犀川直美の決意

翌日。

俺は、学校に着いてすぐ、教室ではなく、オカルト研究会の部室を訪れた。


「おはようございます。武藤くん」

「おはようございます。先生」


犀川は……。

ボーっと窓の外を眺めている。


「おはよう犀川。昨日は色々大変だったな」

「……そうだね」


どこか、疲れた様子で、頷いた。

犀川を見ても、昨日感じた、ムラムラとした気持ちが湧いてこないので、治療は順調みたいだ。

それなのに、犀川の表情は晴れなかった。


「さて、犀川さん。例の件を、武藤くんに話してはどうですか」

「例の件?」

「はい」

「犀川……。なんかあったのか?」


俺が尋ねると、犀川は首を横に振った。


「先生。良いんです。私は――」

「ダメですよ。武藤くんは、あなたを救ってくれた一人なのですから」

「でも……」

「不義理は一番、最低だと思いますが」


文月先生の、おでこの目が、前髪の隙間から、ぎょろりと覗いた。


……なんだこの空気。

そんなに言い辛いことなのかな。


「あるいはそうですね……。武藤くん」

「はい?」

「妹さんの件を、教えてあげてくれますか?」

「……嬉波きなみのことを?」

「えぇ。あなたの実績ですからね」


実績。

確かに、そうなんだけど……。


「犀川。聞いてくれるか?」

「何?」

「俺の妹、武藤嬉波むとうきなみもさ、今、魔物症候群なんだ」

「……」


犀川が、目を見開いた。


「あぁいや。でも、そんなに深刻な話じゃないから。本人も、今は全然、気に病んでないし」

「……どんな症状なの?」

「姿が見えなくなるっていう症状だ。声も聞こえない。透明人間を想い浮かべてくれると、想像しやすいかもしれない」

「そうなんだ……」

「うん。で、実績っていうのはさ……。俺、嬉波をどん底から、立ち直らせたというか……。いわゆる、カウンセリングで、症状を緩和させることに、成功してるんだよ」


カウンセリングの甲斐あって、嬉波は、筆談ができるようになった。

最初は、本人が極度に怯えてしまって、手が震えて、文字が全く書けなかったのだ。


「昨日、医師から、その可能性も教えられた。カウンセリングで、完治することができた患者さんもいるって」

「そうか。だったら――」

「でもね」


犀川が、俺の言葉を遮った。


「どう頑張っても、現状、私は異性に触れることが、できないみたい」

「そうなのか……」

「別に、私から触れることはないけどね。不意の事故で……。相手が、あの時の武藤くんみたいに失神したら、大変でしょ?」

「それは……。確かに。でも」

「だから――。私は、学校を辞めようと思ってる」

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