武藤歩夢の決意

「辞めるって、そんなの……。なんでだよ。せめて、休学とか」

「休学にすると、早く戻らないといけないって、思っちゃって、余計ストレスだから」

「大丈夫だよ犀川。学校にいる間は、俺が犀川のこと見守るし、毎日家まで送る。俺ならうっかり触れて、失神させても大丈夫だから。な?」


俺は必死で、犀川を説得するが。

犀川は、首を横に振るだけだった。


「武藤くんの生活に、影響を及ぼしたくない」

「何言ってんだ。俺が勝手に首突っ込んでるだけだよ。犀川は何も――」

「だったら」


いきなり、犀川が、距離を詰めてきた。

触れはしないが……。

もし、どちらかが、腕を少しでも前に出せば、触れてしまうほどの距離で、向かい合っている。


犀川の息遣いが聞こえる。

それがなんだか、妙に……。


って、俺は何を考えてるんだ。


「……エチエチな気分になるでしょ?」

「は、はぁ? なりませんけど?」

「……」


じーっと、目を見つめられている。

気が付くと俺は、目を逸らせなくなっていた。

なんだか、頭がボーっとしてきて……。


「犀川さん。そこまでにしてください」


急に、甘い匂いに、包まれた。

文月先生に、正面から抱きしめられているのだ。


徐々に、意識が戻り始める。


「……正気に戻って下さい。武藤くん」

「……はっ!」


目の前に、俺を心配そうな目で見つめる、文月先生がいた。

そうか。俺と犀川の間に入って、守ってくれたんだ。


「ありがとうございます……。うわ、なんか頭が……」

「わかったでしょう?」


文月先生越しに、冷たい声が聞こえた。


「薬を飲んでも、カウンセリングを受けても、私はまだ、全然自分を制御できる状態じゃないから。ちょっと近づけば、無意識に相手を魅了しちゃう……」


文月先生が、ゆっくりと俺を離した。

そして、犀川に向き直る。


「辞めると言っても、今日明日では、どの道手続きが終わりません。明日も学校に来てください」

「……家から出たくないです。ここまで送ってくれるお母さんにも、迷惑かけたくないですし」

「……」

「……失礼します」


犀川が、出て行ってしまった。


「はぁ……。男子は情けないですね。そんなにキくんですか? 魅了って」

「せ、先生も言ってたじゃないですか。同性でもクラクラするって。異性なんてなおさらですよ」

「明日、彼女の家に行きますよ」

「……えっ。俺もですか?」

「当たり前です。このままだと、本当に学校を辞めてしまいますから。武藤くんは、それでいいんですか?」


良いわけがない。

せっかくの学校生活。

犀川を……。


こんな病気に、負けさせてたまるか。


嬉波を救った時のように、必ず犀川の症状も、緩和させてみせる。

俺はそう誓った。

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