7 端緒 (3)
次の日も、その次の日も、シノブは会社の帰宅時間に聞き込みを続けた。
いつも同じ場所にいては人の記憶に残ってしまうので、今日はコンビニ、翌日はファミリーレストランの前で、さらには、信号待ちをしている人に、という具合で、場所をかえて手がかりを追いもとめつづけた。
衣服は一貫してセーラー服を着ていた。やはり、高校生だとわかるほうが、相手は油断する。とくに男性は。
だがそんなふうに、靴のカカトをすり減らすような労力をついやしたにもかかわらず、モモサキ・ハルコを知っている人は皆無だった。
――名前くらいは覚えている人がいてもよさそうなものだけど。
数日間、場所をかえつづけ会社の敷地を、まさに一周まわって、また最初のコンビニに戻ってきた。
――さて、明日は土曜日だけどどうしたもんかね。
などと、今日もすでにあきらめムードで明日の予定を思い描いていたときだった。
正面ゲートからでてきた、車が一台。
白いBMなんとかの偉そうな態度で走ってきたセダンが、コンビニの駐車場へと入ってきた。
こんな高級車に乗っているなんて、重役クラスの社員だろうか、とみていると、おりてきたのは三十前後の軽薄そうな男だった。ブランドもののスーツを着て、髪をちょっと茶色く染め、キザな感じに片方の前髪を目にかぶせるように流し、ダンスのステップを踏むように体を揺らして歩く。
――ふだんなら、あんな男に声をかけたくはないのだけれど……。
聞き込みをするなら、ああいう口の軽そうなのがいい。
「あのう」
とシノブが後ろから声をかけた。
振り返った男がシノブを見つめた目には、あきらかに好色のにじんだ光があった。昔、繁華街でシノブが声をかけていた男たちが、いつもしていた目つきだった。身の毛もよだつような、いやらしい目つき。
男はシノブの身体を頭からツマサキまで、なめるように見た。それはまさに、眼光を舌に変化させて、シノブをじっくりと舌の先でなめまわすような視線だった。そんな目の動きを隠そうとするなら、まだかわいいものだが、この男はまったくそんな気はないとみえ、シノブの嫌悪のまなざしをまったく気にしない顔で目を上に下に往復させる。
視線はやがて胸のあたりにとまる。
シノブの背筋に悪寒が走り、身震いする思いだったが、表にはださぬよう、じっと耐えた。
「あのう、私、姉をさがしています。モモサキ・ハルコ、ご存じないでしょうか?」
「さて、モモサキ、モモサキ、ねえ……」
目は上のほうを見、記憶をさぐるような顔をして、男はつぶやく。
――こいつは……。
何か知っている、とシノブは直感した。
ここはもうひと押し、とばかりに、シノブは男の腕に手をのばす。スーツのスソをつかむようにし、さらに、
「お願いします、ご存じならおしえてください。なんでもいいんです。もう何年も探していて、まったく手掛かりがなくって。たったひとりの姉なんです。姉がいないと私、肉親が誰もいなくなってしまうんです」
ひといきに言いながら、男のヒジにすがりつくように抱きつき、ぎゅっとしがみついて、胸が腕にあたるようにしてやる。
――これで落とせない男がいようはずがない。
男のキツネのような目がニヤっとゆがむ。
「いや、困ったなぁ。いたかな、そんな人。三年も前の話でしょう?覚えていないなぁ」
――簡単なものだ。
シノブは心のなかで、ほくそ笑んだ。三年、などとシノブはいっさい口にしていない。口先だけで生きている人間はボロを出すのがはやいものだ。コイツは何か知っている。知っていて、そらとぼけているのだ。
だが、無理じいしては、口を割らなくなる可能性もある。ここは引いてみるのも、ひとつの手だ。
「私、フユミ、と言います。モモサキ・フユミ」
シノブは生徒手帳をとりだすと、スマートフォンの電話番号を走り書きにし、ページをやぶって男にわたした。
「これ、電話番号です。なにか思い出したら、いつでもいいので、電話ください」
「あ、でも、思い出せるかどうか、わからないよ」
「いいんです、それでもいいんです。もうお兄さんだけが頼りなんです。よろしくお願いします」
目を涙でうるませて、男の手をにぎりしめ、シノブは哀願した。
「いや、困ったなぁ」
男は言いながら、わざとらしくあいたほうの手で頭をかく。
「お兄さん、お名前は、なんておっしゃるのですか?」
「名前……、ウンノ、だけど」
「ウンノ、さん……」
シノブは手をはなすと、よろしくお願いします、と深々と頭を下げ、その場を後にした。数歩あるいてはふりかえり、また頭を深々とさげる。コンビニの駐車場を出て、さらにふりかえって、また頭をさげる。
なんどふりかえっても、男はコンビニの前に、唖然呆然といったていで、こちらをみていた。
――ふふふ、かかった……。
あとは、果報は寝て待て、だ。シノブは男から見えなくなると歩をはやめつつ、ほくそ笑んだ。今度はほんとうに顔にだして。
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