犀川直美は考える

「穴場とは言え……。やっぱり誰もいないのは、すごいな」


せいぜい、夏祭りの会場から、二十分程度の距離だから、何人かいても良さそうなもんだけど。

……もちろん、二人きりなら、その方が良いに決まってるけどな。


「ほら。色々悪い噂があるらしいじゃん。妖怪が住んでるとか」

「あぁ……。なんかあったな」

「オカルト研究部だから、そういうの、詳しいんじゃないの?」

「名前だけだよ。実際は、魔物症候群のことしか、話さない部活だから」

「ふぅん……」

「じゃあ、降ろすぞ」

「うん」


俺はしゃがんで、犀川を降ろした。

一気に、背中の温もりが消え去って、なんだか寂しい気持ちになりかけたが。

それを振り払って、街の景色を見る。


「あと何分?」

「十分だな」

「暇じゃん」

「まぁ……」


屋台で、何か買ってくるべきだっただろうか。


……まさか、十分間も、沈黙するわけにもいかないし。

何か話題は無いかと、考えていたところ。


「あのさ」


珍しく、犀川の方から、話しかけてきてくれた。


「どうした?」

「うん……。笹倉さんって、いるじゃん」

「……いるな」

「知ってるよね?」

「当たり前だろ」


何だこの、不自然な会話の入り方は。


「笹倉さんって、元々は、羽をコントロールできなかったんだよね?」

「そうだな。すぐに薬が効いて、操れるようになったらしいけど」

「今のところ、症状が暴走するってことも無いんだ」

「……あくまで、今のところ、だな。モモ先輩や、文月先生に、何回か聞いたことあるけど。やっぱり病気っていうのは、急に症状が悪化するなんてことは、よくあるらしい」


笹倉は、羽を気に入っていて。

喫茶ジョーカーを盛り上げたいという気持ちもあって、頑張ってくれてるから。

……今すぐ治療で、羽を消したらどうだ。


なんてことも、言えなくて。


周りの人間が、細かい変化も見逃さずに、笹倉のことを常に気にかけていれば、いきなり症状が悪化しても、助けることはできるだろう。

そういう、支えが必要な状態だ。


「そっか……」


犀川が、何かを考えるように、地面に視線を落とした。


「それが、どうかしたのか?」

「……私、今、治療中でしょ?」

「そうだな」

「もしかして……。もう少ししたら、この、相手を勝手に魅了しちゃう症状も、コントロールできるようになるのかな」

「……どうだろうな。だけど、犀川の場合は、症状にデメリットしかないだろ? コントロールできるっていうよりは、完治を目指す形になると思うけどな」

「じゃあ、最後までずっと、自分の思い通りには、相手を魅了することは、できないんだね」

「……そういうことになるな」

「ふぅん……」


つまらなそうに、呟いた後。

犀川が……。急に、抱き着いてきた。


「えっ、さ、犀川?」

「黙って」


さっき、背中で感じていた、とてつもなく柔らかいあれが……。

今は、正面に回っていて。

俺の胸に、顔を埋めるようにして、犀川が、何やら体に、力を込めている。


「犀川! なんでそんな、力強く……」

「黙って……」


十年ぶりの再会でもしたのかってくらい、思いっきり抱きしめられている状態だ。


……でも、やっぱり失神はしないな。


失神しないだけで……。

男としての、ヤバイ本能は、めちゃくちゃ刺激されてるけど。


しばらくして、ようやく犀川が、顔を上げた。


「どう?」

「どうって……。何がだよ」

「興奮してる?」

「……そりゃそうだ」

「でも、襲ってこないよね」

「当たり前だろ! 何言ってるんだよ……」

「私って、サキュバスみたいなもんなんでしょ? だったら……。武藤くんを、そういう気持ちにできるのかなって。思っただけ」

「……なんでそんな実験するんだよ。俺のこと、好きじゃないんだろ?」

「好きじゃない。嫌い。でも……。さっきも言ったけど、離れたくない」

「……」


……それって。やっぱりさ。


好きってことなんじゃないのか?


よくわからないな……。女子の気持ちは。


「絶対付き合わないし、キスもしないから」

「わかったよ……。こんだけ、力強いハグをしてくれるなら、それで十分だ」

「ち、違う! これはただの実験! エチエチな武藤くんを、私の虜にするための――」


そんな犀川の背後。

俺の真正面。


空に……。


大きな音と共に、花火が上がった。

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