした。

 男はそれをシノブの秘部にあてがうために体をずらそうとした。

 その時。

 腕に乗せられていたヒザの押さえつけがゆるんだ。

 シノブは腕を引き抜くと、すぐさま、男のモノめがけてパンチをお見舞いする。

「ぐぎゃぁっっっ!」

 痛烈な打撃をくらい、男はあおむけに倒れかけた。

 シノブは男を押しのけながら体をおこし、立ちあがる。

 男も痛みにたえつつも立ちあがり、ジッパーをつまみあげると腰を戦闘態勢に落として言う。

「もう、ゆるさねえ。手足のスジを切り、身動きできなくしてから、さんざんいたぶりつくしてやる。苦痛のなかで犯し殺してやるぅ」

 ふるえる声で言いおわった瞬間――。

 男の腕が消えた、と見えた。

 直後、反射的に飛びのいたシノブの胸のまえを風圧が通りすぎる。

 シノブの胸があと数センチ大きければ、完全にナイフで切り裂かれていた。

 男が消える。シノブはなんとかそれを目で追う。勘をたよりに身を引く。引いた直後に風圧が襲う。

 男は休む間もなく、右に左に飛び跳ね、視界の外から次々に攻撃してくる。しかも、ナイフを両手に持ちかえつつふるうので、攻撃の軌道が読めない。

 シノブは避けるのが精いっぱいだ。

 ――これではらちがあかない。

 シノブはれてきた。

 焦れてきたのは、あちらも同じことのようで、じょじょに、攻撃が雑になってきたようだ。

 最初のうちは、首や胸、手足のスジを狙って攻撃していたが、ナイフの振りかたに繊細さが失われ、大振りに振り回すようになってきた。

 しかも、シノブの目が慣れてきたのか、男に疲れが生じはじめたか、しだいに男の動きを的確にとらえられるようになってきた。

 男が横跳びに跳ね、着地した瞬間にナイフを横なぎにふるう。

 シノブはしゃがんでかわし、

 ――いける。

 体を起こしつつ、男の股間を蹴り上げた。

 ゴツリ。

 奇妙な音がし、シノブの足に激痛が走った。

 ――ファールカップ!?

 さっき、男がモノを取り出したときは、こちらも必死で気がつかなかった。ただのパンツとしか認識していなかった。

 男はシノブの反撃にちょっと驚いた顔をしたが――もちろん仮面の下のことでシノブにはわからなかったが、

「バカめ」

 とつぶやく。

 ――しまった!

 シノブは自分自身のうかつさに腹を立てた。

 完全に男の間合いに入っている。

 男がナイフをふりおろす。

「くっそがぁ!」

 半分ヤケになったシノブは男の顔面に頭突きをくらわす。

 意表をつかれて、のけぞる男。

 後退した男の目に怒りが満ちているのが、仮面の小さな穴からでもわかった。

「この、ガキっ!」

 怒声とともに、男の怒りにまかせた攻撃が襲ってきた。

 今までで一番強力な、そして、一番粗雑でスキの大きな攻撃だった。

 シノブは男の腕の動きにあわせて、その手を蹴りあげる。

 ナイフが男の手をはなれ、上空へと、回転しながら飛んでいく。

 シノブは、そのまま体を回転させ、男の側頭部に回し蹴りを叩き込んだ。

「ぐぇっ!?」

 男はうめき、数メートルふっ飛ぶと木の幹に後頭部と背中をしたたかに打ちつけ、根本によりかかるように崩れおちる。

 回転しながら落ちてきたナイフの刃を、頭の上で指でつまむようにして受けとったシノブは、即座に男に向って投げる。

 風を裂き、一直線にナイフが走る。

 ずぶりと鈍い音がし、ナイフは男の眉間に突き刺さり、仮面が真っ二つに割れて、地面に落ちた。

 骨に皮がはりついただけの、死神のような顔に、驚愕の表情をうかべ、男は絶命した。

 その光景を見た途端、シノブは急速に心が冷静になるのを感じた。同時に、凄まじい後悔と恐怖が襲ってくる。

 こみあげてくる嘔吐感。体じゅうの痛み。

 シノブは切り裂かれたセーラー服の前をかきあわせると、一目散に逃げだした。

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