文月路愛先生

「起きてください。武藤くん」

「ん……」


ぺちぺちと。

頬を叩かれる感触で、俺は目を覚ました。


ここは……。どこだ?

そして、この、頭に感じる、柔らかい感触は一体なんだろう。

ちょっと触ってみよう……。えいっ。


「……変態」

「ぶふぅっ」


いきなり、誰かに頬を摘ままれた。

ふくれっ面をした、文月路愛ふみつきろあ先生が、俺を見降ろしている。


そうか……。俺は、文月先生の太ももを枕にして、眠っていたらしい。


……待てよ? そういえば俺。


「ふ、文月先生! 大変なんだ! 犀川が!」

「うるさいなぁ。私ならここにいる」


顔を上げると、少し離れた位置に、犀川がいた。

呆れたように、ため息をついている。


そして、犀川の前には……。アクリルのボードのようなものが、立てられていた。


「どうですか? 武藤くん。犀川さん、もうエロくないでしょ?」


どんな質問だ……。

そう思ったが、確かに犀川を見ても、さっきよりは、エロいと感じない。

いや、胸はでかいままだし、少し頬が赤くなっている感じとか、すごく魅力的だなぁなんて思うけど……。


それは単純に、異性に対する一般的な感情だと思う。


つまり、魔物症候群の効果が、抑えられている状態だ。


「犀川さんが、気を失う前の武藤くんの発言をヒントにして……。ここ、オカルト研究部の部室まで、運んできてくれたんですよ」

「なるほど……。ありがとう。犀川」


犀川は答える代わりに、髪をたなびかせ、小さく息を吐いた。


「あぁそうか……。あのボードのおかげで、犀川をちゃんと見ることができるんですね」

「そうですよ。彼女は……。どうやら、異性を魅了する能力を得てしまったようです」

「間違いないですよ。だって、手を繋いだだけで、心臓がドキッとして、気を失ったわけですから」

「まだ力が制御できてないからでしょうね。彼女が自転車通学で良かった。もし電車通学だったら……。学校に来る前に、うっかり男性に触れてしまって、パニック状態に陥っていたかもしれませんからね」

「そうそう。だから先生。すぐにそれに気が付いた俺。どうですか? 結構なお手柄だと思いません?」

「そうですね。武藤くんは、よく頑張ってくれました」

「ですよね? だから先生。頭を撫でて、褒めてくれてもいいんですよ?」

「バカなことを言わないでください」

「ねぇ」


犀川が冷たい声色で、呼びかけてきた。


「そろそろ説明してくれない? 私はどうなっちゃったの?」


犀川が、不安そうな表情をしている。

……頭なんて、撫でてもらってる場合じゃないな。


「それじゃあ。私が説明しましょうか」


文月先生が立ち上がり、ホワイトボードを持ってきた。

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