8 襲撃 (1)

 つるべ落としに落ちた日は、すでにすっかりビル群の向こうに消えてしまい、道々の街灯にあかりがともる。

 薄暗がりの状態をいつの間にか通り越し、ビルの東側の辺りは、もう真っ暗な夜道になっていた。

 シノブは、マンションにむかう道筋にある公園の入り口にたち、しばし逡巡した。公園をぐるっとまわると、ずいぶん時間のロスになる。いくらひと気のない公園でも、まだ変質者のでる時間帯ではなかろう。

 シノブは公園に足を踏みいれた。

 この公園は付近の住民たちに、憩いの場として知られていて、真ん中あたりには、ジャングルジムやシーソーなどの子供向けの遊具があったが、その大半は木々が生い茂り、昼間は親子づれや散歩ちゅうの老人などがよくみかけられる。だが、夜ここに来るのは、ホテルに行く金のない貧乏なカップルか、変質者くらいなものだった。

 その公園の中央をつらぬくように敷かれた石畳を、シノブは急ぎ足に歩いた。

 と――。

 右側に凄まじい衝撃が走った。

 あっ、と思うとてない。気がつくと、二十メートルも木々の間を飛ばされて、シノブは公園の周囲にはられた金網フェンスに、したたかに打ちつけられていた。

 痛みが脳につたわるよりもさきに、本能が危険だと告げる。

 視界の端になにかが横切ったのを感じる。首をねじってそちらをみる。さらに、視界の端をなにかが横切る。

 そこは公園の端にある十メートル四方ほどの空間が広がってい、そのなかを右に左に影が走る。

 ――なにか……、とんでもないスピードで動くなにかが、いる。

 シノブは、そのなにかに襲われていると、理解した。

 フェンスから身をはなし、逃げなくては、とよろよろと歩き出す。

 が、今度は左側面に衝撃がはしり、またはじき飛ばされ地面に激突し、勢いでごろごろところがっていった。

 ――これでは……。

 助けを呼ぶ隙も、防御態勢をとる隙もない。

 シノブは、ころがりながらもなんとか立ちあがり走りだそうとする、その目の前に、ぬっと、人の顔があらわれた。

 その顔は、口の周り以外をプラスチックのような材質のマスクで覆っていて、両目の部分にあいた細い穴からは、鈍い眼光がぎらりとひらめく。真っ黒で、ぴっちりと全身にはりついた、タイツのような衣服に身をつつんでいる。小柄な体型に、ドレッドヘアでふくらんだ頭部が、妙にアンバランスな印象だった。

 その男は、クククと不気味に喉で笑う。マスクに覆われた顔の、唯一みえる口が動く。

「いい女じゃねえか」

 ――しまった、変質者に遭遇してしまった。

 しかもこの変質者、そうとう強い。

 シノブは後ずさりしようとしたが、とたんに頬を殴られ、数メートルもよろけた。

 男をふりむく、すっと男は視界から姿を消す、と見えた直後にはすでに男は目の前にいる。

 ち、っと舌打ちして、シノブは男に殴りかかった。

 シノブは運動神経はいいほうだ。一度、トビタと口論のすえ、とっくみあいのケンカになったことがあったが、シノブはわけもなくトビタを打ち負かしてしまった。トビタが弱かったといえばそれまでだろうが、大の男を簡単にのしてしまうくらいのケンカのセンスを持っている、という自負がシノブにはある。

 だが、男はシノブの伸ばした腕を簡単に手で払いのけ、さらにシノブの頬をなぐる。

 シノブは、キックを放つ。男は、姿を消す。はっ、と思うと男はふところに侵入している。

 シノブの腹部に痛烈な一撃が入った。シノブは体を折り曲げ、

「ぐうぇ」

 と妙なうめき声を出しながら、胃液を口から垂れ流した。

 男は制服の胸元をつかむと、シノブの体を地面にたたきつける。

 背中と頭をしたたかに地面に打ちつけたシノブのうえに、男がおおいかぶさってくる。

 男はシノブの両腕を膝でおさえ、腹のうえに腰をおろした。シノブは身をよじって逃れようとしたが、まったく身動きがとれない。

「すぐに殺すのは、もったいねえ」

 言いながら、男は腰のあたりから、刃渡り二十センチほどのサバイバルナイフをとりだした。

「今からたっぷりと楽しませてもらう」

 男はシノブのセーラー服のスソの裏にナイフをあてると、すっと腕を上に動かした。

 セーラー服は、音もたてずに切り裂かれ、シノブの白い腹部とブラジャーがあらわになった。

 男はさらに、胸の谷間にナイフをいれ、ブラを切断する。

 シノブはそれでも、抵抗できない。

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