離れたくない
射的、金魚すくい、サメ釣り、くじ引き……。
それらには、一切興味を示さなかった犀川。
……その分、食べ物には、いくつか目を光らせていたが。
食べるだけだと、案外早く回れてしまって。
結局、少し早めではあるが、花火が良く見える神社に、向かうことにした。
「階段きっつ……」
「そりゃあ、下駄だもんな」
「おんぶして。おんぶ」
「……膝から崩れ落ちるぞ」
「なにそれ。重いって言いたいの?」
階段を登る犀川の足が、止まった。
そして、その場に座り込んでしまった。
……地雷を踏んだか?
「甘い物が好きで、お菓子ばっかり食べてるから、太ってると思ってるんだ」
「そんなことは……」
「魔物症候群のせいで、エチエチな体になっちゃって……。その分、重くなった。そうやって思ってるんでしょ?」
「それは事実だろ」
「はい。もう怒りました。おんぶしてくれないと、ここから動かないからね」
「おいおい……」
完全に子供だな……。
いや、そうは言っても、厳しいだろ。
犀川に限らず、例え小さい子だったとしても、おんぶしながら、階段を登るなんて、万年運動不足の俺からしたら、無理難題すぎる。
「機嫌直してくれよ」
「嫌だ」
「……あと十五分くらいで、花火が始まるからさ」
「別に、ここでも見られるし」
「上から見た方が、綺麗だって……」
「そもそもそんなに、花火興味ないから」
「本末転倒なこと言うなよ」
完全にいじけてるな……。
……仕方ない。
俺は犀川に、背中を向けた。
「乗れよ」
「大丈夫? 足腰弱そうだけど」
「どっちなんだよ……」
「乗る」
ゆっくりと、犀川が、俺の背中に乗った。
すぐに、ふんわりとした、二つの柔らかいアレが、ぎゅうっと背中で押しつぶされるような感触に、襲われる。
「今、エチエチなこと、考えた?」
「考えてない」
「嘘。絶対考えてる。エチエチはダメだからね?」
「わかってるって……」
転ばないように、なんとか下半身に力を入れて……。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
……あれ。思ったより重くないな。
これなら、余裕でいけそうだ。
「しっかり掴まってろよ?」
「……うん」
「おっ」
「どうかした?」
「いや、なんでも?」
しっかり掴まってろよ?
って言った瞬間、より強く抱き着かれてしまって。
さらに、むにゅうっ……と、アレが押し付けられまして。
思わず、変な声が出てしまった。
なんとか煩悩を振り払い、階段を登って行く。
「でもすごいな。昨日まで、触れることすら危うかったのに、今はこうして……。完全に密着しても、気を失わないし」
「お医者さん。言ってたから。この病気は、とにかくメンタルが大事なんだって」
「それにしてもだな……」
よほど、俺のことを、信頼してくれているらしい。
……なんか、照れるな。
「もちろん、薬は飲んだ上だからね。飲み忘れたら……。大変なことになっちゃうから」
「……そうか」
「別に、武藤くんを失神させるくらいなら、良いと思うけど」
「良くないだろ……」
「……むしろ、私に失神させられると、起きた時、目覚めが良いんでしょ?」
「それは……。そうだけどさ」
何回もやられて、中毒みたいになったら、嫌だからな……。
「あと、私が武藤くんのこと、信頼したって思ってるかもだけど、それはちょっと違うから」
「えっ?」
「だって、おかしいでしょ? たった一日で、人をそこまで信用することなんて、普通はありえない」
「そうだけど……」
だったらどうして、俺は失神せずに済んでいるのだろうか。
「……明美が、目の前で、武藤くんに告白したでしょ?」
「そう、だな……」
「私、本気で武藤くんを、奪われたくないって思ったの」
「犀川……」
「だから、信頼したっていうより、離れたくないって思った。そのおかげで、こうして症状が収まったんだと思う」
「それってさ。もう……」
続きを言おうとしたら。
犀川に、思いっきり鼻を摘ままれてしまった。
「痛いって! 離してくれ!」
「頂上に着くまで、離さない」
「マジかよ……」
そこそこ強い力で摘ままれているので、結構痛い。
その痛みから解放されるため、俺は階段を登るペースを速め……。
なんとか、頂上へ、たどり着いた。
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