魔物症候群

「犀川さん。あなたは、魔物症候群を知ってますか?」

「……聞いたことあるくらいです」

「そうでしょうね。この国では、まだその認知度は高くないです」


実際、県によっては、まだ一人も、魔物症候群の患者が出ていないところもあるくらいだ。

俺たちの住んでいるここ、愛知県は、東京、大阪、福岡に次いで、四番目に患者数が多い県になっている。


「私が……。それなんですか?」

「そうですよ。いきなり大きくなった胸。エロすぎるオーラ……。同性の私でも、クラクラするほどの、甘いフェロモンが出てしまっています。言うなれば……。今の犀川さんは、サキュバスみたいなものです」


サキュバス……。

正直、エッチな同人誌に出てくる印象しかない。


犀川も、なんだか嫌そうな顔をしている。

そりゃそうだ。アレだけエロを取り締まってきた、犀川が……。


……ん? 待てよ?


「犀川お前。エロは嫌いって言ってたよな?」

「エチエチね。エロって言わないで」


エチエチの方が、エロい気がしないでもないけど……。まぁいいや。


「エロが嫌いであるはずのお前が、なぜサキュバスがエロいコンテンツだってことを知ってるんだ?」

「……は?」


明らかに、犀川が動揺している。

これは……。来ましたね。


「そうかそうか。犀川って、ムッツリスケベだったんだな!」

「ち、違う!」

「いいやいいんだ犀川。俺たちはもう、高校二年生。男女関係なく、エロに目覚めていなければいけない年齢だ! 何も恥じることはないんだぞ!」

「最低……!」


犀川が、涙目で睨みつけてくる。


「そういえば犀川! こないだ、俺が読んでたエロ本、没収!とか言って、持ってったよな? 実はこっそり、家で楽しんでるんじゃないか?」

「あれはすぐ、生徒指導室に持って行ったから……。読むわけないでしょ? エチエチな本なんて」


……本当かなぁ。


「……武藤くん?」


文月先生が、呆れていた。


「すいません。話を続けてください」

「もう……。えっと、良いですか? 犀川さん」

「はい……」

「犀川さんの症状は、幸い今の医学で、なんとかなるレベルです。だから、安心していいですよ」


文月先生が、優しく微笑みかけたが、犀川の表情は晴れなかった。


「大丈夫大丈夫。今日、私と一緒に、病院に行きましょう。薬と、対処法を教えてもらえば、そのうち普通の生活に戻ることができるはずですよ」

「……一つ、質問してもいいですか」

「どうぞ?」

「この病気って……。治るんですか?」

「人によりますね。私みたいに、治らない人もいますが」


そう言いながら。


文月先生が、前髪を上げた。


おでこにある、三つ目の目が、ぎょろりと不気味に動いている。


「もしかすると、身体的なものは治らないのかもしれません。でも……。今の犀川さん。身体的な変化って、その胸だけだし、むしろ羨ましいくらいですよ」


文月先生……。

確かに、大人の女性と呼ぶには、少し切ないボリュームかもしれないが、俺は全然気にしてないから、安心してほしいな!


「胸なんて、別に……。男子に、エチエチな目を向けられるだけですし」

「……なんで俺を見るんだよ」

「別に? あの、文月先生。私、早く病院に行きたいです」

「そうですか。わかりました。すぐ向かいましょう。武藤くんは、教室に戻って下さいね」

「はい。じゃあ犀川。気を付けてな」

「……」


犀川は、何も答えなかった。

……すっかり、警戒されちゃったみたいだな。

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