九条の母親

「ふぅ~。お疲れ様。二人とも」

「くたくたですぅ~」

「足が痛い……」

「情けないなぁ……」


机に、ベターっと伸びている俺たちを見て、九条がため息をついた。


「明美も、お疲れ様。先に上がってくれていいからね」

「ううん。大丈夫。最後まで手伝うよ」

「そうかい? ありがとう」

「ほら二人とも、コーヒー淹れてあげるから。シャキッとしなさい」

「はい……」

「うい……」


情けない返事になってしまった。


「いやぁ。こんなにお客さんが来たのは、久しぶりだよ! だいたい、十年ぶりくらいかなぁ」

「十年ですか……。このお店って、どのくらい前にできたんです?」

「えっと……。私が結婚した時だから、ちょうど今年で、二十年目だね」

「おっ! めでたいですね!」


笹倉がそう言うと。

なぜか武三さんは、暗い表情になってしまった。


「あ、あれ? 柚、間違えちゃいました?」

「い、いやいや。これまで色々あったなぁ~なんて、思ってさ」


誤魔化すように、武三さんが笑った。

ちょうどそこに、九条がコーヒーを持って、戻ってきた。


「はいどうぞ」

「ありがとう」

「ありがとうございます!」

「武藤はブラックで良かったよね……。笹倉さんは? ミルク持ってこようか?」

「あ、柚……。本当は、ブラックで大丈夫なんです」

「おおっ? 笹倉くん、大人だね……」

「えへへ……。私のお母さんが、昔からコーヒー大好きで……。一緒に飲みたいから、真似して飲んでたら、いつの間にか、好きになってたんです!」

「なるほど。明美と一緒だね」

「明美先輩も、そうなんですか?」


九条が、静かに頷いた。


「……もう、いないけどね。お母さん」

「あっ……」


……そういうことか。

だからさっき、武三さんも、一瞬暗い表情になったんだ。


「……すいません。柚、空気読めなくて」

「あ、いやいや! 別にこれは、誰も悪くないっていうか……。むしろ、私が余計なこと言っちゃった! ごめんね?」


もしかして……。

笹倉がずっと、変な感じだったのは、そういう理由なのか。


武三さんの発言から察するに、九条のお母さんが生きていた時は……。

今日みたいに、お客さんが結構、入っていたんだろうな。


だから……。

その時を、思い出してしまって。


「九条……。ごめん。俺、そういうの、全然わかってやれなくて」

「ちょっと、武藤まで……。もう、良いんだって。随分昔の話なんだから」


九条が、俺の隣に座った。


「感謝してるくらいだよ。武藤にも、柚ちゃんにも。またこうして、ジョーカーを賑やかにしてくれて、ありがとう」

「私からも……。ありがとう、二人とも、それから明美もね」

「もう、やめてよ……」


九条が、照れくさそうに笑った。


「さて、今日はそろそろ解散にしよう。土日はもっと忙しくなるからね。しっかりと体を休めるんだよ?」

「はい! 柚、十二時間寝ます!」

「それは寝すぎじゃない?」


笑いが起こった。

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