喧嘩

「犀川、何で泣いて……」

「私といた時、あんな風に、笑ったことあった?」

「なんだよ、それ……」

「いっつも、難しそうな顔してた。困ったような顔してた。それなのに……。何? 女の子に囲まれちゃってさ。さっきは、笹倉さんと、抱きしめ合って……」

「ち、違う! あれはそういう指示があって」


必死で否定するが。

犀川は、首を横に振るばかりで。


「武藤くん、誰にでも優しいんだね」

「それは……」

「魔物症候群の女の子だったら、私じゃなくても助けるんだ」

「あ、当たり前だろ? そんなの……」

「じゃあ、私よりも、ずっと酷い状態の子がやってきたら、その子を優先するの?」

「……わからないよ。そんなの」


犀川が怒る理由が、わからなかった。

だって、俺は犀川を、仲間外れにしたわけじゃない。


いつだって、輪の中に入れようと、頑張ってきたのに。

拒んだのは、犀川の方じゃないか。


「もう、私のことはどうでもよくなったんだね。今は……。笹倉さんなんだ」

「お前、何言ってんだよ。俺がバイトしてるのは……」


……言えない。

お前にサプライズで、プレゼントするために、バイトしてるんだ!


そんなこと言ったら、台無しじゃないか。


だけど……。これ以上関係が悪化するなら。

言わないといけないような気も……。


「明美とも、仲良しだよね」

「九条……? そりゃそうだろ。ここで働いてるんだから。仲が悪い方がおかしい」

「学校で最近、噂になってるよ。メタモル武藤って。生まれ変わったらしいね? それで……。明美と、良い感じって」

「なんだそれ……。そんな噂、信じてるのか?」


犀川らしくない。

堅物委員長が……。

そんな、あからさまな嘘、気にするわけないのに。


「わかんないよ……。だって、武藤くん、何も話さないから」

「何も? おいおい冗談だろ? 全部言ってきたじゃないか。バイトするってことも、イベントするってことも」

「どうして、そんなにバイトするのか……。教えてもらってない。どうしてそんなにお金が必要なの? 明美とデートするため? それとも、笹倉さんと――」

「いい加減にしろよ! 俺は――」

「……直美?」


九条が、店から出てきた。


「なんか、言い争いしてるみたいだから……。ごめん。気になって」

「明美。武藤くんをよろしくね」

「え? 直美、何言って」

「ばいばい」

「お、おい! 犀川!」

「追いかけてきたら、学校辞めるから!」


そんな無茶苦茶な……。

俺は、足が動かなかった。


追いかけたところで……。

バイトしている理由は、言えないから。


「……マヨネーズどころじゃないね」

「いや……。すぐ買ってくるよ」

「え? あ、ちょっと」


俺は、スーパーに向けて、走り始めた。

ぐちゃぐちゃの思考を、振り払うように。


……やっぱり、言うべきだったのかな。

お前のために、バイトしてるんだよって。


わかんないな……。

恋愛なんて、したことないから。

こういう時、自分の経験の無さを、恨めしく思ってしまう。

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