瞳に映る

「最悪……。見られなかったじゃん。一発目」

「自分のせいだろ……」


それでも。

犀川は、俺から離れようとはせずに。


半身になりつつ、後ろを向いた。


「花火、何分間くらいやるの」

「さぁ……。実を言うと、俺もこれまでは、興味がなかったから……」

「ダメじゃん……。自分が良く知らないイベントに、人を誘ったら」

「仕方ないだろ……。恋愛経験無いんだから。こういうベタなヤツしか、思いつかなかったんだよ」

「つまんないなぁ……」

「じゃあ、犀川は、どんなところに行きたかったんだよ」

「パリ」


……せめて、国内にしてくれよ。


こんなことを言ってる犀川だけど。

きちんと、食い入るように、花火を見つめている。


なんだろう……。

陽気な人間たちが、カップルで花火を見るという行為を、過剰に持ち上げていて、うんざりしていたのに。


いざ、自分の好きな人と……。

しかも、密着しながら……。


こうして見る花火は、最高かもしれない。


「犀川……。どうだ?」

「悪くない……かも」

「来年も来たいだろ?」

「来年は受験」

「またそれを言うのか……」

「だから、ここに英単語帳を持って来ようかな」

「……一緒に、見てくれるのか?」

「知らない」


犀川が、ギュッと、俺の服を掴んできた。

多分、それが答えなんだと思う。


「……ねぇ、武藤くん」

「ん?」


花火が、そろそろ終盤っぽい雰囲気になってきたころ。

犀川が、俺に視線を向けてきた。


「おいおい犀川。なんかフィナーレっぽいぞ。見ないと」

「武藤くんが、見てればいいよ。その目に映るから」

「もったいないだろ……。せっかく直接見られるのに。そもそもなんで」

「なんでだと思う?」


真剣な表情で。

まっすぐに目を見つめながら、犀川が問う。


「……わからない。そういう性癖か?」

「最悪……。こんな時でも、エチエチなこと考えてるんだ」

「別に、エロくはないだろ。性癖は」

「うるさい……。ばかっ」


いよいよ大詰め。

大きな花火が、連続で打ち上げられる。


「絶対、花火から、目を逸らさないでよ? 見られなくなるから」

「わかってるよ……」


言われなくても。

目が離せないくらい、迫力があって、綺麗な花火だ。


そして……。

とうとうこれが、最後かと思えるくらいの、でかい花火が打ちあがった。


「すごっ――」


すごいな。

そう言おうとした。


だけど、言えなかった。


――犀川に、キスされたから。


「……」

「……さい、かわ?」

「……まずっ。唐揚げの味じゃん」

「な、ななん、んなんで? キス、しないって……」

「してないよ?」

「い、いやいやいやいやいや。無理があるだろ!」

「だって武藤くん。花火見てたでしょ? 私がキスしたかどうかなんて、気が付けるわけないじゃん」

「普通に、お前の顔が一瞬、目の前に……」

「幻じゃない? ここ、妖怪が住んでるし」

「……」


犀川は、特に照れることも無く。

平然と、慌てている俺に、バカにするような表情を向けている。


「じゃ、戻ろう。帰りの挨拶くらいは、みんなにしないと」

「なんでそんなにすぐ、切り替えられるんだよ……」


俺は、心臓がバクバクで……。


意味わかんないくらい、汗も止まらなくて……。


「じゃあ、いいよ。二分だけ待ってあげる。私、そこの階段で座って待ってるから。落ち着いたら、来てね」

「……おう」


二分か……。


落ち着けるのか? それだけの時間で。


とりあえず俺は、深呼吸を始めた。

だけど……。


唇に残る感触が、思考を乱そうとする。

なんでいきなり、キスなんて……。


俺をからかいたかったのか?

いや、犀川なら、もっと他の方法を考えるはず。

まさか、気持ちが盛り上がったから。なんてこともないだろうし……。


ダメだ。わからん。


……とても二分では、気持ちの整理なんて、付かないだろうけど。

それでも俺は、深呼吸を続けた。


ただひたすら、無心になることを目指して……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る